21.「……呪いじゃないか」

「マック!」

「ヤバい!アンデッドだ!奥から来てる!」

「くそっ……引くぞ!走れ!」


「……どれくらいいるんですか、アンデッド」

「何かは解らないが敵反応は十数だ。結構近いな……それに挟まれてる。突然生まれてるな」

「真っ暗なうえに人が集まったから発生したみたいですね……」


岩陰のナタリアナ達と四人の冒険者がそれぞれ感知した魔物、アンデッド。暗い洞窟や墓地に自然発生する魔物の一つで、他の魔物に増してとにかく人間や他の魔物を攻撃する性質を持つ。肉体を持つタイプとそうでないものがいるが、敵感知にかかるのは前者だ。


「どうする?」

「戦闘力的にはアルフさんなら問題ないはずです。見た目が結構エグい感じですけど大丈夫ですか?」

「どんな感じなんだ?」

「死体が腐った感じです」

「まあ……大丈夫だろう」


彼の顔は見えないが、声からして本当に大丈夫であろうことは解る。アンデッドはそこそこ厄介な相手ではあるが……特に理不尽なことをしてくるわけでもないし、知能が高いわけでもない。もし本当にそうなら体を丸めて抱えられ時間を止めてアルフにスピードで突っ切ってもらわなければならなかった。挟み撃ちでも彼なら問題無く撃退できるだろう。問題は冒険者の彼らだ。引いて駆け出した彼らを止めるタイミングも無い。


「明かりを付けるぞ。とりあえずこっちは片付けて採取を続けよう。向こうは……まあ、死んだらそれまで、明るい方が戦いやすいだろう」

「は、い、いや!助けましょうよ!とりあえずこっちの奴らを倒して合流しましょう!」

「……まあ、合流は良いが。一回他人の戦いを見ておくのも大事だと思うんだ」

「そういう話ですか?死んじゃったらどうするんですか!」

「目覚めは悪いな」


たったその一言だけで、アルフはナタリアナを引っ張ったまま岩陰から出て魔法を発動した。一気に周囲が明るくなり、洞窟の奥からゆっくりと歩いてくるアンデッド達が目に入る。肉体が解けたように崩れかけ、纏った服もボロ切れ同然の人間の形をした何か。モノによっては存在すらしない双眼が、まっすぐにナタリアナ達を見つめていた。

立ち塞がるように前に出るアルフの後ろにぴったりと着けて、地面から武器を生やす彼に掌だけ向けておく。後ろからも来ているということで見てはおくが、別に視線を向けても何もできないし無駄かもしれない、と思い始めたところでアンデッド達が歩みを少し速めた。


「来ます」

「ああ……任せろ」


ここに来る前、密室で攻撃魔法はできるだけ使わないでください、と言った通り、向かってくる死体に対しアルフは大きな、それも明らかにナタリアナの体躯はありそうな両手剣を片手で構えて数歩前に出ていく。剣先を地面につけることもなく距離が詰まると、そのまま横に力尽くで一閃。振り切った剣の重みに引きずられるように体を崩したかと思えばその勢いで蹴りを入れ上から得物を振り降ろす。


相変わらず彼の戦いは非常に単調で、見ていて何の感情も湧かない。ナタリアナの知る戦闘は違う。ここの戦闘能力に劣る人間が連携をとって戦うというのが根底にあるものであって、そもそも個としてずばぬけている彼の戦いはその真逆と言っても良い。いつしか彼が言った言葉を思い出す。戦い方を知る子供より、そうでないモンスターの方が強い。それ程上手くもない言い方ではあるが、彼に関してはそれを体現している。ナタリアナの前で剣を振り回し死体どもを斬っていく姿は本当に、身体能力に物を言わせて特攻しているのと変わらない。振り回す剣の攻撃力、そして反動を殺せる腕力と、頭のねじが外れていなければできない戦闘方法だ。


何とか目は逸らさないようにしているものの、腐っている以外は人間と変わらないアンデッド達が両断され血しぶきをあげ崩れ落ちていくのは見ていて気持ちのいいものではない。まだ自分が駆け出しだということを自覚させられる。彼が無傷でそれらを討伐するのを見届けて、もはや定番になった靴擦れの治療だけ済ませてすぐに洞窟の表層を指さした。


「アルフさん、あっちの人達は!?」

「まだ戦ってるな……とにかく行くか。急ぐぞ」


アンデッドの討伐報告はこの際諦めるとして、すぐに洞窟を出口へと走っていく。すぐにナタリアナの貧弱さゆえ抱えられることになってしまったが、それでも何かあった時のために回復魔法を宿して準備しておく。アルフが何も言わないということは、まだ死んでいないということ。肝心の戦闘は彼に任せるしかないものの、それでも助けられる命があるのなら助けた方が良い。密かに神に祈りながら追いついた、そこには。



「クソッ!!こっちに来るんじゃねえ!」

「うああああああっっ!!!!『フレアボール』!!」


前に立っているのは近接、剣士と魔法使いだろう男だった。二人は既にアンデッド達に囲まれており、明らかに魔法使いが近付いてはいけない距離で魔法を発動している。放った火球はアンデッドの頭を掠めるだけに終わる。多少は鍛えているのか掴まれても抜けられているが、それもいつまで持つか解らない。

それに、剣士も不味い。ほぼ魔法使いとくっつくように戦っているせいで剣を振り切れていない。子供が木の棒で遊んででもいるかのように、前方に適当に振るだけに留まっている。少しずつダメージは通っているのだろうが、撃破はいつになるか解らない。二人揃ってほぼ取り囲まれ、体にも軽装備の鎧にもいくつか傷がついている。特に剣士の男の左腕の生傷は酷い。気合で動かしているのだろうが、出血もありほとんど力も入らない様子だ。


彼らが何とか戦っている後ろに、もう二人。大盾を持った男と、その後ろに隠れる男。隠れているのは間違いなく回復役だろう。こちらは壁を背にしている分囲まれてはいないが、前衛二人を無視したアンデッド達に迫られ盾で殴るのが精一杯と言ったところ。回復役の男は何か魔法を使ってはいるが、恐らく疲労回復程度だろう。軽い魔法だが連続で発動し続けているからか光も消えつつある。


「うおおっ!!行けマック!」

「くっ……すまん!」


剣士の男が吠え、一体のアンデッドの頭を剣で叩き割る。刺さった得物を抜くと同時に蹴りつけ群れに少しの隙間を作ると、そこに向けて魔法使いの男を走らせた。魔法使いの男はそのまま盾の男達に走りつつ魔法を放つ。剣の男は直後後ろから殴られふらつくものの、立ち直って雑に剣を振り回していく。今ので頭からも出血が始まった。もう長くない。ナタリアナは手に宿した魔法を消し、もっと強い回復を準備しつつアルフの方を向いた。


「アルフさん、助けましょう!」

「っ……すまん助けてくれ!」


ナタリアナの声を聞き、盾の男の後ろから回復役が声をあげた。他の面々は反応しないものの、それがどういう意味なのかは推し量るまでもない。遠隔で回復魔法は使えない。何とか近付かなければならないが、突破する力はナタリアナには無い。まずは彼を!と剣の男を指さした段階で、アルフは彼女を肩に担ぎ直し、地面に一瞬手を触れ槍を作り出した。


「しっかり捕まっていろ」

「どこに……いやあっ!!」


手も届かないし、そもそも胸のものが邪魔で抱き着くこともできない。進行方向に視線が無く何が起こっているか解らない、そんな中でぐんと体に圧力がかかる。群れに突っ込んでいっているのだと気付き、ナタリアナはすぐに自分にできることを考え出した。上体が浮く。位置関係からして、まずは剣の男に迫る大軍を蹴散らすだろう。


「ふっ!」


肉と骨を砕く音が幾度となく鳴った。倒し切れていないアンデッドがアルフの背中側、つまりナタリアナの目の前から手を伸ばしてくるが、彼を信じて回復魔法を手に宿す。触れられる距離。ここなら魔法も届く。もう立っていることもギリギリだろう剣の男に、少なくとも傷だけは塞がるように魔法をかける。


「ぐ……た、助かった……」

「アルフさん!もう平気です!私はこの人と!」


後ろ側にいるアンデッドは三体。アルフに抱えられているより良いだろう、と下ろしてもらい、盾を乗り換える。血は足りていないがそれでも腕が動くようになり、何も言わずとも彼はナタリアナを庇って前に出た。いつものように彼の後ろにつき、回復によって一気に来た疲労と眩暈に頭を振って抗う。向こうの回復役がどれだけ余力を残しているかは解らないが、もしアルフが失敗したら自分がやらなければここで巻き込まれて全員死んでしまう。


「来いッ!!」


横から掴みかかってくるアンデッドを殴りつけ、頭を刺すように剣を突き出す。貫通はしなかったがそれでもいい。ほんの少しだけでも一対一を作れれば、初心者でもアンデッドは十分倒せる。

剣を抜くと同時に前から来る死体を切り伏せ、その勢いに右から来るのも巻き込み、そのまま肉に食い込ませて両断しようと力を込めるが動かない。一度抜いて首を狙うが今度は前の死体が迫って来ていた。死肉を飛び散らせて伸ばしてくる腐った手と押し合いになり、やはり力では勝てず下がらされる。

と、真後ろにいたナタリアナにぶつかった。


「しまっ……」

「ぁっ……」


二人分の重みに押されてしまえばナタリアナはその通りに吹き飛ぶしかない。押し倒されるように下敷きになり、何とか腕は逃がしたもののもろに二人が倒れ込んでくる。咄嗟に叫んだ。


「アルフさ   





ん!」

「ん、了解」


次の瞬間、やはり違和感とともにナタリアナは少しずれて立たされていた。目の前に、死体に押し倒され倒れている剣の男がいる。時間が止まった、そう認識すると同時に、彼女の横から影が飛び出し左右から戻って来ていたアンデッドの頭を吹き飛ばす。見れば、剣の男に倒れ掛かるアンデッドも既に頭に風穴が開けられている。そこまでは止まった時間の中でやったのだろうか。彼が自分に乗るアンデッドを蹴り飛ばしているのを見届けてから振り向くと、そこには既に積みあがった死体の山が存在していた。座り込んでしまっている盾と回復魔法の男、それから駆け寄ってくる魔法使いの男。彼もそこそこ手傷は負っていて咄嗟に回復魔法を使ってしまいそうになるが、ここで彼まで回復してしまうと何かあった時にアルフを治せなくなってしまう。すぐに消して、アルフに寄ってふう、と息をつく。


「ありがとう、助かった」

「い、いえ、危なかったです」

「まさか突然湧き出てくるとは……突然明かりが付いたり消えたりするからおかしいとは思ったんだが……」

「そう……ですか……」


それはこちらのせいです、なんて心が軋む音がした。だがそれは隠し、名前と所属だけ聞いてすぐに撤退するように勧める。ここからは魔物は生まれていないはずだし、念のためアルフに尋ねても敵反応は無い。盾と回復魔法……要するにパーティーにおいて回復を司る部分は壊滅しているが、二人ともつかれているだけで怪我を負っているわけではない。何事もなく帰れるだろう。

疲れている今そうたくさんの話はしたくない、と早めに切り上げ、ナタリアナは彼らが去っていくのを微妙な表情で見送っていた。



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「ところで、ナタリアナ」


見送り、再び採取に戻る二人。疲れてはいるが、基本的には採れば採るほど金にはなる。持ちきれるギリギリまで集めていると、アルフがふと呟いた。


「はい?」

「さっきの戦闘だが……あれが普通の編成なのか」

「まあ……そうですね」


これまでナタリアナが一時的にでも加入したところではそうだった。元々回復役がいて、ナタリアナはナタリアナ目当てに加入させられたようなパーティーではあったが、どちらにせよ前衛がいて、魔法使いがいて、回復役がいて、回復役を守るための人員が配置されていた。

これも、唯一性のある回復魔法使いの地位がそこまで高くない理由である。普通の回復魔法使いは即座に戦闘不能を回復するような芸当はできないうえ、それ以外の場面でもやることが無い。かと言って荷物持ちができるかと言えばそうでもないし、地図持ちだって先頭を勧めない人間がやっても仕方が無い。


「まあ、回復魔法使いというのはそういう生き物ですから……守ってもらわないと何もできないですね」

「ナタリアナ……は、まあ、そうなのかもしれないが。あいつは男だろう?自分で鍛えるとか、そういうのは無いのか?」

「ああ……まあ、鍛えられるならそうしたいんですがね……」


ナタリアナは石礫を吟味しつつ、昏い目をして呟くように話す。回復魔法使いは、神に選ばれた存在であるというのは当然の常識だ。しかし、神が人間に差をつけるはずが無いという考えも、また当然のものとなっている。何故か。回復魔法使いは同時に、それ以外の才能を剥奪されてしまうからだ。


「才能と言っても戦いの才能が主なんですが……でも、鍛えても鍛えても力はつかないし、頑張って学んでも回復以外の魔法が使えるようにならないんです」

「……呪いじゃないか」

「……アルフさん、私は良いですけど他の人の前でそれは言わないでくださいね。熱心な人なら刺されますよ」


実際、それ以外の戦いの才を取り上げられたのにも関わらず回復魔法の出力が酷かった人間はそれを仕事にすることもできず、肉体に絡むような成長は望めないので仕事の幅が一気に狭まる。ナタリアナは幸運にも能力『だけ』を見るならかなり上位ではあったが、それにしても自分の盾を持たないという理由で評価を落とされていた現実がある。


「だから私も彼も戦えないんですよ。私は……まあ、おっしゃる通りで、鍛えられてたとしてもそう機敏には動けなかったような気もしますけど……」


はあ、とため息をついて、ナタリアナはまた水晶石を袋に詰めた。試しにさっき持たせてもらったつるはしは重く、ほとんど振ることはできなかった。アルフの武器ももちろん扱うことが出来ず、やっぱり彼と一緒にいるしかないのかな、なんて大きな目を少し閉じていた。

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