14.「じゃあ何日か暮らしましょう?」

「どうしましょう、私達ちゃんと終わったと確認を取らないと帰れないのですが……」

「そうですね……奥様に確認ではいけませんか?でしたらすぐに……」

「まあ、それでもいいんですが、癒しの魔法は本人にも聞かないと……」


一息ついて、三人でお茶を飲みながらこれからについて話し出す。終始丁寧で遜っていたソフィアも侍従室では気が緩むのか二人の向かいで普通に座っていた。露骨に疲れの浮かんだ大人しい女性の顔で、カップを口に運ぶたびにため息を漏らす。


「しかし、お嬢様はああなると面倒です。結構力ずくで来ますよ。普段は我儘もなく、私……私はここが三度目の職場ですが、今までのどなたよりも温和な方なのですが」

「……温和?あれが?」

「欲望が全てそこへ向いてしまっているくらいなのです。まあ、捕まったところでそうそう過激なことはされませんよ。精々が抱き枕です。あれで奥手な方なので」

「いや、普通に嫌ですけど……今そうそうって言いました?」


主を「あれ」呼ばわりしても彼女は何も言わない。それどころか自分もし始める始末で、それでも平気な顔をしている。呆れたようにアルフがどうすればいい、と聞くのも、まるで他人事のようにさあ、と首を少し傾げるばかり。


「私としては今私に全て向いているのがナタリアナ様に向いてくれるのなら幸せですが」


勘弁してください、とナタリアナはまた自分の体を抱きしめた。大の男に迫られるのは気持ち悪いと常々思っていたが、少女に迫られるのもそれはそれで根源的な恐怖を感じる。彼女が見目麗しく、終始目以外には欲望が無かったというのもあるが、こびているわけでもなく迫ってくる微笑みが夢に出てきそうだ。ぐっとお茶を飲み干す。つくづく自分の体が勝手に人を誘惑しているという事実が恐ろしくなる。何だかんだ言って目の前の彼女も、ナタリアナを見るときはちらちらと視線が下に行っている。


「彼女に捕まるとどうなるんだ?さっきは俺も雇うようなことを言っていたと思うが」

「まあ、囲い込んで……従者として雇うのでしょう」

「……可能なのか」

「まあ……冒険者組合といっても資金は無尽蔵ではありませんし、私達は所詮等級鉄です。貴族と揉めたりその肩代わりをするくらいなら解雇くらいはするでしょうね」


ただ、一方でナタリアナの力は明らかに認められている。そう考えれば簡単に切られることは無いだろうか。しかし、等級の上ではまだまだだし……いや、病気を治せる癒しの力はそれなりに希少ななずだが……考えがぐるぐると頭を回る。

だが、続けてアルフが発した言葉にそれらはすべて吹き飛んだ。


「従者としてか……今のまま関わっていけるならそれが良いんだが……」

「……は!?」


ばっと彼の方を向くと、彼は真剣な顔で口元に手を当てそんなことを考えている。勢いよく立ち上がったナタリアナは彼に掴みかからんとするほどの剣幕で詰め寄った。


「何言ってるんですか!?私は嫌です!」

「しかし、貴族との関わりはあって困らないだろう。それも恋仲となればそれなりには」

「そういう話ではありません!恋仲になりたくないと言ってるんです!」

「しかしこれは失うには惜しい縁じゃないか?」

「それはっ……そうですけど……」


トーンダウンするナタリアナ。私の目の前でする話ですか、とソフィアが呆れている。

ナタリアナの目標はあくまでたくさんの人を救い両親に胸を張ることなのだ。そのためにアルフと一緒にいることを決めたし、それで今回の仕事を得られたのは間違いない。人脈は何より重要であるし、名指しの依頼を請けられる可能性もある。

だが、その代償に彼女に狙われ続けるのか。明らかに恋愛対象として見られている。友人に慣れればそれでもいいし、顔見知りならなお良い、現実には難しいだろう。


「頼むナタリアナ。何とかならないか。ちょうどいい距離感で関われるように」

「む、無理です!第一好かれないようにする方法なんて私が知りたいですよ!」

「凄い言い方だな……うぅむ……まあ、ナタリアナが冒険者を辞めてここに来るとなると俺には何の関係も無くなってしまうから、それは避けたいが」

「そう、そうでしょう!?他の方法を考えましょう!」

「だから、うまく友達のように関わっていけないか」

「ぐ、ぐう……」

「あの、私の主人を弄ぶ相談をされてませんか……?」


うーっ、と相棒を威嚇するナタリアナ。そこそこの安寧を失わないために、彼女も必死に考えるのだが思いつかない。関わっていくにしても話していかないとならないのだが、それは非常に怖い。まずはアルフに行かせようとするが、彼はこれに苦い顔で首を振った。


「俺が行って何か無礼があったら困るだろう」

「む……だ、大丈夫ですよ多分……」

「ナタリアナ、彼女と話したくないばかりに雑になってないか」

「い、いや、そんなことは……」


話していても時間が過ぎていくだけで、もちろん何も解決しない。その後も何度かの押し問答が続いた後、結局どちらかは行かなければならないという結論に達する。あまりに嫌がるナタリアナに二人が呆れる中で、何とか二人で行くかアルフだけが行くかを選ぶことになった。


「平等に!平等に決めましょう!」

「そうか……よし、こうしよう」


そこでアルフが提案したのは、じゃんけんと言うらしい「平等な決め方」だ。片手で足り、一瞬で勝負がつく。ルールを吟味し必勝法が無いこと、運だけですべてが決まることを確認すると、ナタリアナは神妙な面持ちで立ち上がった。


「……運を上げる魔法とかあっても使わないでくださいよ」

「そんな魔法はない。むしろ神の奇跡と言うならナタリアナにこそ使えそうなものだが」

「使えませんし使いませんよ」


とは言うものの。


(ふふふ……私は運が良い……侮りましたねアルフさん……!)


人生ではどちらかと言えば不幸であったナタリアナであったが、これまで彼女が誰のものにもなっていないのはまごうことなく強運の証である。ちょっとしたくじ引きでも基本的には辺りを引き当ててきた。これまで彼女が極貧ではなく貧乏で踏みとどまっていたのもそうだ。基本的に運が良いと信じているし、それでも現実が過酷で自分の体のせいでこうなったと自負している。残念ながら人との関わりに関しては恵まれなかったが、アルフで少しは上を向いたはずだ。


ぐー、ちょき、ぱー。どれで勝つかは聞いたところ完全に運。勝てる。そう確信して、ナタリアナは不敵に笑いアルフの掛け声に合わせて腕を振り上げた。



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「失礼しました、先ほどはその、ご無礼を……」

「いえいえ~。良いのよ。私、好きな人には優しくしてあげたいから」

「は、ははは……」


令嬢の部屋に戻されていたナタリアナ。自分から乗り気で言った以上拒否はできなかった。相変わらず優しく笑うご令嬢は特に彼女を非難することもなく、アルフを連れてきたことにも何も言わず、ただ淑やかに二人を座らせた。


「改めて、私はカレン・フェルト・ウェルスプ・ルーカール。カレンと呼んで、ナタリアナ」

「ルーカール侯爵令嬢、では早速」

「カレン」

「……カレン様」

「カレン」

「………………カレン嬢、話してもよろしいでしょうか?」


ここではない。ここは折れても良い。そう笑顔の裏で自分に言い聞かせる。貴族の名前に平民のナタリアナは詳しくはないが、ウェルスプというのは彼女も知っている。地名だ。女性でありながら領地を持っているという意味になる。今はルーカール・サハルテです、と後ろから注釈も飛んできた。


「サハルテ様のところへ嫁いでいらっしゃるのですか?」

「断った話はしなくて良いじゃない。今は貴女だけよナタリアナ」

「断れておりません。延期になっているだけです」

「ソフィアも邪魔はしなくていいのよ。ナタリアナが来てくれても貴女をおろそかにしたりしないからね。いいえむしろ、貴女が私に着いてこないと言ってくれたからこうやってナタリアナに出会えているのだから、本当に感謝しているくらいですもの」

「…………嘘だろ」


隣でアルフがそう呟いた。ナタリアナも、本当に彼女とマトモな話し合いが出来るのかと戦々恐々としている。姿勢を崩さずベッドの上から動かないのが本当に怖い。それでも敗北者であるナタリアナは必死に言葉を紡ぐ。


「まず色々な話をする前に、私の癒しの魔法が行使されたことは確認できますか、カレン嬢。何はともあれそれを確認しないことには私としても依頼失敗になってしまいますので、」

「部屋は別室が良いわよね。ここは住みやすくていいわよ。少し冬が寒いけど、侍女たちもよくやってくれてるし」

「あの、確認を」

「まあ愛人として来てもらうわけだし、それなりにちゃんと生活は保障しないといけないわよね、だから……」

「いえ、か、確認を!」


そう急がないで、と流される。明らかに解っている。それが終わらないと二人が帰れないと理解している。ただひたすらに問いかけてくる彼女に気が気ではなく、何とか絞り出した言葉は全て遮られていく。


「これは……無理じゃないかナタリアナ」

「い、いえ、いえいえ、諦めません、絶対話せば解るはずです、大丈夫です」

「これ以上なく混乱しているように見えるが」

「あなたも、さっきのは何?魔法か何かかしら。他にはどういうことができるの?」

「しまった」


カレンの目がアルフにも向けられる。大きな目が少し開かれ、視線が逸れた隙に深呼吸を決めるナタリアナ。


「俺に興味を持つ必要は……」

「どうして?不思議な魔法を使うのだから興味を持つのは当然でしょう。もちろん、本当はやってはいけないことなのだけど……強い人を囲い込むのは大事よ?」

「いや……いや……なんだ……?」


強いというのは認めるところ、アルフが今までになく動揺している。動きが細かくなりナタリアナに視線を向けてくるが、もちろん彼女に反応はできない……と、言いたいところなのだが。二人には役割というものがある。圧倒的な魔法、それから力を持っているアルフと、回復ができそこそこの常識があるナタリアナ。彼に何度も押し付けようとしたが、結局対外的に話すのは彼女でなければならない。混乱の中黙りこくってしまったアルフに足を小突かれ、震えた声で前に出る。


「あの……ま、まずなんですけれど、私、今は誰ともお付き合いとか、婚姻というのは考えていなくて……」

「そうなの?でも大丈夫。私は考えているからね」

「いえ、そういうことではなくて……私が考えていないから駄目だという話です」

「大丈夫よ、きっとすぐに考えるようになるわ。ソフィアも最初は拒んでいたもの」

「え……?」

「すみません、今現在も拒んでおります。勘違いなさらないでください。本当に拒んでます」

「ふふふ……ね?大丈夫でしょう?」

「だめだナタリアナ。帰ろう。依頼者は夫人なんだろう?良いじゃないか。な?」


復帰したアルフも妙なことを言い出し始めた。そんなのナタリアナだって帰りたい。帰りたいけど、帰るわけにはいかない。既にルール上の問題ではない。次が怖いのだ。


「その……あの……でも私、冒険者としてやりたいことが結構あるというか……それが生きがいというか……」

「じゃあ何日か暮らしましょう?その後でも同じことが言えたら諦めるわ」

「ひえっ……」

「良いですよね、アルフ?」


すっと目を逸らすアルフ。彼ももはや諦めてしまっている。カレンがベッドから降りて机を探り、髪を一枚取り出したあたりで頭を押さえてナタリアナに小さく謝ってきた。見捨てられる、いよいよ窮地に立たされてはいるが、当然ナタリアナにやりようはない。先延ばしにしても仕方が無いのだ。


「じゃあ、サインくらい貰おうかしら。はいここ、名前書いて?」

「何の……サインでしょうか……」

「しばらく私のもとにいてもらうわ。最低でも二日に一度はここに来ること。依頼遂行は一日で終わらないことくらいは知っているから」

「……ものによっては三日を越えてかかりますので、そういう確約は出来かねます……」

「いやね、しっかり言ってくれれば束縛はしないわ。それに、もし恋人になっても私が全て養うんじゃ対等とは言えないもの。時々私を連れ出してくれたり、プレゼントをしたり……それくらいは自分で稼いでもらわないと。ああ、もちろんあなたが望むならペットのように可愛がっても良いのよ?それくらいあなたは可愛いし、綺麗で……声も良いわね。こうして迫られていても頑張っているのもいじらしくていい……」

「……あの、あの……せ、せめて期限と、その間は私には手を出さないという約束をしてくれるなら……」


何とかナタリアナが絞り出したのは、譲歩でもなんでもなく、ただの敗北宣言に過ぎなかった。

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