9.「夜まで起きなかったら体を拭いておいてください」
陽が落ちて、二人は再び空に飛び出した。とある場所の湖に生息する精霊を捕まえてくるという面倒なだけで難しくもない依頼のため、星空をまっすぐに目的地まで飛んでいく。可能な限り速度を落としてはいるが、それでもかなりの速さで夜空を突っ切る。抱きかかえる以外に何か方法は無いかと考え、現在ナタリアナは背負われている。
「それで、精霊というのは何なんだ」
「さあ……今のところは全く解明されていません。とにかく摩訶不思議な存在で、陽の光の下でしか現れないタイプと、逆に陽の光に当たると消えるタイプがいます」
「ほう……面白い生体をしてるんだな……生体?生き物でもないか」
「はい。生き物ではないとされています。精霊を使って色んな実験をするんですけど、無理をしすぎると存在から消えるんです。死体とかは残らないので」
消滅が死ぬってことなんじゃないか、まあその可能性はありますね、なんて話しつつ、二人は本来よりも速く飛んでいく。地上で時々見える焚火やキャンプを見るとどうも自分が卑怯なことをしているような気がしないでもない。アルフは気にしていないだろうが、色々なことを知りたいというならその冒険の仕方を教えた方が良いのかもしれない。
しばらく飛んで、湖へ。一番近い精霊の湖は平原のど真ん中にぽつんとあるだけの何の水源も無いものになっている。特に地面から湧き出ているわけでもなく、水が枯れないのは他ならぬ精霊の力だろうと言われている。降り立ってすぐ背負っていた精霊用の籠を降ろし、水面に石を投げる。
「それで精霊を呼べるのか」
「これだけじゃないですけど……何かしら刺激すると現れるようです」
「ほう……お、おお。出てきたな」
水面模様が少しずつ広がっていくにつれて、そこらから突然ぽつぽつと光の玉が生まれ始める。精霊達は普段目に見えることはなく、何かの刺激によって見えるように実体化してくるのだ。精霊は生き物ではないというのはこのマナと同じ性質によるものだが、アルフにそれを教えるのはまた後の話。籠を開けて準備を整え、見ているだけだったアルフを呼びつける。
夜の闇の中月明かりと精霊の光に照らされ、彼の目は心なしか少し見開かれているような気がする。ほう……とため息を漏らす彼に、ナタリアナは回復魔法を手に宿しながら言った。
「アルフさん、何か魔法を発動できますか?手の上で完結するような、規模や火力の低いやつで良いです」
「解った」
すぐに彼の掌に炎の玉が現れる。相変わらず普通では考えられないほどの魔法の発動速度にはナタリアナも惚れ惚れしてしまうほどだ。普通なら一瞬のすきになる魔法発動を、手に持ったランプを差し出すくらいの感覚で発動させてくる。その手に光っているのは、吸い込まれそうなほど輝き揺らめく青白い炎だった。魔法の知識としてナタリアナにもそれくらいは解る。炎はその温度が高くなるほど色を赤から白に変えていく。人間の技である魔法が神の領域に達した証拠であるとされている。
だが、白い炎を出せる魔法使いなど限られている。マナを集めて火を着けただけではこうはならない。瞳に綺麗に映るくらいの美しい白に、少し空の色が混じっている。
「アルフさん……やり過ぎです」
「……すまん。火を出す魔法はたくさんあったんだが、選ぶのが面倒でな。やはり火力が高すぎたか」
「いえ、今は別に困ることはありません。ただ、その……まあ、他の人は驚くと思います」
「人前では選ぶことにする。それで、これはどうしたらいい?」
「発動したまま立ってくれればそれでいいです」
むしろ魔法の質が良いことは助かる。早速、大きなマナの変化につられた精霊達が集まってきた。光の玉が炎に集まってくるのを丁寧に掌で包み捕まえて、彼らが通り抜けられないように加工された籠に入れていく。二桁ほど捕まえて、今度はアルフに魔法の属性を変えさせる。
「これで何か変わるのか」
「私も深くは知らないんですが……精霊によって好むマナの種類が違うらしいです」
「では、雷……は怖いな。水にしておこう」
炎が消え、今度は周囲から渦を巻くように水滴が集まって球体に固まる。ぎゅっと喉が渇き咳き込んでしまう。取り出した水筒の蓋を開くと、中身が飛び出して吸い込まれていった。慌てて閉じる。アルフも不味いと思ったのか魔法を解除し食い止めた。
「すまん、何だ今のは……」
「えーっと……やりながらちょっとだけ説明するので風か何かにしておいてください」
「解った」
言われるがままに魔法が変わり、掌に風が吹き込んで旋風をそこに生み出す。変わらず寄ってきた精霊達を集めながら。
「魔法というのはですね。これはまあ、本当なら子供でも賢い子は知っているようなことなのですが、空間に存在するマナに干渉して操作することでその性質を利用する、という人間の技です。回復魔法と違って、人間が生み出して人間の理屈で行使する力ですね」
「マナというのは?」
「この世の全てのものはマナによってできている、と言われる小さな粒のようなものです。水、雷、土、光、闇の五つが混ざって、形を変えて出来ているのが全てです」
「原子みたいなものか。俺達の世界にも同じような考え方があった。こっちは種類が多すぎて覚えていないが」
精霊を集め終わり、籠を閉める。もはや抵抗も薄れて彼に背負われ、空を飛ぶ彼に方向の指示を出しておく。涼しい風が顔に当たり気持ちが良い。少し眠くなりながらもナタリアナは続ける。
「それが何なのか知らないので似てるかも解りませんが……まあ、そんなものがありまして。魔法というのはそれらに干渉して、空間中の……例えば水を作ろうと思ったら水のマナを集めて、それからそれらにを刺激して水の形にして、それを操る……みたいな工程が必要なんです」
「それだと火や風の魔法が使えなくないか?」
「火はマナそのものに火をつける魔法で、風はマナそのものを動かして流れを作る魔法ですから」
「なるほど……」
先生になった気分でナタリアナは饒舌に続ける。ここ最近では話していて一番楽しかった。ロケーションも高くて怖いことを除けば星空を背景に最高と言える。あとはアルフが愛する男性なら完璧だったが、普通の男性は人を乗せて飛ぶことはできないし。
「ですので、魔法を高出力で使おうとするとそれだけたくさんのマナが必要になり、あまりにも強いと周囲の水もマナに変換して集めてしまうんです」
「なるほど……?」
「さっきで言うと発動した瞬間私凄く喉が渇きましたし、水筒の水も持っていかれそうになりましたよね?あれが進むとそのまま全部持っていかれたと思います」
「では、続ければ死んでいたかもしれないのか?」
「いえ、水みたいに液体だと持っていかれますけど、人の体くらい安定していればそこまで大事にはなりませんよ。もちろん、もっと規模が大きくて出力の高い魔法なら解りませんが」
「これも加減を覚えなければならないな……魔法使いを一人メンバーに加える……いや、流石にそれは倫理的に不味いか……?」
呟き始めたアルフには、加えるなら女にしてくださいねとだけ言っておく。精霊は既定の数取ったし、しっかり属性もずらしてある。後者については確かめる術は組合には無いが、それでもちゃんとしておくに越したことはない。その報酬で何をするべきか。二人で冒険をするにあたって必要なものが思いつかない。あるいはもっと必要な時まで取っておくべきか。これから魔法使いを増やそうと言っているし。誰か入ったからといって取り立てて入用になることもないが、何かあるかも解らないし。
でなければ買いたいものと言えば、やはり杖だろうか。ナタリアナのものよりも、アルフに杖を持たせ、何かあった時にその杖の力かのように思わせると良いのかもしれない。
「でもアルフさん近接で通ってるし……」
「良くなかったか」
「あ、いえ、ちょっと考えてただけです」
何なら自分の杖も欲しい。回復魔法は前例が少なく知識も共有されてはいないが、杖を持てば強化されることは間違いないのだ。今でさえ自分の魔法は強力である自信がある。これ以上上には何があるのか見たい。それによって、もっと多くの人間を救えるようになるかもしれないのだ。それでこそ両親にも胸が張れるというもの。
「それも良いですね……」
「……ん。ナタリアナ。少し良いか」
「は、はい何ですか」
「向こうの方に何か光っているんだが……光り方、おかしくないか」
「どれ……あっ!?」
彼が指さした方向を見ると、確かに何かの光が点滅している。すぐにナタリアナは彼の肩を叩き動きを止めた。ただの夜間キャンプなら薪でもランプでもいいはず。明らかに地面から少し浮いた状態で素早く点滅しているそれは、冒険者なら誰でも知っているような合図、救難信号だ。
「アルフさん!あそこ!あそこに行ってください!」
「解った」
まず飛び出してくれるアルフに感謝しつつ、荷物から望遠鏡を覗き込む。そこにいるのは四人の冒険者パーティー。救難信号を維持しているのは魔法使い、その横で倒れているのも武器を持っていないし魔法使いだろうか。それは見たところ寝ているだけのようだが、問題なのは彼らの横で倒れているもう二人だ。
「何があった」
「その光は冒険者の救難信号です!ここから見ている限り、二人戦闘不能状態です!」
「なるほどな」
「助けます!早く!」
「任せろ」
ぐんと加速するアルフ。すぐにでも発動できるよう、ナタリアナも回復魔法を宿して構える。
「大丈夫ですか!回復魔法使いです!大丈夫ですか!」
「おお!助かった!すまない!この二人だ!」
「アルフさん、周囲の警戒……いえ、照らしてください!二人で警戒を!」
「バリア……防御壁を張った方が早いぞ」
「私の知らない魔法を使わないでください!回復魔法に影響が出たら困ります!」
なるほど、との言葉とともに、周囲が一気に明るくなる。頭上に光球が浮かび、鮮明に倒れた二人を映す。外傷があるようには見えない。毒か、それとも呪いの類か。後者なら流石のナタリアナでも聖職者でなければ解除は難しい。
「何があったんですか!?」
「ゴーストだ!不意打ちを喰らった!」
「ゴースト……呪いですか……!」
実態を持たない魔物のうちの一つ、ゴースト。暗闇でしか存在できない代わりに物理攻撃の通じない強力な魔物だ。大した力は無く対策をしていればそれで済むような魔物だが、それでもそれをしていなければ手も足も出ない性質を持つ。それに、最初に狙われていたのが魔法使いだとするとそれでパーティーが壊滅する可能性もある。
倒れる二人にかかった呪いの解除は不可能だ。体力を回復させて教会まで運べるだけの時間を稼ぐしかない。それでも、かなり危ない状態の人間二人を復帰させるだけの魔法を使う必要がある。そうなれば、ナタリアナもただでは済まない。
「…………ふー……アルフさん」
「どうした。何かやった方が良いのか」
「いえ……別に、私が頑張るだけなんですが……」
(大丈夫、大丈夫、絶対に大丈夫、アルフさんなら大丈夫……大丈夫……)
必死に言い聞かせて、目を閉じる。何事も、優先順位というものがある。天秤にかけるなら、自分の不安より人の命だ。息を整え、ナタリアナはさらに強く手を光らせた。
「私……そうですね、朝になっても起きなかったらオムツでも穿かせておいてください」
「……良いのか?」
「嫌ですけど」
「そうか」
「夜まで起きなかったら体を拭いておいてください……いや、アルフさんの腕力なら湯船に突っ込むくらいできますか?」
「まあ……できるだろうが、良いのか?」
「嫌です。お風呂のある宿を選んで誰にも見られないようにしてください」
「……そうか」
(大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫…………!!)
震える手を二人に近付ける。魔法の出力を上げる度頭が痛くなる。回復魔法は神の奇跡。並大抵の消耗で扱えるものではない。特に、死という摂理に抗おうとしたときは。
「それと貴方。心苦しいですが報酬を貰わないわけにはいきません」
「お、おう」
「ですが、その話は必ず私が復帰してから、私とするようにお願いします。逃がさないでくださいね、アルフさん」
「解った」
(大丈夫、大丈夫、大丈夫……)
何度も同じ言葉を呟いて、信じられない気持ちを押し殺して。ナタリアナは二人に手を当てて魔法を発動した。眩い輝きが辺りを覆っていく。同時に頭痛が酷くなり、何かが吸い取られていく感覚が彼女を覆う。それを確認する方法は無いが、二人が無事教会まで間に合うこと、それだけしか考えないように、ナタリアナの意識は光に消えていった。
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