17.「私はあなた達に全面的に協力するわ」
「……なんか、こんなのばっかりだなあ……」
「あ、起きられました?」
「……お、おはようございます」
依頼のたびに倒れているな、なんて思いながら目を覚ましたのは、今度はふかふかのベッドの上だった声に反応して向けた方に、エプロンドレスのソフィアが立っている。少し眠そうにはしているが、それでも元々の無表情に紛れてそうは解らない。辺りを見回せば、その調度品からルーカール家に運ばれてきたことは一瞬で解る。いつの間にか着替えさせられており、真新しく清潔な薄い服を着させられている。起き上がり立つ。もう体は回復していた。
ナタリアナに限らず、癒しの魔法というのは死に近ければ近いほどそれを戻すのに消耗を伴う。重度の病魔や、致命的な怪我……そして、気絶もその一つだ。要因にもよるが、痛みや出血によるものだとそれが露骨に出る。基準は彼女自身にも解っていないが、回復魔法の消耗が大きいことは常識でもある。
「安心しました。早めに起きられて」
「どれくらい経ちました……?」
「一晩です。彼からは三日四日もあり得ると伺っておりましたので」
が、冒険者でなければそれも知るまい。ともかく一日で済んでよかった。少し無茶をしたような気もするが、彼は攻撃面では完璧と言って差し支えない強さがあるのだ。痛みに弱く防御面に不安があるなら、それを一度か二度無かったことにできるナタリアナの助力は必要なものなのだろう。少し普通とは役割が違うが。
薄布でぐっと強調された上体にソフィアの視線が向きつつ、渡されたいつものローブを身に羽織る。前で留めていつもの格好に戻ってからお礼を言い、こちらへ、と促されるままに部屋を出る。
「アルフさんは?」
「お嬢様と二人で食事をとられています。ちょうどお昼ですから」
「侯爵令嬢ともあろう方が二人で?」
「お嬢様の強い希望ですから。この前のあの魔法をいたく気に入ったようでして……私は、その、少し気味悪くも感じましたが……」
あの魔法、とは間違いなく時間停止だろう。ぼそりと呟くソフィアの気持ちはとてもよく解る。あれに何度か救われた身としても、正直気持ちのいいものではない。何せ、止まっている間のことをナタリアナも感知できないのだ。時を止める魔法、それを知らない人間が簡単に信じることは無いが、一度でも彼の力を見るとそれもできるかと信じさせる説得力がある。
馬車より速く飛ぶことくらいはできるものもいるだろう。速く飛ぶだけならそういう競技すらあるくらいにはありふれた、といってもかなり限られた人間しかできないが、そんな技能だ。だが、それを人間二人を抱えてやるのは常軌を逸している。魔物の大軍を薙ぎ払った竜巻も、ナタリアナだって心底驚いているのだ。声が反響しそうなくらい広い空間を全て薙ぎ払う魔法を単独の人間が撃てて良いはずがない。もちろん、それらができたとしても時間を止めるなんてことができていい理由にはならないが。
「その……彼は、いったい何者なのですか……?」
だから、そういう問いが出るのも当然のことだ。歩きながら、ナタリアナは慎重に言葉を選ぶ。誤魔化せるほどナタリアナは賢くないけれど、それでも彼が自分に話してくれたこと、そう誰しもに話すわけにはいかないという倫理観はある。それに、ナタリアナがそれを信じているのも、彼と短くとも一緒にいたことと、彼女自身が彼を信じ一緒にいることを選ぶほど追い詰められていたからだ。
「私も正直解りません……けど、たぶん悪い人ではないんだと思います」
「……まあ、長く共にいる方がおっしゃるならそうなのでしょうが……」
「いえ、数日しか一緒にいませんが……まあ、彼が私をそういう目で見たこともありませんし、私、お金も人脈もありませんし……私くらいの回復魔法使いなら、頑張れば他にも見つかると思いますし……」
前半はあえて小声で聞き取れないように口ごもる。結局、すべては今のところナタリアナと一緒にいてくれることが一番の評価点なのだ。もちろん、彼が力も何も無い人間だったら困っただろうが、それでも一緒にいた可能性はあるし、癒しを求めて友人になっていたことは間違いない。やはり納得はできていないのだろうソフィアに内心謝りつつ、彼女が開けてくれた二人がいる部屋に入る。
「話が解るわね。そうなのよ。少し意地を張るところが可愛くてね、つい構ってしまうのだけど、嫌いなわけではないの。むしろずっと私の側にいてほしいというか……」
「ああ。解るぞ。そういう人間は俺の世界にもいた。まあ、子供っぽくて嫌われるようなものだったが……それでも、それも一つの形だと思う」
「でしょ!ああ、やっと理解してくれた……あら、ナタリアナ!」
「あ、あの……お、お世話になっています……さっき目が覚めまして……」
「本当に良かったわ。さあここに座って。ソフィア、彼女に軽いものを」
「畏まりました」
カレンとアルフが真っすぐ向かい合って座り、普通に会話をしている。あれだけ会話が通じなかったカレンと、むしろ盛り上がっているくらいに会話が弾んでいた。形式だけノックはして扉が開いているのに、ナタリアナが話しかけるまで気が付いていなかったくらいだ。
カレンはナタリアナに気付くとすぐに満面の笑みで手を振り、隣の席を引いた。流石に世話になった身、怖いからと言って避けられない。そのまま座ると、早速カレンがナタリアナの顎に手を当てじっと真っすぐに目を覗き込んだ。綺麗な碧に見つめられてきゅっと心臓が縮まる。
「……うん、濁ったりしてないわね。元気そうで何より。心配したのよ?彼にちょっと冷たく当たってしまったけど、ちょっとしたお茶目よね、アルフ?」
「ちょっと?お茶目?勘弁してくれ、カレンにやられても嬉しくもない」
「そういう意味じゃないわよ馬鹿。私の本命はこっち。はいナタリアナ、おはようのキスを……」
「ま、待ってくださ、あ、アルフさん!なんでこんなに仲良く、なってるんですか!」
顔を近付けてくるカレンを強く拒むこともできず、非力に肩を押し返すことしかできない。ほのかに香る香水にくらつきながら、何より不思議なことを口走る。アルフもナタリアナと同じように、あまりに会話のできないカレンに引いていたはずだ。何なら怯えていたまである。それなのにどうして。
「ああ、俺の目的をカレンは理解してくれたんだ。ぜひ協力してくれると」
「ええ、私は感動したわ。生まれ変わっても一つの愛を貫く姿勢、そのために人生をささげてもよいという覚悟……素晴らしいわ」
「ええ……い、言ったんですか!?アルフさん!?」
「言った。別に隠す理由は無いし、ナタリアナが入ってくるまで盗み聞き防止もしていた」
「へ、へぇ……そうなんですか……」
本当に複雑な感情に襲われ、なんと言うべきか言葉に詰まる。ついさっき自分が隠そうとしていたのは何だったのか。そもそも、協力するから話してくれたのでは……と、ナタリアナは初日のことを思い出す。そういえば彼女にも、まだ協力するとは言っていないのに色々話していたような気がする。当のナタリアナは何も聞いていなかったが、別に隠すようなことではなかったのか。
「……あら、少し怒ってる?」
「え、な、何ですか?別に怒っては……」
「んー……ああ、もしかして、勝手に女の仲間を増やしたことに嫉妬してるとか」
「別にそういうことではないです」
「あ、そう……」
言語化されると違うと解る。勘違いかと自己完結した後、アルフの方を見る、やはり彼は仏頂面のまま、カップでコーヒーを啜った。
「何も誰にでも言うという話ではない。話しても後から記憶が消せるから、誰が知っているかを把握していればそれでいいんだ」
「き、きおっ……」
「もちろんナタリアナにはしない。仲間を辞めて、別の人間としてやっていくならやらなければならないが」
頭を抱えて飛び退いた。そのまま椅子から転げ落ちそうになったタイミングで、気が付いたら普通に座れている。アルフだ。癖にしていかないといけないからな、と平然と話す彼の目に何の狂いもない。よく考えれば、時間を止められるのだ、記憶の一つや二つ弄れてもおかしくはない。どちらも対抗策が無い以上恐れるだけ無駄ともいえる。事実、明らかに自分より影響が大きいだろうカレンは動じていない。
「安心してナタリアナ。彼はそんなことはしないわ。朝からずっと聞いていて解ったの。彼は愛のために命を捨てることができる男よ。私と同じ。だから私達を信じて、ナタリアナ。ついでに私とももっと仲良くしましょう?」
何が起こっているのかさっぱり解らなかった。一晩で篭絡された自分のことは棚に上げ、朝からの少しの時間でここまで言わしめる彼の目的とは何なのか。聞こうとしたが、その前にカレンが真剣な顔になって話を始めたので口を噤む。
「ではナタリアナも起きたことだし……改めて。私はあなた達に全面的に協力するわ。どうせ暇だし、何でも言ってくれていいからね」
「い、いや、あの、流石にそれは、」
「その代わり、俺達は彼女や彼女を通した依頼は安く請ける。具体的には、報酬が組合から降りたら一部を返しに来るということで。ただし俺には俺の倫理観がある。殺人はしない。実行犯が俺だと明かすこともしない」
「ええ、もちろん」
ご機嫌なカレン達が語るのは、あまりにもナタリアナ達に都合の良すぎる条件だった。冒険者としてできることと、侯爵令嬢としてできることでは幅が違いすぎる。貴族が平民相手に言葉を覆すなんてことがあるだろうか。小悪党ならそれもするだろう。だが、ルーカールには歴史の重みがある。王都の隣に一つの領地を持つというのはそういうことだ。何でもというからには何でも協力する。貴族……彼女らはそういう生き物なのだ。
「あの、でも」
「それと、定期的にこちらに来ること、あなたの目的については逐一報告すること、ここまで良いかしら」
要求は増えたがそんなものは何の重みにもならない。こんな都合のいい条件、何か裏があるに決まっている。経験からくる自意識過剰は、ナタリアナにその答えをうっすらと示していた。恐怖にかられたまま、彼女は目の前で繰り広げられる会話に割り込めない。
「取り急ぎ明日、彼女が王都に現れるはずだ。それを確認して、同時に俺達は金級まで上がる。それには」
「ええ、何人か手を回して指名依頼を入れるわ。二日待ってちょうだい」
「助かる。あとは彼女の年齢だ。年齢によってはそのまま教育機関に入るだろう。王都にそれがあると聞いたが」
が、一応話を振られれば答えざるを得ない。ここで彼が言う教育機関とはもちろん、村でやっているような読み書きを教える場所ではないだろう。王立の、戦闘技術を学ぶための学校のことを指すはずだ。至る所にそれは設置されているが、王都にも二つ存在する。第一、第二、と身も蓋もない呼ばれ方をしているそれらに入るほど、その「彼女」は幼いのか。確かに年齢制限は無いが、それでも、既にナタリアナは浮いてしまうような場所であるはずだ。
「いや、逆だ。かなり年齢がいっているのでなければ必ず入る。これは俺達の倫理観の話だ。十代後半……二十代前半まで教育は受ける。もし入れなくとも、何とか入る方法を探すはずだ。こちらに来て常識を知らないのであれば猶更だ。年齢制限はない、あとは学費や戸籍か?実力か?こちらに戸籍……臣民の人数や居住を把握する仕組みはあるのか?」
「あるけど不完全なのは誰もが知るところよ。まず聞かれないでしょう。それに、魔法学校は実力主義……あるいは、貴族の口添えが横行しているわ。王都のは少し厳しいけれど、これでも私、そこそこ偉いのよ」
「学費は?」
「まあ、見栄を張りたい貴族は払えばいいのでしょうけど……払う必要は無いわ。誰だろうと入れさえすれば無一文問題無く過ごせるでしょうし、入った時点で鉄級冒険者としての資格が与えられるはずよ。誰も使ってないでしょうけどね」
割り込めない。ここまで話が早いとは思っていなかった。そもそもナタリアナにせよほとんど彼の目的を知らないのだ。それを知っているカレンとの会話に着いていけるはずがない。謎の疎外感を覚えて、それでも、あとから何度でも聞くことができると飲み込んだ。ここで何を言っても嫉妬と解されるだろうし、たぶんそれは事実だ。女として嫉妬などあり得なくとも、新しい仲間の方が事情を知っているなど面白くない。
あとで文句を言おう。それから話を聞こう。そう決心したナタリアナは、また致命的な会話を聞き逃していた。
「最後に、ナタリアナは私と寝ることね。抱き枕」
「まあ、それはナタリアナに聞いてくれ……俺は知らん」
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