25.「うん、良い感じです」

「それで?どの辺りなんだ、武器屋というのは」

「向こうです。確かですけど……」


王都は広く、そこそこ長くいるナタリアナといえど全てを把握しているわけではない。行きたいところがあればそこを知っている人間と行くか、あるいは王宮、もしくは組合で出している地図を持っていかなければたどり着けない。

アルフは文字が読めないためナタリアナが先導するしかなく、彼女は今日も彼の隣で主導権を持って歩いていた。

木材輸送に始まり、これ幸いとばかりに投げつけられた仕事の報酬は一部返還と言えどかなりの額である。主にアルフが動く力仕事や戦闘であるが、いくつかはナタリアナの回復魔法をあてにしたものもあった。骨を折った大工やら、貴族パーティーに紛れ込み処理されていなかった毒からの治療やら、急ぎか急ぎでないかを問わず、とりあえず金級まではとどんどんと押し付けられている。

しかし、移動手段という一点によりそれらのほとんどを立て続けに解決することができた二人の懐は、気が付けばかなりの金で温まっていた。であれば、もう少し箔がつくように身なりを整えた方が良い、というのが二人で一致した意見である。


「この道はさっきも通らなかったか?」

「い、いや大丈夫です。現在地は解ってるんです。もう一回やらせてください。さっきは変に路地裏を通っちゃったのでダメだったんです」


とりあえずはアルフの身なりから。鎧は人によっては着ない方が良いという人間もいるが、二人のパーティーで二人とも武器を持っていないのはおかしいというのが事実である。どうせ魔法で作った武器を主に使うのだから今更ではあるものの、それらは時間が来ると崩れてしまうし、どこで手に入れたのかと聞かれたときに困る。面倒ごとはある程度仕方ないが、金があるならとそこそこ評判の良い武器屋を目指していた。

人混みを突っ切るようにして何度か迷いつつも辿り着いたのは、表から既に重厚な鎧が飾ってあるのが見える立派な武具屋だった。ちょうどどこかの鍛冶屋から商品が運ばれてきていたのだろう、荷車が離れていき、代わりに数人の客が入っていく。


「あ、ここですね」

「ん……入るか。武器屋だから何か変なしきたりとか無いよな?」

「普通のお店と一緒です。買うのにちょっと話をする必要があるくらいですね。まあ、組合のプレートがあれば結構簡単に売ってもらえます。まあ別に無くても売ってもらえますけど」

「なるほど」


店内はかなり広く、数人の人間が方々に品定めをしていても問題なく二人で並ぶことができる。ちょうど空いていた武器の棚に行き、飾ってあるもの……ではなく無造作に筒に刺されている武器たちに目を向けた。


「どうだ?」

「……全く解りません」


当然、武器の良し悪しなどナタリアナに解るはずがない。それでも適当に数本抜いて鞘から出してみるも、やはり違いなど解らない。全部銀色だし尖っているし、長さも大して変わらない。早々に自分で判断するのを諦めたうえで、引き抜いたものを全て彼に押し付ける。


「私、帷子を見てきますね」

「あ、ああ……」


やはり剣はそれを持つ人間が選ぶのが一番だ。飾ってあるものは時々意味の解らない値段だったりするので触れないでください、と言い残し、反対側の防具の棚へ。体を鍛えられないナタリアナにとって鎧は重すぎて邪魔にしかならない……まあ、今となっては移動をアルフに任せてナタリアナは重厚な鎧に包まれているだけ、のような戦法も取れなくはないが、流石にそこまでおんぶにだっことはいかないので真面目に選ぶことにする。

服の下に金属でできたシャツを着込む帷子は、今まで買おうとしてはお金が無く、というのを繰り返してきたものだ。とりあえず一着手に取ってみる。ずしりと手に来る重みに顔を顰め、それがかなり小さいものであるのを見て肩を落とした。


(こんなの着てたらすぐに疲れてしまうわ……あ、これ……も、重い……もうっ)


自分の非力さに苛立ちつつ、その実ナタリアナはまだ現実を見ていなかった。基本的に、帷子は戦士や女は着けないのが一般的である。筋肉や胸が邪魔になり、特注でないとサイズが合わないことが多々あるからだ。無理に着れば体に血が滲むなんてこともある。やはりこれも特注するしかないのか、なんて頭を抱えるナタリアナ。そんな彼女の横につけ、誰かが話しかけてきた。


「あれ?ナタリアナちゃんじゃないか。偶然だね。久しぶり。覚えてる?俺だけど」

「……覚えてません」


嘘だ。突然話しかけてきた彼が誰なのか、ナタリアナは顔くらいは覚えている。これまでナタリアナと組み悉く裏切ってきた人間達も、忘れることはできない。特段恨んでいるとは言わないが、それでも彼女は努めて声を冷たくして一歩離れた。


「そう?残念だな……せっかくだしどう?少し話さない?あれから俺らも反省してさ、避ければもう一回ナタリアナちゃんに来てもらおうって思ってるんだけど」

「……一度も行ったことはありませんが、その一度もお断りします。もう仲間がいますので」

「そう?今ここに来てる?何人?」


聞きながら、店内を見回すこともしないあたり間違いなく反省などしていない。ナタリアナの審美眼を甘く見ているのだろうか。何が目的で、どんな感情かなど手に取るように解る。特に欲望は目に付きやすい。アルフとカレン以外は裏があるかどうかなんて簡単に解る、というのがナタリアナの密かな特技である。


「……離れてください。これ以上話すことはありません」

「良いじゃない。帷子を買おうとしてるの?でも、ナタリアナちゃんには無理じゃない?そんなの買うより、俺達みたいにちゃんとしたパーティーに守られた方が良いと思うよ?」


固く閉じた口の中で舌が鳴った。言っていることが正しいのがなお腹が立つ。こういう正論に、王都に来たばかりの頃は何度も騙されてきたのだ。ゆっくりその場から離れると、彼も当然のようについてきた。そのまま反対側へ戻る。一本一本剣を抜いて持ってはしまって、を繰り返す用心棒に、ナタリアナは申し訳なさを感じながらもその横に立った。


「すみませんアルフさん。絡まれました」

「ん?ああ……すまんがナタリアナは俺と組んでいるんだ。悪いな」


街にいればこんなことは日常茶飯事だ。アルフの目的が無ければ二人でどこか別の街に移っているくらいには、ナタリアナはよく絡まれる。どこから湧いてくるのか彼女を初めて見た人間もいれば、一度彼女と仲間だった人間もいた。既にアルフを慣れさせてしまい、彼は武器を品定めしながら吐き捨てる。


「おっ……おう、いや気にしないでくれ。組んでるって、二人だけか?」

「そうだな。だがこれ以上人数を増やす気は今のところは無い。ナタリアナも嫌がっている」

「そう言わずに。二人だと色々不便だろ?こっちは四人いるぜ?」

「……そうか。それでもいらん」


冒険者というのは変に肝が据わっているから面倒だ。まだ擦れていなかった頃のナタリアナがアルフに睨まれたら一瞬で失禁して気絶する自信がある。男とアルフには大した身長差は無いが、それでも迫力が違うのが見て解る。よく考えれば、彼も、これまで会って来たどの人間も、ナタリアナにまっとうに欲情しているという点で普通の人間なのだ。アルフという狂人と比べると、何ともないように感じる。もちろんそれはそれとして不快なので、さらに彼の後ろに隠れる。

ナタリアナは謎の男をメンバーに加え、その男が暴力的なまでに強いというのがそろそろ認知されても良いころだとは思うが、仕方が無い。まだ一つも季節を越えていないくらいの短い時間だし、ナタリアナのことを独占したい冒険者達は彼ら同士で話したりはしない。話が広がるのも時間はかかる。それまではこういうことも多いだろう。


流石に店先で暴力沙汰にはならず、言い合いをしながらその裏でナタリアナは店主に対して頭を下げる。アルフは終始落ち着いている……というか、口調からして見下しているようにしか見えないので、それが男の逆鱗に触れ彼だけが熱くなって、と繰り返すのだ。流石に良い顔をしない店主の男を見て、ナタリアナはアルフの背中をつつく。


「アルフさん、つ、続くようなら外に出ましょう、ね?」

「……いや、何。良い方法を思いついた。少し待っていろ」


そう言うと、アルフは男の肩に手をかける。問題を起こすのか、と店主が睨み冒険者の男はほくそ笑む。普通のプライドがあれば冒険者同士のことを訴えたりはしないだろうし、それが実際裁かれるとは思えないが……それにしても、悪いのはアルフということになってしまう。しかし。


「いや、」


ちょっと、と声をかけた瞬間、彼らは消えていた。


「……あっ……」


もちろん、時間停止だろうというのはすぐに解る。時間を止めてどこかに行ったのだろう。解決する前に時間が動いているということは、一度解除してまた止めているのだろうか。二度目に関してはほんの少しも感知できないが、それでもすぐに戻るだろう、と地面に一本だけ落ちた剣を拾う。片付け損ねたのだろう。


「……申し訳ございません、お騒がせしまして……その、ちゃんと物は買うので……」

「い、いや、ああ……まあ、いい……けどよ……」


胸元は見せていないし頭を下げている都合上体は認識されていないはずだが……それでも殊勝な態度を美人のナタリアナが取るだけでも店主はしどろもどろになりながら目を逸らした。そして、次の瞬間、からん、と入り口のベルが鳴り、息を切らしたアルフが帰ってくる。


「すみませんアルフさん。何をしたのかは解りませんがご迷惑をおかけしました」

「何、ちょっと遠くまで運んできただけだ。こっちに戻ってくる前に用を済ませよう。ここに置いてあった剣は……ああ、これだ。これが一番良い、と思う」


小声で、正直何でもいい気はするが、なんて彼は呟く。それでもそれをナタリアナが預かり店主のもとに持っていくと、彼女が伝えた額を惜しみなく払った。しっかりと腰につけ、見た目だけは速さと手数重視の剣士が出来上がっていた。これなら鎧は無くても違和感はない。剣も短めのものを選んだようで、彼の足が長いことも相まってとても軽そうに見える。


「うん、良い感じです」

「似合ってるぜ兄ちゃん」

「ありがとうございます……ナタリアナは帷子を買うのか?」

「あ、いえ……今日はちょっとやめておきます。では、ありがとうございました」

「おう。頑張れよ」


剣を携えた彼と店に出て、とりあえず離れるとことまでは早足で。少し行ったら息を整えて、適当な出店で果物を買った。ナタリアナの持つ素材回収用のナイフで切り、半分ずつにして食べながら進む。口に合わなかったのかさらに半分はナタリアナに渡され、そのまま向かったのは杖を売る店だ。どこも大して内装は変わらないが、杖は剥き出しで飾ってるのがほとんど。その中でも一際高く壁にしっかりと固定されているのが、ナタリアナが目指す「回復魔法の杖」である。


「それか?」

「これです」

「ちなみにいくらするんだ」

「まあ……その、まだ買えないですかね」

「……そんなことがあるのか。高い高いとは聞いていたが、ほう……悪いが違いが解らん。下の杖も同じように見える」

「色々あるんですよ。あれが安めの杖なんですけど、水晶の色が赤じゃないですか」

「ああ」

「これは少し高くて、黄色っぽいでしょう。これがもっと行くと、さらに輝きを増して最終的に白になります。まあ、白の杖はそもそも簡単に出回るものではなくて、この世界に何本あるか……作る職人さんも本当に数えるくらいしかいないので、それはもう、一世代で財産を築くような凄いものなんですよ」

「……そうなのか。奥が深いな」

「そうでしょう?」


ずっと欲しかったものを前にすれば、ナタリアナも語気を強めて語ってしまう。ナタリアナは上昇気質の高い人間ではない。等級にこだわることはあるが、単に信用があるほうがたくさんの依頼を請け、多くの人を救えるからだ。だが、杖を持った自分がどれだけのことができるのかは気になる。即死でなければ何とかできるのその先は、もしかすると、なんて夢見たことも何度もある。

もちろん、ただ見に来ただけで買うことはしない。せっかく近くにあるから来てみただけだ。何も買わずに店を出るのは心苦しいが、いつか絶対手に入れてみせます、なんて決意を新たに歩き出す。


「いつか買えると良いな、ナタリアナ」

「ええ。頑張ります。あ、でも、あれですね」

「どうした」


「その前に、馬車や車を買うのもいいかもしれませんね」

「依頼にかかる時間が増えるだろう。いらん」

「……そういうところですよ」


今日もまたどこかに飛ぶことになるのだろう。それを思い、ナタリアナはため息をついた。剣を手に入れたアルフが少し上機嫌に見えるのも、少し妬ましかった。

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