16.「……頼む」

「では開けるぞ。離れていろ」

「は、はい」


罠の存在に思い当たったとして今は対策はできない。とにかくナタリアナ達は扉から離れ、アルフ一人だけに開けさせることに。周囲を警戒しつつ扉を開く彼の後方で二人は耳を澄ます。何かあればとりあえず叫び、何であろうとそれに反応してアルフは時間を止め周囲を確認するか、三人全員の位置をずらす。これにより何とか罠に対応していこうという作戦である。罠感知の魔法をアルフが使えなかったのは、戦闘に直結しないからだとナタリアナは見ているが、古い石扉をゆっくりとはいえ簡単に開けていることを思えば当然だろう。苔が地面と接着しているような、体躯の数倍ある扉を開け切って、平気な顔で彼女らに合図をする程度には余裕がある。


扉の中はかなり広かった。遺跡に入ってから数度階段を降りて、地下に属する場所のはずが、真上まで見上げなければ天井も見えない広さに、地面にはうっすらとだが短い草が生えそろっている。周囲を円状に取り囲むように高台が設置されている。それはナタリアナの知識では、どちらかというなら先人が作ったものというよりは、現代の人間が作った闘技場のような様式である。一歩一歩踏み締めるように進むアルフの真後ろを着いていく。


「……何もいないな」

「……まあ、それに越したことはありません……が、こういった遺跡には、基本的にその主が設置されていたり、そうでなくとも魔物が住み着いて主になっていたりするのですが……」

「敵感知をするか。これも入る前にするべきだったな……経験も考えも足りていない」

「……すみません」

「気付かなかったのは俺もだ」


アルフの敵感知を待ちながら、ナタリアナは姿勢を低くして辺りを窺う。少なくとも本当に、肉眼では何もいないし気配もない。音もしない。ここに溢れる光もアルフの光ではあり、であればちょうど影で見えないということも考えにくい。ソフィアも何かを見つけた様子はない。


「……どうですか」

「不味い、そこらに敵が……っ!?」


敵感知が空間全域に広がると同時に、アルフがばっと振り向いて駆け出した。二人を勢いよく抱えると、そのまま出口に向かっていく、が。


「しまっ……」


それを読んでいたかのように、扉が『閉まっていた』。閉まったのではない。気が付いたら閉まっていた。何か音がすればアルフはそれに反応して時間を止めるし、ナタリアナが見回した段階では確かに扉は開け放たれたままだった。それなのに、アルフが近付いた時には既に閉じていた。


「アルフさん!」

「……なるほど……こういうのもあるのか……!」

「ひっ……す、スケルトン……!?」


それに三人が気付くのと同時に、円形の空間の上の高台からけたたましい音とともにそれらが現れた。それぞれが襤褸切れだけを身に纏った、錆びて朽ちる寸前の武器を手に持つ躯の軍勢。骨しかない体でただひたすら突貫を繰り返す魔物、スケルトン。ここの強さより何より、一度発生するときは必ず数百の大軍で発生し、しかも必ず何かの武器を持っているという特徴から危険度も高い魔物である。それらは一気に顔を出し、疎らながら高台を埋め尽くし、一斉に得物を掲げた。


「……クソ」


奴らが持つは弦と弓。引かれたそれらの一部はそのまま朽ちて崩れ落ちるが、それでも弦を引いた多くの弓がアルフ達を狙っている。小さくアルフが呟いて、後ろからでも解るほど歯を食い縛った。



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ただの人間、アルフはそこで初めて、絶望を味わっていた。彼の知る歴史上の闘技場、その観覧席から弓を引く骸骨共の動きはとても緩慢で、やろうと思えば魔法で一掃することは容易い。だが、弓を引ききった彼らが飛ばすそれがどんな速さで迫ってくるか解らない。周囲を一掃するような魔法を選び、それが発動に隙があるようなものならそこで終わりだ。骸骨共を倒し、こちらも三人で弓の雨に射抜かれる。

何としても、最低でもナタリアナ、できればソフィアも守り切らなければならない。彼が最優先にするべきはこの二人だ。そのために何が出来るかを考えても、どうにも思いつかない。とにかく時間を止めて考えるが、途中で限界が来る。どっと押し寄せた疲労感に負けることなく何とかもう一度発動するが、三回が限度であろうことはアルフ自身がよく解っていた。


ふと辺りを見回す過程で、入ってきていつの間にやら閉じた扉の頭上に岩が吊り下げられているのが目に入る。人一人なら軽く押しつぶすことが出来るだろう大きさの大岩の使い道。これを盾に使うのは可能だろう。今のアルフの膂力なら持ち上げることは容易い。古びていて罠が発動しなかったのだろうか、それは好都合だ。

今思いつくのはこれしかない。時間停止を解除する。それと同時に弓が放たれ、取り囲むように矢が迫る。後ろで微かに聞こえてきた悲鳴の中、ふらつく頭を押さえながら三度目の時間停止魔法を発動させる、矢は感覚を越え、既に手を伸ばせば届きそうなくらいに近付いていた。


飛び上がって吊り下げている鎖を引きちぎり、岩を持って戻る。時間が無い。アルフはそう賢くはない。とにかく今を何とかすることを考えなければならない。


「……頼む」


ナタリアナに指示をすることはできない。声は届かない。彼女を信じて賭けるしかない。力に溺れ慢心、油断したアルフの落ち度でこうなっている。魔法で風の刃を作り出し、両断する。岩が細かく崩れては元も子もない状態では、二つに分けるのが精一杯だ。ソフィア、ナタリアナ、アルフで扉を背に密着し、両斜めに岩をそれぞれ設置する。矢を一本一本跳ねのけている暇はない。ほんの少しだけ開いた前面の隙間にも壁がいる。身体強化の魔法を探し出し、二つの岩を支えるようにアルフはその隙間に立った。数少なくアルフが使える狭い範囲の防御の魔法を頭に使い、心臓を両手を揃えて守る。

これで良い。ナタリアナは即死でなければ何とかしてくれる。骸骨共は矢筒を持っていないし、もう一度番える隙があればアルフの魔法の方が速い。彼は解除の瞬間に迫り来るものに備え、腹に力を入れてさらに歯を食い縛った。こんなところで終わるわけにはいかないのだ。


「……来い」



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「ぐうううああああっっっっ!!!???」


次の瞬間、ナタリアナは影の中にいた。カランカランと何かを弾くような音がする。不可解なことが起こった時、それはアルフが時間を止めた時だと理解していた。はっと影の原因を探す。彼女の両側に、突如として壁が出来ていた。ソフィアと密着させられ、その空間に隔離されている。唯一光が差す前方にも、アルフが立っていた。血を吐くような叫びとともに体を揺らしている。


「これは……」

「アルフさん!」


彼が矢から身を守るために自らと、何かを盾にしたのだとすぐに解った。少し呻いた彼が身を振り乱し、両側の壁を吹き飛ばす。空間の壁まで飛ばされていったそれが岩だと近くすると同時に、一本の弓を失いスケルトン達が高台から落ちてくる。真上からは落ちてこないものの、落ちてきた奴らのほとんどは緩慢に立ち上がってナタリアナ達に素手で迫ってくる。


「アルフさん!」


岩を跳ねのけ膝をついたアルフに、精神力回復の癒しをかける。奴らの動きは遅い。どんな大群だろうとアルフなら一蹴できる。近いものはソフィアが狙って魔法を放っているが大して効いていない。やはり雑魚とはいえソフィアではどうしようもない。

癒しの光が彼の体に吸い込まれていき、効果を発揮する。彼が復帰すればそれで何とかなるし、腕の矢傷も落ち着いてから治せばいい。だが、アルフさん、と再び呼びかけても彼は動かない、膝をついて手をだらんと垂らしそのままでいる。


「彼は何を……!?」

「解りません……も、もしかして腕が上がらない……!?すみません、今治します!」


見たところ出血も致命的とは言えないが、腱に当たっているなどすれば動かすことすらできないだろう。じりじりとにじり寄るスケルトンの中、冷静に傷を治す。大して死にも近くない癒しだ、連続で発動しても問題は無い。

だがそれでも、彼は動かなかった。傷は治り、魔法を発動するための精神力も回復している。だというのに、体を動かさないまま迫ってくる骸骨に顔を上げることすらしない。明らかに様子が違う。まだ何か足りないのだろうか。必死に考える。考えて考えて考えて、今の彼に足りないものは何か、何故動かないのか、それどころか自分の呼びかけにすら答えない理由は何なのか、そこまで行って、隣のソフィアも焦ったように声をあげる。


「な、何故動かないのです!?まさか気を失って……」

「そんな、あれくらいの傷で気を……い、いやそうです!それですソフィアさん!」


次に発動するのは気付け。完全に意識が飛んでいる彼を戻すならかなり消耗するが、膝だけでも立てているあたりまだかろうじて意識が残っているのだろう。一応飛んでいても良いように癒しの光を宿す。


「本当に気を……馬鹿な、戦士が腕に矢が刺さったくらいでそんな」

「アルフさんは戦士ではありません!」


(そうだ、何で気付かなかったんだろう……!)


彼は剣を見たことが無いと言っていた。魔法の無い世界から来たのだ。だったらそう、弓も無い可能性があって当然。


こちらの戦士達のように、弓で射抜かれるなんて経験あるはずがない。



「くっ……」

「……っ、あ……」


ガツン、と頭を投げられたようにふらつく。ほとんど意識が飛んでいたらしく、ナタリアナの体力が大きく持っていかれる。ソフィアに支えられるように倒れこんだナタリアナに変わって、しかし、アルフはゆっくりだが立ち上がった。確かめるように自分の腕を摩り、その後頬を叩いて両手を翳す。


「……ありがとう、ナタリアナ。あいつらは明らかに生き物じゃないが、使ったら不味い魔法はあるか?」

「い……いえ……体をバラバラにすれば機能停止するはずです……」


今田はナタリアナの意識が疲れからか飛びそうになりながらも、何とか返事をする。アルフの腕には既に魔法が宿り、風が渦を巻いて二つ膨らんでいく。向かってくるスケルトン達に向けそれらを放ると、一気に巨大化してスケルトン達を飲み込んでいった。バラバラになった骨が辺りに飛び散って転がる。両脇から回るように空間を竜巻が浚い、そのまま高台を削らんとする勢いで巻き込んで合流して搔き消えた。

僅か数秒、十数える間に、避けられないほどの矢を放ったスケルトン達を一掃してしまった。加減をすることもなく全てを薙ぎ払ったアルフは、そのまま再び敵感知をしたのか、少し止まってから振り向いた。


「もう敵はいないな。主……というのは見付からなかったが……敵感知に引っかからない場合はあるのか、ナタリアナ」

「いや、ナタリアナさんは今……」

「だ……大丈夫……のはず、です……敵感知は……人間の魔法でしか妨害できないと言われてます……」

「そうか。なら大丈夫だ。何か拾えるものが無いかだけ調べるか?それとも何もせずに帰った方が良いのか?」

「基本的には……持って帰っていいはずです……一度組合に渡して、不味いものは回収されますが……」

「よし、探すぞナタリアナ」


まるで全力疾走を終えて息もままならないような疲労に襲われているナタリアナを、アルフは抱きかかえ背負う。ソフィアが何か言いたげだが、急いだ方が良いのは明確だ。彼にわざわざ言うまでもなく、敵感知はあくまで今のところ魔物に防ぐ術が無いと言われているに過ぎない。何か強力な魔物がそれを覆してくる可能性は否定できないのだ。


「……すみません、前に抱えてください……息がしづらい……」

「ああ、悪い」


とはいえ、調べると言ってもナタリアナでしか見付けられないようなものがあるとは思えない。抱えられたまま霞みそうな視界を何とか保ち、一体残らず吹き飛んでいる骨の中も歩く。後ろから着いてくるソフィアは明らかな人骨に怯えてはいるが、それでも何とか骨を蹴り飛ばしながら探索を手伝ってもいる。


「これは?」


そういってアルフがしゃがんで近付いたのは、何やら少し輝きを見せる小さな石だった。少し透けるようなそれは、どちらかと言えば宝石にも近い。おお、とソフィアも声を漏らした。


「良いかもしれません……ね……」

「何なんだ」

「いや、何かは解りませんが……こんなところに宝石があるならたぶん価値のあるものでしょう」

「解るか?」

「すみません、私も宝石には詳しくなくて……お嬢様なら」

「……まあ何とでもなるか。そこにもあるな。光ってて見やすい」

「全部回収しましょう」


いくつか落ちているものも全て回収し、外に出て。月が上っているのを見て、ナタリアナにどっと疲れが襲ってくる。もう耐える必要も無い、彼女は疲れと眠気に抗わないよう、そのままこくん、とアルフに首を傾けた。遠くなっていく意識の中、お疲れ、と聞こえたような気がした。

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