22.「結構性格悪いところありますよね」

「では、ナタリアナさん。手続きは以上となります。何か質問などございますか?」

「いえ、大丈夫です。あ、そうですね、寮に入るかどうかというのは自由……なんですよね?」

「はい。こちらは入学直前の測定の際に伺うことになります」


数日後、王都の第二魔法学校の教室の一つ。ナタリアナは一部余裕のある生徒のように別の学校から上がってきた人間ではないので、入学には自ら行って手続きをする必要があった。アルフの監視、盗聴により「彼女」は第二への入学手続きを済ませたと確認し、それを追ってナタリアナ達も手続きをしに来ている。


予定通りソフィアに見た目を誤魔化したナタリアナはこれ幸いといつもの重苦しいローブを脱ぎ、普段は着ない身長サイズ通りの安い布の服を着ていた。どう見ても歪になってしまったが、目の前の男性職員も何も反応していない。ソフィアも美人ではあるしもしかしたら何か思うところはあるかもしれないが、露骨に態度に出されないだけ遥かに良い。

読み書きができるというそれなりに高い入学基準をナタリアナはクリアしている。本当に念のため用意してあるカレン直筆の覚書は荷物の中に隠し持ったまま使うことはなさそうだった。つつがなく手続きは進み、最終的に職員は始めにも言った疑問をもう一度口にする。


「それと……ですけれど。ナタリアナさん。本当に入学されるのですか?」

「ええ。入ります。魔法や剣術以外にも得るものはあるはずですから」


後ろに透明化したアルフがいる、という安心感もある。判明した時はこれまでこそこそしていたのは何だったのかと怒ったものの、今はとても心強い。彼女は堂々と、心配そうな職員に胸を張って告げた。


「なら良いのですが……本当に珍しいです。回復魔法使いの方が入学するというのは……」

「そうで……すよね。ですが大丈夫です。よろしくお願いします」


回復魔法という圧倒的な才能を与えられた代わりに力の成長や魔法の習得がほぼ叶わなくなる、それが回復魔法使いの特質だ。それでもきっぱりと言い切るナタリアナを馬鹿だと思っているのか、それとも意識が高いと感心しているのか。どちらにせよ、彼はナタリアナの書きこんだいくつかの書類を纏めると、それでは、と出口を促す。


「確認ですが、二十日後が測定となりますので、所定の時間までに第一魔法学校に来てくださいね」

「はい。よろしくお願いします」

「では。ありがとうございました」

「ありがとうございました」


学校の敷地ギリギリまで職員は見届けに来てわざわざ確認までしてくれる。流石、王都の公的施設の人間は違う。ここには貴族も来るわけで、卒業後王族と関わることになる人間もいる。大半はそこまで優秀ではなく冒険者に落ち着くが、それでも質の良い人間がいることに越したことはないのだろう。もしくは単に学校にいる現時点での部外者を監視しているかどちらかだろう。


少し敷地沿いに歩き、人目が無くなったタイミングを見計らってすべての魔法を解除する。透明化にしろ姿を誤認識させる魔法にしろ簡単に使っていたようだが、それでも連続で長時間使うのは疲れるらしい。歩きつつ軽く回復魔法を使いながら、彼に持たせていたローブを身に着ける。姿を現したアルフに、ナタリアナは何の気なしに話す。


「では二十日後、よろしくお願いします。それから、その段階で住んでいるところがあると話が進むと思います。これからの連絡とかも受け取る場所ができますし。カレン様のところや組合ではいけないでしょう」

「ああ。とりあえずどこかに住むところを買うのが良いだろうな。友人として『彼女』が家に来るとなった時……いや待て、だったら親もいないのに一軒家というのはおかしいか?」

「別に、死んだ両親の家に一人暮らし、でもそこまでおかしくないでしょう」

「金が必要だろう。税金とか……」

「なんで家に税金が必要なんです?」

「……なるほどな」


友人を自宅に招くという体験に胸が躍る一方で、それを当然のように計画に組み込んでいることには言いようのない気持ちの悪さを覚える。とりあえずは飲み込み、予定通り昼食をとりに適当な店を訪れる。ちらちらと向けられる視線を無視して座る。相変わらず高価であることを無視して食べるときは牛か豚しか食べない彼の横で、度重なる依頼達成と何回か経験した救助の礼金でかなり潤っているナタリアナはそこまでの贅沢はできそうになかった。


「それで、家はどうやったら手に入るんだ?建てる時間や金は無いだろう」

「うーん……基本的には空き家になったところを買うというのが良いと思います。王都も広いですし、人口の移りも激しいですからそこそこ簡単に見つかるとは思いますよ。一軒家となるとちょっと高くなっちゃいますけど……」

「だがその方が良い。余計に誤魔化す相手が増えるだけだからな」

「それはそうですけど」


注文が届くと、やはり彼は物凄い速さで食べていく。ナタリアナも冒険者としてそこそこ早食いではあるものの、流石に追いつけない。そもそも、彼女は冒険に出てもそう動くことはないし、最近はかなりの確率で行きは歩くが帰りは背負われている。体重の増加を気にして手が進まないというのもあり、早々に食べ切ったアルフが一方的に会話を再開するのだ。


「誰から買うんだ?専門の人間がいるのか?」

「複数人で住む家ならそこで一番古い人間が募集してます。一軒家の空きは組合に言うと紹介してもらえますよ」

「そんなこともやっているのか、あそこは」

「まあ、片付けとか引っ越しも立派な仕事ですから。等級が低い人にとっては特に」


私もやりたかったんですけど、力が無くてできませんでしたね……と、ナタリアナは過去を思い出し遠くを見つめた。これまでの道のり……特に村を出てからアルフに会うまでなどできるだけこれからは封印していきたいが、思い出すたび、自分がいかに恵まれているかを自覚できるいい機会でもある。ではそこだな、と言うアルフに対し、スープの最後の一口を飲み干してナタリアナは尋ねる。


「お金はどうしますか?無難に半分ずつにします?」

「いくらかかるかによるな。何故か持ってた金貨には手を付けてないが……これは突然何かあった時のためにとっておきたい。銀貨だと……まあ、そこそこあるとは思う。……俺の感覚だと、換算して……まあ、借りるなら問題は無いと思うが……」

「まあ、たぶん買えるとは思いますよ」


アルフの財布事情は解っているので、聞かずとも想定はできる。報酬の分け方が厳密にナタリアナの半分となっているため、所持金も最初の金貨を除けば彼女の半分だ。銅貨一枚もズレていないとは言わないが、把握している所持金なら家の一軒くらいは買えてもおかしくない。建てるとなると時間も金もかかるが、そうでなければ安い家を選べばいい話だ。


「少し中央から離れちゃうとは思いますけど」

「それは良い。まあ、足りなかったらカレンが出してくれるだろう。借りるという形にしても良い」

「だ、ダメですよ、カレン様にそんな……」

「この前ナタリアナがカレンといちゃついている間、ソフィアから次の指名依頼の説明を受けた。どんなものか言ってやろうか」

「……何ですか?ちなみにいちゃついてません」

「細かい場所は追って言われるが、木材を輸送しろ、だと。丸太五十だぞ。一人に頼む量じゃない」

「……まあ、そういう約束ですからね」


なるほど、こういう使い方もあるのか。ナタリアナはカレンに感心しつつ、アルフが彼女を財布代わりにするのは止めないことにした。その量の木材を正規に運ぼうと思えば、いくつもの荷車と人員、その数に応じた護衛、街道の通り方によっては通行税も発生する。それらを丸投げして報酬も一部返還となれば、いくらの得になるのか。ナタリアナの先入観でてっきり戦いでしか使わないと思っていたが、彼の力は魔法の才よりも腕力によるものが大きい。


「まあ、それで実入りは金貨一枚だ。一日潰れる可能性はあるが悪くはない……のか、たぶん」

「本来払う額よりはよほど安いとは思いますけどね」

「……それでもカレンとの縁は重要だ。最悪力技で従わせることも考えるくらいにな。他の貴族は見ていないが……それでも、いくつか指名を出すと言って本当に絶え間なく指名を飛ばせる人間が何人いるか、という話になってくる」

「それはそうですね……あ、私、私が出します、わた、私……怒りますよアルフさん!」


勝手に代金を支払うアルフに憤慨しつつ店を後にする。毎回払うわけでもないのが腹立たしい。彼にくっついて組合まで向かい、ここからはナタリアナの番だ。受付に行って、王都の空き家を見せてもらう。やはり量はある。そのうち何軒が不幸によるものか……例えば冒険者が死んで空いた家や、死んでいなくとも兵士や娼婦に落ちて空いた家かと思うと気の毒になってくる。見せてもアルフには読めないので、写し書きを貰って組合の席に着いた。


「えっと……最低限守る条件とかありますか?」

「風呂だ。この際トイレは我慢するにしても風呂はあった方が良い」

「まあ、同感ですけど……お手洗いについて我慢してるところとかあるんですか?」

「汲み取りだぞ。何とか水洗にできないかと毎回思うが方法が思いつかない。俺の魔法に対する理解も単純な知識も足りない」

「……?」


意味が解らない発言には返さないに限る。無視して、持ってきた家の中から風呂のスペースがある場所を探し当てる。それ専用の場所さえあれば、熱湯を注ぐのはアルフにもできるだろう。ただ、街中でそれをすることは贅沢でもある。大きめの施設や宿屋が複数人を雇うならともかく、人間が温まれるほどの温度のお湯を大量に出すことは案外難しいのだ。

だが、無いわけではない。持ってきた中では二軒、風呂用の部屋もある家が見付かった。大して変わりがあるわけではないが、強いて違いを挙げるなら北か南か、くらいだろうか。それはどうでもいいとアルフが言うので適当に一枚選び、見に行くため受付に話す。


(まあ、解ってたけど……やっぱり部屋別ってのは難しいか……)


組合が出した部屋の中から予算を限り、王都の外にあるものを省きとやっていると、寝室に使えるだろう部屋が複数ある家は無い。食事をとるような大きな部屋が一つ、それから寝室に使える小さな部屋が一つ、それから風呂にしか使えない部屋が一つ、で終わりだ。


(別にこの際良いけど……たぶん、この家も大して使わないだろうし……)


カレンのところに定期的に行く都合上、そう毎日、とはならないだろう。それに、彼と一緒に寝るのも何度も重ねて慣れれば問題無くなる。どうせ彼からも自分からも何かを起こすつもりは無いのだし、一人で眠りたい気分ならお互いその日はカレンのところに行けば良い。


……と、はっとする。ナタリアナも、カレンのお世話になる気満々でいた。間違えてはいけない。アルフと違って、自分が求められているのは存在だ。力ではない。彼女曰く恋心で尽くしてくれるのは対等ではないのだ。アルフが回された仕事に疲れるのを癒すくらいが関の山だろうか。


(でも、私は……アルフさんに……いや、違った、そっか……そうだよね……)




「……どうした、ナタリアナ」

「え?」

「変に思いつめた顔をしてる。最近多いな。何かあるなら言ってくれ。生憎、力で解決することしかできないが」


街を歩きながら、彼が覗き込んでくる。少し見上げる身長差に驚きつつ、大丈夫ですよ、と返す。彼女の盾の表情を、ほんの少しくらいは解るようになってきた。


「頑張ります。だから、頑張りましょう」

「え……ああ。どうした唐突に」

「別に。アルフさん、結構性格悪いところありますよね」

「……心配するべきじゃなかったか。すまん、俺もそう人との関わりが上手いわけでは……」

「いいえ、他のところです」

「……解らん」


私の前で高級料理を食べるところとか、なんて言うと、彼は気まずそうに目を逸らした。別に彼が悪いわけでもないことに本気で反省していそうな彼に、冗談ですなんて笑いかける。まだ、ナタリアナとアルフは対等ではない。彼女は彼がいなければ死んでいたが、彼は彼女がいなくても良いのだ。何かを彼に言うのはもっと後にしよう。現実から逃げるように、ナタリアナは違和感を、喉に突っかかっていたものを無理矢理飲み込んだ。

いつか、彼と対等になれたら考えよう。それまではこのままでいい。きっと彼に直接言う時も来る。その時は彼の頬を張ってやろう。どれだけ自分が気持ち悪いのか解らせてやるんだ。解らせて、それから、そこで思考は途切れる。そんな未来を考えるほど、ナタリアナは賢くは無いのだ。

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