26.「早く慣れないと冒険者としてやっていけないぞ」

明くる日。今日の依頼は回復魔法を使うものであった。先日無事金級に上がったこと、そしてナタリアナ達の移動速度が評価され、本来組合も跳ねのけるような依頼や信用していなければ回さない依頼が彼女らに舞い込むようになっていた。


「行くぞ」

「ま、待ってください、荷物が、入らない……」

「剣より先に荷物袋を買うべきだったかもしれないな」


冒険者にとって道具というのは生命線である。自分ができないことを道具に任せる、あるいはできても体力をわざわざ消耗したくないなら道具を使う。荷物袋に筒状に丸めた分厚い紙を詰めようとするナタリアナを、アルフはじっと待っていた。

彼は今日は荷車とロープを持っているが、普段は道具を持たない。彼の依頼における役割というのは、力で何とかできるものを強引に押し切ることと、危険が迫った時咄嗟に時間を止めて解決することである。後者を連続で扱うのでもなければ消耗も少ない彼にとって、道具というのは基本的に必要無いものであるし、そもそも道具の使い方を知らない。金銭だって家に結界で囲っておけばそれで解決するのだ。

一方、冒険者として少なからず経験のあるナタリアナは道具を持つことを必要としている。今のところアルフに足りないものとして罠感知が挙げられているため、それを補う魔法の封じられた紙、通称魔導書まどうがきをいくつか購入していた。


「本当に食料がいるのかも解らん。日数的には今日の分の食糧まであるという話だっただろう」

「そうはいきませんよ。食料なんて何がきっかけでダメになるか解らないんですし」

「水はいらないだろう。俺が出せる」

「一応ギリギリ入りそうなので。気分も違うでしょうし」

「まあ……ナタリアナに言うなら」


それに、今回の依頼はこれまでのものとは違う。組合による緊急依頼だ。


組合から出される依頼は大きく分けて三つ。通常依頼、緊急依頼、そして指名依頼である。通常、組合に持ち込まれる依頼というのはその遂行にかなりの余裕を持たせるのが普通である。十日やそれ以上の余裕をもって、誰かに達成してほしい、と張り出されるのが常で、その期限が近付いてやっと、最近仕事にありつけていないものや、組合として信頼している人間に頼むということになっている。

一方、緊急依頼は基本的に命がかかっていたり、魔物により交易路が寸断された場合等に出されるものである。これは場合によっては即日、あるいは三日以内の遂行も求められるほど時間を急ぐもので、基本的に依頼が入った瞬間から組合が人を選び声をかける。物にもよるが冒険者が捕まらなければそのまま別の組合に回されるなど、とにかく早く達成することが求められる類の依頼である。


今ナタリアナ達が請けたのがまさにその緊急依頼である。とある遺跡の調査に赴いた結果重傷を負い、比較的怪我の少ない一人の脱出と引き換えにそこで足を止めざるを得なくなったという冒険者達の救助だ。指定された期限は彼らの水や食糧がもつ三日以内。その依頼を持ち込んだ人間は近場のヴェスト支部に赴いたが請ける人間がおらず、その隣の組合支部も拒否。王都に巡ってきた時点で即日対応が求められ本来不可能であるところ、当然のようにナタリアナ達に白羽の矢が立ったのである。


「む……よ、よし、入りました!これで大丈夫です!」

「よし。行くぞ」


それなりに高価な魔導書と食料を荷物袋に押し込める。皴だらけになっても問題無いとはいうが、ある程度以上破れては使えない。慎重に持って、アルフからロープを受け取った。アルフの背中にくっつき、ぐるぐるに縛る。息苦しいが危険と恐怖には代えられない。

縛り終えたのを確認して、アルフが荷車を持って飛び立った。持ち方の工夫もなく適当に持って飛ぶだけだがぶれることなく、いつも通りナタリアナが耐えられるギリギリで飛んでいく。何度も何度も飛んでは文句を言ってを繰り返した結果最適化された速度で向かうのは、かなり離れた場所にある一つの遺跡である。


「それにしても、また遺跡か」

「どうかしました?」

「いや……遺跡なんてそう簡単に見つかるものでもないだろうに」

「そうですか?人間の探索範囲なんて大したことはないですし……それに、遺跡一つの調査にだって途方もない時間がかかりますからね。こういうのは結構多いですよ……あ、少しズレてます。もう少し右です」


アルフの首元を机代わりに方位磁針を見ながら件の遺跡を目指す。そう時間がかかるような場所ではないが、沈黙が苦しくなるくらいの時間はかかってしまう。退屈なのか、アルフも会話を途切れさせようとはしない。


「そもそも何の遺跡なんだ」

「基本的には魔物の遺跡ですよ。昔は人間なんてそれはもう限られた場所にしか暮らせなかったらしいですから。知恵のある魔物のお城とかお墓とか、そういうのが遺跡って呼ばれてますね」

「そりゃそうか……しかしまあ、遠いな」

「遠いですねえ。ヴェストの冒険者は何をやってるんだか」


少し憤慨した様子のナタリアナが少し速度を落とすように指示を飛ばし、二人はヴェストの街から少し離れた場所の山林に降り立った。ロープをほどき、獣道に沿って川まで出ると、そこから上流を目指していく。


「ヴェストってのは地名か?」

「はい。ここから東に少し行った辺りにある大きな街です。そこにも冒険者組合はあるはずなんですけど……忙しいのか誰もやりたがらないのか……」

「まあ、俺ならこんな森の中になんて入りたくはないな」

「冒険者がそんなこと言ったらじゃあ辞めろで終わりですよ」


坂を上って川を遡っていくと、それは石でできた古めかしい遺跡に繋がっていた。地下ではなく上に伸びているタイプのそれを、アルフはほう、と荷車を持ったまま見上げる。


「それで、これのどの辺にいるんだ」

「ちゃんと聞いてます。ここを入って十二番目の穴を通っていくと、閉じ込められている部屋にたどり着くようです」

「そこから全員出れば良いんじゃないか?」

「先に何があるか解らないのに全員でってのは危ないですよ。現実にはここが脱出路なので、それで良いんでしょうが……たぶん下水か何かに使っていたものでしょうね」

「待ってくれ……下水を進むのか?」

「そうなります。ほら、行きますよ。もう使っていないんですし、汚れてても後から洗えば済む話です」

「嘘だろ……?」


露骨に嫌がるアルフを押し出すように遺跡に入っていく。内部を全て照らし、天井に定期的に開けられた穴を数えながら進んでいく。流石に外と直接つながっている部分には魔物はいない。アルフが後ろにいるという圧倒的安心感があると不気味さも大して気にならなかった。そして、教えられた個数番目の穴を見つけると、そこの真下には立たないようにして罠感知の魔導書を取り出した。丁寧に伸ばし、アルフに言って火をつける。一瞬にしてすべてが燃えると、ナタリアナの頭に見ている穴とそこにつながる道が映し出された。


「ん……ぐ……」


本来回復魔法使いのやることではない。今までにない感覚に頭痛が襲い視界がぼやける。それでも集中し、どこか透けたようなその道を意識だけで進む。何か突き当りまで進んでも、何も見えなかった。罠があれば何か光って見えるはず。それを確認して、頭を振って魔法を解除する。何度かアルフに経験させられた、急加速に酔ってしまうような感覚。アルフに水を出してもらい、


「大丈夫か、ナタリアナ」

「大丈夫じゃないです……次からアルフさんが使ってください……」

「解った」


自分にもできることがある!とか、普段と違う魔法の体験ができる!と喜び勇んで自分で使った判断を恥じた。結局神が決めた適正というのは誤魔化せないようだった。罠は無いことを告げると、アルフは荷車を置いて穴を見上げる。苔とヘドロが固まった何かが付いているそこに、無言で水を噴出させてぶつける。


「何してるんですか?」

「洗い流せないかと」

「奥の方が流せないですし、そこまで無理にやったら上で待ってる人がどうなるか解りません。諦めてください。服だって洗えば良いじゃないですか。躊躇っている時間は無いんですよ」

「……くそっ」


今日はアルフはよく悪態をつく。早く慣れないと冒険者としてやっていけませんよ、なんて言い聞かせつつ、アルフに手を伸ばす。普段と違い真っすぐ抱き合わないと穴を遡っていくことは難しそうだった。抱えられるのとは違った恥に深呼吸を繰り返すと、それを見てアルフがふん、と鼻を鳴らして微笑んだ。


「早く慣れないと冒険者としてやっていけないぞ」

「……うるさいですよ」



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それなりに距離のある長い穴の先、そこに彼らはいた。


「依頼を請けましたナタリアナとアルフです!大丈……夫、ですか……?」

「っ……」

「おおお!た、助かった!ありがとう!リーダーのバズだ!」


そこは、石造りの小さな部屋だった。遺跡の外観に違わぬ小さな部屋に、三人の冒険者達がいる。その光景を見てナタリアナも言葉に詰まり、アルフに至っては口を押さえ、すぐさま後ろを向いて視界から外した。


一人は、いち早くナタリアナに反応して立ち上がった男。傍らに彼のものであろう鎧が外されて置かれている。そして一人は、ゆっくりとナタリアナ達を見て、はらりと泣き始めてしまった女性。装備が簡素で金属が少ない。魔法使いだろう。頬に涙の跡が付いているし、心なしか男性よりやつれているように見えた。だが、二人は無事だ。傷がある様子もない。

問題はもう一人。いや、正確に言うなら一人、ではないのだろう。彼は明らかに、死んでいた。


「その……状況、は……」


部屋の真ん中に寝かされた彼は、上に誰かのマントが掛けられているもののピクリともしない。呼吸もしていない。見れば、彼を中心にどす黒い何かが広がっていた。少し固まったようなそれは、きっと血だ。明らかに人が生きられる出血量ではない。それに、部屋の隅には流石に直視できないが糞尿が纏められている。三日間ここにいるのだ、しかも本来使うべき場所は救助の道の可能性がある。想定はしていたがそれでも気が滅入る。震えた声で聞いた状態も、見たままと変わらない。前衛である戦士のうち一人が重傷を負い、それでもここに逃げてきた。一縷の望みをかけて飛ぶことのできる魔法使いが外に出て、残された戦士と回復魔法使いがここにいる。


「その……すみません、もっと早く来られれば……」

「いや。彼が、ラルが死んだのは一昨日だ。それにほとんど致命傷みたいなものだった。一日持っただけでも奇跡みたいなもので……」

「違うの……!私が、私にもっと力があれば……ラルはまだ生きてた、傷さえ塞げれば死なずに済んだ……!」

「……本当に、すみません」


戦士の男に反応するように泣き出した女性に小さく呟く。ナタリアナに謝る必要など無い。むしろナタリアナ達でなければこの早さでは来られなかった。そもそも王都に依頼が来た時点で彼は死んでいたことになる。だが、そんなこととは関係なく、自分なら治せたという意識が彼女を苛む。仮に生きていたなら、自分が倒れても治せば三人にアルフを導いてもらえる。自分も泣き出しそうになりながらナタリアナはアルフに向き直る。


「アルフさん。行きましょう。ただ戻るだけです」

「待ってくれ……すまん、こっちから出るのはやめないか」

「どうしてだ?すまない、助けられてこんなことを言うのは何だが……そこから降りられるならそこから降ろしてもらいたい」


彼の言葉はもっともだ。脱出できなかった二人、特に女性は間違いなく飛べないだろうが、アルフにとって往復はさして苦痛ではないはず。この期に及んで抱き合うのがどうこうなんて言うはずもないし、まさかと思ったが別に二人ともそこまで汚れているわけではない。

ナタリアナからもここに来た道を使うべき、と話す。しかしそれに対し、部屋のものを一切視界に入れないことを徹底するアルフは、苦虫を噛み潰したような顔で、いつにもなく震えたような声で言った。


「本当に、本当に失礼なことを言うのは解っている……だが、すまない、俺は彼を運びたくはない……」

「ぁ……あ……あの、すみません、彼は、」


絞り出したような声。ずっと口元を押さえているのは、きっとナタリアナのように光景に目を覆いたくなる、そんな感情よりも先に、吐き気を堪えているのだ。回復魔法を使うナタリアナにとって、死人はそう珍しいものではない。そのたび後悔には襲われるが、痛ましさこそ感じても嫌悪感は感じない。

彼の言葉に慌てて取り繕う。時にはそんな仕事もあるし、普通の冒険者は鉄級で一度くらいは経験しているようなものなのだ。しかし戦士の男は歯を噛み締めながらも、アルフを見て声を震わせた。


「いや、ああ、そうだ、そうだな……いや、解っている、俺達は助けられる側だ。贅沢は言わない。いつだって……どこかで死んじまうような仕事をしてるんだ……だからアルフさんが言うなら、こいつはここに、」

「アルフさん、でも、その」

「だが」


女性も解っているのだろう、その目には明らかに怒りが浮かんでいるが、それをぶつけるようなことはしてこない。それでも、曲がりなりにも神から癒しの力を貰ったものとして、そしてこの場においては助ける側として、ナタリアナだけは死者に対しての態度は考えなければならない。何とか説得できないか。そんなナタリアナの言葉を彼は遮った。


「だが……亡くなった方を弔うのは……俺は、当然だと思う。だから、ここに置いていくこともできない……そうだろ」

「アルフさん……」

「だから……すまない。彼のことは、二人が背負ってやってほしい……俺にはそれはできないから……」


そこから、少しの間深呼吸を繰り返し、悪臭にむせながらも、顔を上げた彼の目には固い意志が見える。迷いなく部屋を見据えると、石壁に手を付いた。軽く握りこんだそこに、石壁から欠片が引き寄せられるように剣の柄が現れる。一気に引き抜いたそれは、剣先まで輝く彼の魔法の剣だ。


「その代わり、俺が戦闘を引き受ける。剣を抜いてかかって来てくれ。力を見せよう」


そして、それを戦士の男に向けた。

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