11.「たぶん成長はしないとは思うぞ、俺は」
「……別に、飛んでいけばいいとは思うんだが」
「そうは行かないですよ……相手は貴族様ですし、何となく行ってすぐ帰ってくるわけにも……」
「そんなものか……」
翌日。命を助けたパーティーとの交渉も終わり、かなりの報酬を貰ったナタリアナ達は、早速依頼主のもとへ馬車を走らせていた。相手に言えば間違いなく補填してくれるので、と上等な馬車を選び、連絡路をひた走る。早朝から行動を起こしても、既に太陽は真上まで上がって来ていた。
「アルフさんの世界にも礼儀作法はあったでしょう」
「もちろんあったが……家の入り方や家での立ち振る舞いであって、手段に制限は聞いたことが無い」
「そうなんですか……まあ、こっちでは貴族様に会うときは馬車で行くのが基本です。覚えておいてくださいね」
依頼主は王都から少し離れた場所にそこそこの領地を持つ貴族一家の当主からであった。曰く妻が謎の病気にかかってしまい、それを治せないかという言いつけである。謎の病気についての状態は事細かに書いてある辺り、医者では治せない類のものなのだろう。もちろん、割高である冒険者の魔法使いを呼びつけた時点でそれは察するべきだが。
「そもそも貴族というのが解らないんだ。やっちゃいけないことはあるのか」
「き、貴族がいないんですか?」
「いない。偉い人間はいるが貴族ではない」
「うーん……まあ、私が両親から言われたのは、冒険者でいるうちはあまり下手に出すぎるな、くらいで……あの人達も賢いですし、利用しやすそうと思われるととことん利用される……らしいです」
「そんなものか」
「いえ、別に実体験が伴うものでは……私も言うて初めてなので……」
ナタリアナの両親も、恐らくイメージで語っていたのだろう、と彼女は思っている。初戦は辺境の村の村人である以上、貴族と関わることなど無いと言っていい。村長であっても税務官はともかく貴族本人とはなかなか会うことは無いだろう。作法など正直に言ってそう多くは知らない。回復に行くにあたって多少間違えても冷遇はされないだろう、という、冒険者としては大分濁った考えでいるのは否定できない。
とはいえアルフより詳しいのは間違いないだろう。彼の性格を考えるなら余計なことは言わないし変に喧嘩を売ることも……向こうが喧嘩を売ることが無ければ無いだろう。それは貴族側の良心に期待しなければならないのが悔しいところだが、あるいはアルフに何かを期待するべきか。
「ちなみにアルフさん」
「なんだ」
「その……姿を誤魔化す、みたいな魔法はあったりしますか……?」
ふむ、と考え出すアルフ。しばらくすると、一応あるが、なんて向き直った。なんだ、こんなに簡単なことだったのだ、とナタリアナは早速それを要求する。仮にそれが成功すればナタリアナの問題はほぼ解決したも同然だ。彼の魔法が効力を発揮する限りで、こそこそ猫背で歩く必要も、季節に関わらず深くローブを着ている必要も無くなる。良いのか?と確認をするアルフに対し、ナタリアナは気を大きくしてお願いします!と胸を張った。
「では……ほら。これでナタリアナの姿は……」
「普通の女の人くらいに見えていますか!?」
「いや、ブレイズウルフに見えている」
「討伐対象じゃないですか!なんでですか!」
「いや……どう変えるか解らなかったから……」
「こう、体の一部分を変えるだけ、みたいな感じで……」
「それはできないな」
「そうですか……」
ぱたん、と座席に寝転がるナタリアナ。向かいのアルフには事情を話していないことを思い出す。わざわざ彼に話して、今も全く何とも思っていない彼に意識させるのも何かを失うことに繋がってしまう。御者は外にいるとはいえ二人で狭い空間にいて、ナタリアナは寝転がっているというのに全く反応しない彼が今のところは必要だ。上着もはだけ、少なくとも凝視はされてきたはずなのだ。じっと彼を見ていても、ナタリアナを変な眼では見ない。
「……できるようになったら教えてください」
「それは良いが……たぶん成長はしないとは思うぞ、俺は」
「あぁ……」
そこを何とかぁ、と唇をもにょもにょと動かすナタリアナに、彼は出来るだけ頑張ろう、と楽しそうに喉を鳴らした。
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「失礼ですが、どちらの方でしょうか?」
「組合の冒険者です。私がナタリアナ、彼がアルフ。依頼を請け参りました」
馬の休憩も挟みながら睡眠をとりつつ、邸宅に着いた頃にはほとんど日も落ちていた。豪華な家門で軽装備を着た衛兵達に呼び止められ、当然ナタリアナが対応することになる。目の前の人間ですら平民かどうかわからないという事実に冷や汗が出るが、退いてもアルフは対応できない。ただ彼女を見ながら停車を待つ彼を感じつつ、受付から貰っている依頼の控書を一枚手渡す。
「失礼します……等級プレートのご提示と、依頼主様の名をお願いいたします」
「アルフさん、プレートを」
「これです」
アルフも流石に合わせて敬語で話している。確か初対面からナタリアナには砕けていたはずだ。何も知らないなら最低限弁えているだけで十分。本来見せるだけで、他人に手渡すなどしないプレートを差し出して結構ですと言われていても特に問題は無い。
「依頼主はルーカール侯爵夫人と聞いております」
「はい、結構です。どうぞ馬車を降りて正門からお入りください。ノックを四回お願いいたします」
「ありがとうございます」
馬車は御者と衛兵に任せ馬車を降りる。何人かで走り回っても狭くは感じない、どころか端から端まで走れば息が切れるだろう、村娘のナタリアナからすればまるで理解できない広さの庭道を進んでいく。後ろから着いてくるアルフごと、庭に何人かいる庭師や衛兵が彼女らを片手間に眺めている。監視されているようで少し落ち着かない。アルフも流石に同じであるようで、少し普段より付き従う距離が近いような気がした。
これも豪華な正門に着いたら、言われた通りノッカーでノックを四回。もしかしたら速さや強さに何か作法がある可能性もあるが、もちろんナタリアナに解るわけもなく……とりあえず丁寧に聞こえるよう弱めに叩いた。
「お待ちしておりました、冒険者さん。こちらへ。上着はここでお預かりします」
扉が開き、何人かの侍女が二人を囲む。流石侯爵家本邸ともなると、侍女達も美しいし生気に満ちていた。ナタリアナが一度だけ見た男爵家の侍女は少し瘦せていたような気がして、経済力というのは大きい差なのだと実感させられる。
内装も広く、所々にナタリアナでは価値を全く理解できない調度品が飾られている。お伽噺に出る貴族の家、という状況に、内心彼女は舞い上がっていた。
「あ……すみません、このローブは大丈夫なので……」
「申し訳ございませんが、懐に物を隠せる服装ではお会いいただけませんのでお預かりします。そちらの方も」
「ええ」
特に理由のないアルフは大人しくローブを渡す。お前何をしてるの?という視線をひしひしと感じて、ナタリアナは深呼吸ののちローブを脱ぎ捨てた。無意識に前かがみになってしまうものの、ローブを渡された侍女の呼吸が一瞬止まったのを感じる。
「ゎ……あ、いえ、失礼しました。それではこちらへ。ちょうど旦那様はお会いになれますので」
「それは何よりです。ありがとうございます」
先導してくれる侍女の言い方からして、貴族というのは会おうと行って会える存在ではないというのは事実のようだ。これが、もしかしたら泊まりになる可能性がある、とアルフに言った理由の一つである。依頼を請け、その性質上急がなければならない以上事前に連絡をする時間が無い。結局自分達も向かうわけで、手紙が届いてから予定を空けることは不可能になるのだ。
だが、今回は幸運だったようで。これなら後は、一泊して朝帰れば済む。
「では、こちらでしばらくお待ちください。すぐに来られます」
「あ、はい。ありがとうございます」
「すぐに何かお飲み物をお持ちしますが……飲めないものなどございましたら」
「私は大丈夫です」
「同じく平気です」
失礼します、と侍女が出ていった。向かい合うソファを見るに応接室だろう。この一室だけでも平民の稼ぎを軽く吹き飛ばすようなお金がかかるのだろう。家具の一つにでも傷を付けたら生きて帰れない可能性がある。少しして出された飲み物にも手を付けることなく、二人揃って話すことも無く侯爵を待つ。
「……こんなに時間がかかるものなのでしょうか……」
「解らんが……まあ、偉い人に会うというのはこれくらいなんじゃないのか」
「そうなんですかね……」
「それに……ああ、来たぞ。もう入ってくる」
「立ちましょう……あの、助かるんですけど、敵感知をしてるかどうか私に教えておいてもらえますか……?」
立ち上がり待っていると、ほどなくして扉が開き、黒く軽装に身を包んだ男性が入ってきた。上等な布と糸を使っているのだろうと一目で解る上等な服は、しかし着こなせるだけ体に合い着続けていることも解る。長い間着ているものだと感じさせながらも古いものだと思えないのが平民との違いか。少なくともナタリアナの服はしばらく着回しているものだし、アルフの服は不自然に新しさを感じさせるものだ。
「やあ、来てくれてありがとう。私はトルク・ルーカール。略式で失礼するよ」
「ナタリアナです。冒険者としての活動ですので名だけで失礼します」
「同じくアルフです」
「うむ。座ってくれ。早速腕を見せてもらおう。入りたまえ」
思ったより話が早いし、話し方は尊大だが嫌みでもない。少なくともナタリアナに面倒な心労が発生することは無いのかもしれない、そう少しだけ安堵する。もちろん、機嫌を損ねてしまえば直接は無理でもいくらでもナタリアナくらいは潰す力を持った人間なのだけど。
合図に座り直すと、再び扉が開き侍女服の女性が二人入ってくる。侍女と、恐らく侍女であろう女性。侍女かどうかナタリアナが一瞬迷ってしまったのは、彼女の顔色が悪く、寝起きかと思えてしまうほど目が開ききっていないからだ。深く刻まれた隈と陰鬱な空気は侯爵家で仕えられるような人間とは思えない。
「まずは彼女の体を治してもらいたい。病状は大して変わらず医者に断られたものだ」
「……失礼ですが、我々の依頼主はルーカール侯爵夫人です。ご本人とでなければ……」
「ああ、それには及ばん。実際の依頼主は私だ」
「……どういうことです?」
「貴族の依頼を請けるのは初めてかい?組合に聞いていないか?」
「……申し訳ありませんが、聞き及んでおりません」
やってしまった、と同時に、ナタリアナはきちんと特記事項は聞くようにしている。その上で、そんなことは聞いていない。もしかすると、冒険者としては常識中の常識なのかもしれないが、これまで貴族となど関わってこなかったナタリアナにそれが解るはずがない。最低限知っているのは名乗り方と、邸宅には馬車で行くこと、そして泊まる際は異性だろうと同性だろうとパーティーメンバーは同室であるということ、そして最後に、追加で直接貰う報酬は二度は断らないことで終わりだ。
「まあ、大した手間でもない。妻は……あー……今どこにいる?」
「奥様はエルヴァン様のところへ。今夜お戻りになる予定ですが」
「……だ、そうだ。まあ、別に待つのは良いんだ。直ちに死ぬような病でないのは解っているし、少なくとも今は安定している。妻と話ができればやるのだろう?」
しかしナタリアナは幸運だ。自分でもそう思う。要するに、知らないナタリアナのために侯爵ともあろう人間が待ってくれると言っている。平民同士ならおかしくもないこのやり取りも、身分さを考えればかなり譲歩させているのだと感じる。帰ったら改めて学び直さなければならない、切実にそう思いつつ、ナタリアナは深く頭を下げた。
「もちろん、すぐにでも」
「なら良い。あとは明日にしよう。今日はゆっくりしていきなさい。部屋を用意させる」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます」
「ではすまないな、一度下がってくれ、君の体にしても明日だ」
侯爵が顔色の悪い女性の肩に慮るように手を置いた。置かれた彼女が付き従って出ていくのを見るに、どうやら彼女も侍女ではあるようだ。残された彼女が彼を一礼とともに見送り、それから向き直って無表情のまま手で扉を指し示した。
「それではお部屋にご案内いたします。このまま私が担当させていただきます、ソフィアです。何かございましたら何なりと」
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