20.「数をこなさないといけないからな」
「……よし。これで良いな」
「はい。少し待ってください。今色々済ませますので」
数日経って、アルフは何も変わっていなかった。
アルフが本当に何を考えているのか知った日。学校に、しかも自分の姿を隠して通えるという甘い蜜に負けて彼に正論を吐けなかった日から、結局ナタリアナは彼に何も聞けていない。次年度の入学にはまだ少し時間があり、手続きを済ませた後も時間はあるのだが、話はできていなかった。言って、じゃあ仲間であることを辞めようなんて言われたらどうすればいいのか。
「治療は必要ですか?」
「頼む。早速靴擦れが酷いんだ」
「やっぱり特注品を作ってもらった方が良いですよ。ブーツが合わないんじゃしょうがないです。まだ大して動いても無いのに」
「今度行こう」
依頼の討伐対象、ロックゴーレム……の、死んで体が崩れ落ちた瓦礫を漁りながら、ナタリアナは彼に言う。彼の奇妙な非常識さは何も変わっていない。あそこまで実力がありながら崩れてくる瓦礫を過剰に恐れて避けているというのもそうだし、わざわざ街の外で靴擦れなんて治療させるのは彼くらいだ。と思えば彼が周囲をきょろきょろと見回しているのは敵感知も兼ねているのだろう。現在では罠感知を発動させることも覚え、着実に普通に近付いている側面もある。もちろん、その実力ゆえに油断は消えないのだろうが。
「何を探しているんだ」
「ロックゴーレム……ゴーレム系の魔物にはコアがあるんです。心臓みたいなものですね。それを持って帰って依頼達成ですから」
「俺でも探せるか」
「探せますが、扱いを間違えると壊れますよ」
「やめておこう」
太陽の下で白々しく鼻だけで笑うアルフ。服装は黒一色で美意識の欠片も見られないが、その容貌に狂気は見られない。だが、彼はその内に、ナタリアナに心底吐き気を催させる気質を隠し持っているのだ。何も無ければ彼女も裸足で逃げ出していただろうその本性について聞かなければならないのに、勇気が出ない。カレンの根回しで寄せられた指名依頼の忙しさを理由に後回しにしていた。
しばらく探して、他の瓦礫とは少し違う、丸みを帯びて鈍く輝くゴーレムのコアを取り上げる。癒しの魔法をかければ、気休め程度だが壊れにくくはなるはずだ。バラバラでも報酬が降りるのに時間がかかるだけだが気を付けるに越したことはない。このために組合に借りてきた柔らかな布袋にコアを入れ包み、そのまま丁寧に両手で支える。
「うん、たぶんこれで大丈夫……なはずです。すみません、私も実際扱うのは初めてなんですが」
「俺よりマシだ。文句は言わん。それより帰ろう。数をこなさないといけないからな」
「はい。ではよろしくお願いしますね」
結局、核心の話ができないのはナタリアナがどこまでも自分の利を優先しているからなのだ。それに気づいた初日から、ずっと喉の奥に何かが引っかかっているような感覚を覚えている。もちろん、原因も解決方法も明確なのだけど。
彼と一緒に空を飛ぶために、腕に抱かれるのを違和感無く受け入れられるようになったのもあの日からだ。これは、彼の本性を見た副作用……しかも、嬉しい作用と言えた。それに、彼に着いていく以上これから学校には行けるし、ナタリアナ次第ではあるが友達もできる。今の立場もある。もっと言えば、今彼に捨てられてしまうと、カレンに取り込まれて強引にモノにされてしまう可能性もある。基本的に短絡的で、刹那の今を生きる冒険者という人種は直接迫ってくるからマシと解ったのもここ最近だ。貴族が本気になればナタリアナの存在など埃のように消える。
アルフも一人になれば評価は落ちるだろうが、規格外である彼はその力から組合にも強く保護されるだろう。ナタリアナは違う。腕のいい回復魔法使いとはいえ唯一絶対ではない。使いにくければ淘汰される程度でしかないのだ。
結局、彼と一緒に飛ぶしかないのだ。少なくともこれから新しい仲間を探して活動することはナタリアナにはできない。ソフィアの姿は無事借りられるようになったが、それは学校に通っている間だけ。ナタリアナからはナタリアナは逃げられないのだ。
目を少しの間閉じているだけで、ナタリアナは依頼の場所から王都へ戻ってきている。その間何かあれば彼はまずナタリアナに聞いてくる。これだって普通の冒険者としてやるなら、今回なら往復で四日はかかっただろう。それをこうして短縮して一日で二つも三つも依頼をこなせばその分お金も早く貯まる。既に服屋に一回り大きい服を注文してあるが、歪なサイズに値が張った。
「すみません、依頼達成の報告です」
そこまで利があって、ナタリアナがしていることと言えば基本的には後ろを着いていくだけ。まあ、それ自体は全然構わないのだ。そもそも回復魔法使いが現地で働くことになるのはパーティーの力量不足と言わざるを得ない。ナタリアナはかなり魔法の発動も早いが、もっと遅いのもいる。消耗も重いのがいる。例えば腹を突き刺されても回復できるなら、なるほど回復魔法使いがいて助かったと言えるだろう。だが、その後一人実質移動もできなくなる可能性がある。軽い怪我でも数人で連続すれば同様だ。
ただ、アルフは怪我をそもそもしないから、こうして依頼の後処理の方が比重は多くなっている。それに不満があるわけではないが、別に誰でもいいんじゃないかというのが本音だ。アルフに足りない常識を叩きこむのも、同じように。
「こちらが報酬です。お疲れさまでした」
「ありがとうございます。それと、このまま次に行くのでさっき選ばなかった方を出してください」
「はい、これですね」
「あ、そうです。えっと……はい。ありがとうございました」
「はい。ではお気を付けて」
そうなると、あくまでナタリアナの予想では、彼女が選ばれているのはただ彼女から声をかけたからなのだ。アルフが自分に情を持っているとか、惚れているなんてことを今更言うつもりはない。本当に誰でもいいんじゃないか、なんて思うのだ。
「……ナタリアナ?どうした。何かあったか」
「い、いえ別に。ところで、彼女は今何をしていますか?」
「学校が始まるまでは小遣い代わりに店番と計算をやるらしい。簡単な計算くらいはできるからな」
そう思うと、喜んでいいのか悲しむべきか解らなくなる。救われて嬉しくて、学校に行く余裕までできた。これで彼が狂ってさえいなければ相当傾倒してしまっていただろう。だが、そうはならなかった。ナタリアナには、もう一度考える時間が与えられたのだ。
「次の依頼ですが、ええと……これはかなり遠くに行った方が良いかもしれませんね……」
「別に距離は良いだろう。大体はすぐ着く」
「……まあ、そうですけど。洞窟で水晶石を採掘してこい、だそうです」
「水晶石とは?」
「この前話した、杖の素材になるものです。マナ干渉力が少し高まるんです。本当なら近場の洞窟で鉄級がやるような仕事ですが……」
「何かあるのか」
「深いところまで行って採ったものの方が品質が良いんです。別に近場の洞窟でもいいんですけど、他の冒険者と会わない方が良いのかな、と」
「別に会うならそれで良い。一気に成り上がった奴が嫌われるなら……まあ、嫌われたくはないがそれも仕方ない。悪目立ちは……今更かもしれないが」
二人で路地裏に消えていく。まだまだ時間はある。それからでもきっと遅くない、そう自分に言い聞かせる度に、ナタリアナの心臓が軋むような気がした。
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「もう少し、もう少し……はい、それくらいです。その加減、覚えてくださいね」
「難しいな……出力が高すぎる」
「あっ強すぎです。出力上がってます」
「むう……」
やはりわずかな間にたどり着いた洞窟で、ナタリアナは冷や汗を流しつつ集中するアルフの横でずだ袋を開いて口酸っぱく指示を飛ばしていた。指先に欠片ほど、まだ肌にぶつけても熱いで済みそうなくらい小さな小さな炎を宿し、それを慎重に内壁に向けさせる。
「それを壁にぶつけて、何も無ければすぐに消す。水晶石があれば炎が勝手に大きくなります。その場合でもすぐに消してはもらいますが」
「解った……くそ、予想以上に調整が難しい……」
「普通に私達死んじゃいますから、本当にお願いしますね。後は適当につるはしを入れてくれれば私が見分けはしますから」
指を弾くように炎をぶつけては何も起きずに消えていく。既に洞窟内は彼の魔法によって煌々と太陽の下のように輝いている。冒険者達がこぞって水晶石を採りに来る過程で表層の魔物はほぼ駆逐されていたが、そのうえでまだ魔物が残っている階層……並の冒険者なら洞窟内での宿泊を余儀なくされるようなところまで来ていた。
流石に彼もこんなところで高火力の炎を出したら危険だということは解っているようで、素直に豆粒のような炎をぶつけて水晶石を探す。なお、本来あそこまで小さくすることはほぼできない。どうせなら小さい方が良いとどんどん要求してしまったが、普通の魔法使いは掌より小さくするくらいが精一杯である。
「……あ、今反応しましたね。そこお願いします」
「ここだな」
反応したらつるはしを入れ壁を削る。まだ人も立ち入っていない場所の採掘は、全く慣れていなさそうなアルフの拙いつるはしでも上手くいく。力があるばかりで効率が悪そうだが、それでもぼろぼろと岩壁が崩れて転がってくる。もちろん、ナタリアナにせよ実際につるはしを振るったことはない。それどころか、基本的に知識でしか冒険者としてのことは知らないのだ。いずれ仲間が出来た時のために必死に学んだ知識のみである。
それでも転がった岩の中から水晶石を拾い上げる。力が入り過ぎて粉々になっているものもあるのでしっかりとある程度の大きさがあるものを選び、袋に回収していく。砕く範囲が広く採集が捗るのは彼の利点だ。その代わりつるはしがいつ壊れるか怯えながらの採掘ではあるが。
「……ん、ナタリアナ。誰か来ているな。四人で奥に進んできている」
「四人……?人間ですか?冒険者ですかね」
「たぶんそうだろう」
つるはしを入れ続けながら、敵感知を欠かしていないらしい。さらに言えばずっと「彼女」の監視を続けているのだというから驚きではある。
王都からそう遠くは無いし、近場の水晶石の採掘はそう難易度の高いものではない。ナタリアナ達には先遣隊として魔物を蹴散らして進むことも求められているが、王都が連続してそれを派遣するだろうか。
「強さとかは解らないんですよね?」
「すまん」
「いえ、全然……そうですね。まあ、別に何をする必要も無いんですが……もう私達はかなり採掘しちゃってますし、慣れていないパーティーだったら危ないですね」
「そうか」
「ここ、かなり奥ですし……初心者とか駆け出しが進んでくる階層じゃないです。こっちの採集はかなり進んでますし、先に私達が帰るとさらに危険です」
「確かに。どうする。注意して止めるか?それとも明かりを消すか」
アルフはともかく他の冒険者とはまだ話したくないので、注意して止める、という選択肢は取りたくない。彼の側に思い切り寄って明かりを消してもらう。これはこれで危険だが、マトモな考えを持つ冒険者ならこの時点で撤退するだろう。アルフの魔法で生み出した大岩を通路に置き、その裏に隠れる。肩を寄せ、敵感知をしているアルフに囁く。
「どうですか、アルフさん」
「……帰る様子は無いな。変わらず進んできている」
「……私達と同じ、駆け出しかもしれませんね。自分じゃないのに魔法の発動があれば、普通は引くのが定石です」
数日前の自分を思い出す。罠を見てなお対策を怠る、あれを他者目線で見ているような感覚だ。どうすれば会話せずに帰らせることができるか、それを考えているうちに、暗闇の洞窟にほのかに光が見えてきた。目の前の掌も見えない暗さが少しだけ緩和される。近付いてきている。ここまで進んできている。
「やはりおかしいな。人の気配がある。何かあるのか?」
「良いじゃねえか。奥に行った方が水晶石の品質は良いんだろ」
「そりゃそうだが……さっきも明かりが消えたしよ。そろそろ敵感知した方が良いんじゃねえか?」
「だな。マック、頼む。代わりの火は俺が付ける」
「了解」
少しまだ遠いが、彼ら四人のパーティーは少し立ち止まって敵感知を始めたようだ。これを見ると、効果範囲も片手間にできる点もアルフのそれの方が優れていると解る。明かりをつけるがそれも薄ぼんやりとしていて十全には見えない。とりあえず隠れたはいいものの、隠れる理由があったのだろうか……なんて考えているうち、洞窟の奥の奥から、呻くような声が聞こえてきた。
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