24.「少なくともあなたが綺麗で好きだから」

「ところで、そろそろ『彼女』のことを詳しく教えてもらえるかしら」


とある日。食事中、カレンがそんなことを言い出した。「彼女」とはつまり、アルフが熱を上げ、常日頃から監視している少女……女性、のこと。少なくともナタリアナは彼女の外見くらいしか知らない。それにしたって無理に遠くから見ただけな上、その後に来た気味悪さに記憶に残っていなかった。


「ああ。まあ、必要なことはもちろん話す。まずは……そうだな、彼女の経歴の話だ」


だから、アルフがそれを話し出すのをとりあえず止めなかった。ナタリアナは彼女と友達になることを少し楽しみにしていたため、本当は何も聞かずにいたかったが……だがそれより、知らなければアルフにいつか文句を言うこともできない。カレンの隣で黙々とお食べ勧めながら、とっくに食べ終わっているアルフを少しだけ見る。


「彼女は前世では俺と同い年だった。彼女と俺が関わっていたのは十四から十八までだな。彼女がどの段階で死んでしまったかは解らないが、恐らく働き出す前……そうだな、順当にいけば二十二より前に死んでしまっているはずだ」

「じゃあ子供もいるのね」

「いや。こっちに結婚適齢期なんてないし、何歳でも出産はできる。こっちがどうなっているかは知らないが」

「私の同い年はこぞって子供がいたりするわよ」

「いくつなんだカレンは」

「十七」

「……個人的には地獄だ」


カレンとアルフで会話は進んでいくので、ナタリアナはそれをただ聞くだけだ。カレンの年齢は確か、口説かれたときにそんなことを言っていたような気がする。ナタリアナよりは若いが、それでも結婚位していてもおかしくはない年齢に驚いた覚えがある。それも貴族の令嬢となれば、周りからも強く勧められるだろう。事実一度は嫁に行ったと言っていたし、そこから逃げ帰ってくるとはどんな手を使ったのだろう。アルフほどではないが、なかなか狂ったことをしているように感じる。


「まあ、それはいい。今の彼女は十六だから……まあ、こっちの理屈では結婚が見えてないといけないのか?貴族だけか?ナタリアナ」

「え?いや……まあ、そうですね、平民でも結構その、圧力はかかるかな……とは思います。早いに越したことは無いですから。でも、職人に弟子入りするとか、商人の修業をするとか……それこそ、冒険者になるとか、そういう理由で結婚してない人も多いですから……」


だが、ナタリアナもそれから逃げてきているのは変わらないので人のことは言えない。もっとも彼女の場合は、単純に結婚が嫌だった以上の理由が大きいが。


「そうなのか……まあ良い。それで今の彼女だが、向こうでの記憶がある。いや、正確には解らないが、たぶんある」

「妙な言い方ね」

「彼女の会話を聞いていたんだが……向こうでのことは覚えていないと言っている。本当に覚えていないのか誤魔化しているだけなのかは区別できん。ただ、要所要所で俺と同じくこの世界の常識を知らない反応が見られた。まあ、あると思った方が良いだろうな」

「なるほど……では、どんな突拍子の無いことをするか解らないということね」

「……俺、そんな突拍子の無いことをしてるか?おかしなことをしてる自覚はあるが、そう賢くもないし十分予想はつかないか」

「マトモな冒険者は貴族と手を組まないの。バレたら捕まるわよ」

「……まあ、それくらいは予想の範疇だ。続けるが、ナタリアナ。別にナタリアナの動きが大きく変わるわけじゃない。できるだけ近いところで仲良くしてくれればそれでいい」

「はあ」


恐らく魔物のものであろう肉が噛み切れないので返事は適当になる。それを求めているわけでもないのか、アルフはすぐにカレンに向き直った。


「今の彼女の名前は『サクラ』。と言っても前の世界も同じ名前だ。家名を名乗っていなかったし家族についての言及も無い。俺と同じように、ここにこの姿で生まれたんだろう」

「あら、あなたの方が後に死んだのにあなたが先に生まれ変わったの?」

「……それは全く解らない。どうしてここに俺がいるのかも、何故彼女の動向を感じ取れるのかも解らないんだからな。夢のある話をするなら、彼女を守るために神が時間を選んでくれたんだろう」

「あら素敵」


夢よりも何かドス黒いものが無いか。何とか食事を食べ終え、ナタリアナは水を一気に流し込んだ。


「力だが、かなり俺と近いと言っても良い。俺もそうだが当然、魔法について学ぶような世界じゃなかったからな。にもかかわらず彼女は魔法が使える。回復ができるかは解らんが、居候先の商人が驚くくらいの魔法は使ったらしいな」

「ならとりあえず魔法学校での諸々は大丈夫でしょう。読み書きはあなたと同じくできないのでしょうが……実践ができる以上のものは必要ないわ。あとは面倒な輩に絡まれなければ完璧ね」

「いるのか。そういう輩が」

「いるでしょうねえ……貴族もいるわけで、あなたみたいに……まあ、全く知らないにしてはあなたはよくやってるとは思うけど、身分の違いを理解しないと問題も起きるでしょう」

「……ナタリアナ、頼むぞ」

「はあ……」


アルフの他にもものを教えなければいけない相手がいるのか。そう考えると一瞬憂鬱になる。だが、それもナタリアナに託された仕事であるし、常識を知らないアルフに当然のことを語るだけでも謎の優越感はあった。よく考えなくとも自分の性格の悪さに辟易とするところだが、何にせよ苦ではないのは大きい。それに、それ以上に楽しい状況に身を置けるわけで。どちらとも関わりを持ち続けることで、憧憬と目標を同時に達成できるのだ。

一頻り話し終えると、ナタリアナはいつも通りカレンに手を引かれるように風呂に行くこととなった。これもよく考えれば、身分差にナタリアナが死ぬほど緊張していることとカレンが心からナタリアナを狙っていることを除けば、友人とともに入浴しているようで悪くなかった。



ナタリアナは断固として自分で洗い場を使い全身を、カレンは体だけ洗い流してから湯船に浸かりソフィアに髪を洗わせながら時間を過ごす。長い髪を縁から床に垂らし丁寧に洗わせながら、いつも通り話を始めるのはカレンからだ。


「ねえナタリアナ?」

「は、はい」

「どう思う?」

「何がでしょうか……?」

「アルフのことよ。あなたも気付いているんじゃないの?彼から離れるなら今よ。本当は死ぬほど嫌だけど、あなたのために一応言っておくわ。サクラと接触したらあなた、しばらく彼から離れられなくなる。それに、サクラといる限り監視されることになるわ」

「…………そう、ですね」


もちろん、それはアルフの気分一つだ。あまりにも彼次第なので聞く気にもならない。止める手段もないし、それをやるなら関わらないなんて言ってしまえばそれは絶縁宣言になりうる。現状だってほぼ四六時中行動を共にしているようなもの、それを言い聞かせれば我慢できないことはない、ような気はしている。


「そう……なら、いいんだけどね。もしかしたら勘違いしているかもしれないから言っておくけど、利害や権力争いの優位性も含めて全てを天秤に乗せて……やっとあなた達二人は同等、あなたの方が私は大事よ、ナタリアナ」

「……恐れ入ります」

「会った時から私はあなたをずっと見ているの。彼が愛を語るたび何か言いたそうにしているのは何故?こっちに来なさいナタリアナ」


言われるがままに寄っていく。一回りナタリアナより小さな体の隣につけると、彼女は緩慢に手を伸ばし、回転させるように自分に引き寄せた。抱き合うような形になって、頭を引いて唇を寄せる。

変わらず吸い込まれそうなほど綺麗で透明な碧の目、長い睫。真っすぐにナタリアナを見つめるその目に、珍しく欲情が無い。透き通る純粋な視線に、同性ながら心臓が跳ねた。近付いていく彼女を拒めないほどに力が抜ける。

だが、距離が無くなることはなく彼女は手を止めた。


「あなたの選択を尊重するわ。私があなたを好きでい続ける限りね。私はあなたの中身を知らないから言っておくけれどね」

「あ……ぅ……」

「少なくともあなたが綺麗で好きだから、曇らずにいなさいね。そのうちあなたを解ったつもりになったらもっと言うけど、今はとりあえずこれくらいで。全てを理解している子はソフィアで十分だもの」

「あのお嬢様。勝手に「私のことを理解したつもりにならないでいただけますか」?」

「ほらねいたたたたたたたた爪を立てないでソフィアごめんなさい謝るからやめて」


真面目なのか真面目じゃないのか、またメイドと戯れ始めた。目も元に戻ってしまった。一生さっきのままで良かったのに、なんて言うわけにもいかないので、一言だけお礼を言って元の位置に戻る。その後は終始、カレンがナタリアナに色々なことを聞いて、それに答えて。時々思い出したかのようにアルフとの依頼の話をしたり、普段と変わらない時間が流れた。



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「ほらー、頑張ってー」

「ま、待ってください、お嬢様、待って、死んじゃいます」

「アルフさん!?絶対ですよ!?絶対に時間を止めてくださいよ!?」

「あ、ああ……解っている。だから暴れないでください。余計危ない」


ナタリアナには事前の約束通り定期的な休みが与えられている。アルフとしては毎日のように依頼をこなし組合からの信頼と実績を積み上げ、いざというときの無茶に繋げたいのだろうけど、律儀に暇な時間を作ってくれている。ただ、どこかに行くのかと言われるとルーカール邸に来ることになってしまうし、移動手段の都合上そこにはアルフもいる。

柄にもなく真面目なカレンを見せつけられた次の日も、ナタリアナ達はそこにいた。家の裏庭で、地面にしゃがんだアルフの前に、ソフィアが「虚空に座っている」。


「飛びますよ」

「は、はい……」


まるで椅子に座るような格好で、しかし椅子は存在していない。そんな彼女がその格好のまま、高度上げるアルフに乗っかるようにソフィアも宙に浮いていく。自分は浮いていないのに震えるナタリアナと死を目の前に怯えるソフィアを見て、部屋のベランダから顔を出すカレンがにこやかに笑った。


「上手くいってるじゃない。その方が気持ちが良いわよ」

「い、いや、怖い!怖いです!絶対抱かれた方がマシです!お嬢様!受け入れましょう!ね!」

「いやよ。どうして愛する人間の前で別の男に抱かれなきゃいけないの」


きっかけは単純にカレンの思い付きだった。病弱なカレンは貴族としては珍しく魔法を使うことができない。だが、目の前にいるのは知識の限りでは世界で一番の魔法使いである。何とかして空を飛んでみたいのだと言い張り、その日の予定が決まってしまった。

第一案である抱きかかえて飛ぶ、というのは固辞され、風の魔法で飛ぶという第二案も一つ間違えるとバラバラになってしまうので却下。そしてこれが第三案である。


「どう、結界とやらは」

「す、すみませ、怖すぎてそれどころじゃ、あっアルフ様傾いてます直して直して早く!」

「傾けている自覚は無いんですが……こうですか?」

「いやあああっ!!!落ちます落ちます!やめましょうお嬢様!無理ですって!」


アルフの使える魔法の中に、結界を作るというものを見つけた。小さなものならナタリアナも存在を知っている。空間のマナを完全固定すると、そこに透明な固い箱のようなものができるというものだ。衝撃には弱いので防御や攻撃には信頼できないが、上に乗ることで少し高い場所にも手が届く、程度の使えない魔法である。

だが、そこはアルフの魔法能力の高さが発揮された。マナを固定化したまま持ち上げることが可能だと解ると話が早い。そこに乗ってアルフが飛べば疑似的に空中を動くことができる。何かあったら困ると回復役のナタリアナと貴族のカレンは実験を拒否、哀れソフィアが生贄に差し出されていた。


「やっぱり怖い?中に入った方が良いかしら」

「大きさがギリギリだし息ができないぞ」

「アルフ様は話さないで!集中してください!」


下から支えるアルフもかなり集中を強いられている。これもダメねえ、なんて呟くカレン。彼女は本当にあのメイドが好きなんだろうか、なんて聞きたくもなる。楽しいおもちゃくらいに思ってはいないだろうか。しかし、もちろん彼女達の今までを知らない身としては実際に言うわけにもいかない。カレンの隣から顔を出して、アルフに呼びかける。


「アルフさん、一度降りましょう。ソフィアさんが壊れちゃいます」

「ああ……こう、もう少し安定する形だと良いんだがな」


結界は魔法を使えないカレン、ナタリアナ、ソフィアには当然見えない。魔法を使えても、マナを見られるかどうかは才能によるところが大きくアルフにも見えていない。よって、ソフィアはいつ何が起こって落ちるか解らない平面に座らされていたわけで。地面に降りると瀟洒で冷静な普段とはうって変わって、小走りでアルフから離れていった。


「他の魔法の方が良いわね」

「そうだな……荷車を持ち上げてるのとやってることは変わらん」

「まあ、それでもなかなかできるものじゃないし良いんだけど……でもどうせならそういうんじゃない飛び方がしたいじゃない」

「よく解らんがこれ以上ソフィアさんが協力してくれるとは思えん」

「してくれるわよ。ねー、ソフィア?」

「しません!!!」


流石に視界外に出るわけにはいかないのか、彼女は少し離れたところで生存を確かめるかのように心臓に手を当て肩を上下させている。かなり本気の顔をする彼女に、カレンは笑顔で告げた。


「でもソフィア。やらないとあなたとの色んなことを話しても良いのよ。いずれナタリアナともそうなるんだし、それに、」

「やります、やりますから!協力します!」


血を吐くように叫んだ彼女が何を握られているのか、それを聞く度胸もナタリアナには無かった。

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