7.「私も貴方とは組みたくありません!」

「見ていろ。剣も使えるってことを見せる」

「が、頑張ってください……」


剣先を地面に引きずるみたいに無造作に持って、アルフは槍を投げた方向に向かっていく。すぐ真後ろにくっついて、ナタリアナもそれに着いていった。ちらちらと後ろは見ておくが、肉眼での確認にはやはり限界がある。何もいないようには見えるが、いつどこかから襲われるか解ったものではない。

駆け抜けていく動物たちとは逆に突き進むと、少し開けた空間の真ん中に佇み周囲を威嚇する四つ足の魔物。すぐに木の裏に隠れる。姿は牙の無いブレイドウルフだが、燃えるような赤い体毛が風でも吹いているかのように揺らめいている。より前傾に獲物を屠るための体つきをして、精々が大の大人くらいのブレイドウルフより二回り大きい。これがブレイズウルフ。本来のナタリアナが出会えば迷わず駆け出して、抵抗する暇も無く死んでいるような上位の魔物だ。

彼の足元にはさっきアルフが投げつけた槍が刺さっている。ブレイドウルフが特段目が良いという話は聞かないが、まさか視界外から投げつけられた槍をかわしたとでもいうのだろうか。


「あ、当たってない……」

「ちょっとした威嚇のつもりで投げたからな。まあ問題ない。すぐに終わる」


剣を掲げ、アルフがブレイズウルフの前に勇んでいく。辺りの土の色が所々違うのは彼らの習性で、その下には今までの獲物が骨になって埋まっているのだろう。ウルフの唾液交じりの威嚇しか聞こえないほど静まり返った森で、アルフは剣を横だめに構える。


「わ、私まだ隠れて、」

「隠れるな。奇襲から守るのが面倒だし、真後ろですぐに回復を飛ばせるようにしておいてくれ」

「は、はい……」


目の前に命の危機が迫れば、彼の言動に大人しく従うしかない。手に宿して待っておける回復魔法は初歩的なものだが、それでも爪痕を消すくらいのことはできる。浅いものくらいだが。二人に気付いたウルフが踏み出し、小さな目で睨みつける。炎を宿したような真っ赤な眼で、一歩一歩と近づいてくる。地面を抉る爪は鋭く、血糊にくすんだ色をしていた。毒も変わった構造も持たず、ただ膂力を持って獲物を引き裂き千切る爪と牙。


「グルルルルアアアアッッッッ!!!!!」

「ひっ……」


体が竦む。ナタリアナは冒険に慣れてもいないし、本物の、数多の冒険者を容易に屠る上位の魔物と戦った経験があるわけでもない。ただ回復魔法に長けただけの駆け出しなのだ。


「よし」


……だが、ナタリアナが恐怖のあまり目を閉じる前にそれは起こった。


「……え?」


昨日出会ってから、彼の一挙手一投足には驚かされてばかりだ。そのたびナタリアナは口を小さく開けっぱなしにして、そんな間抜けの声を漏らしていた。

しかし、今回は。今回は話が違う。むしろ、叫ばなかっただけ自分を褒めてやりたかった。

ウルフの咆哮にナタリアナが怯み、一瞬、本当に一瞬だけ目を逸らした瞬間。体を縮めたそのほんの一瞬で、目の前のアルフの体がぶれていた。

その間に何が起こったかなど気付けるはずもなく。次の瞬間には、アルフはウルフの隣でナタリアナを見ていた。体を縦に両断され、吠え掛かったまま絶命したウルフのその隣で。


「あ……」


頭の処理が追い付かない。ブレイズウルフは並の冒険者では勝てないほどの実力を持つ魔物。俊敏さも膂力も、到底人間の敵う相手ではなく、熟練した魔法使いと戦士がいて、回復役までそろって初めて何とか互角に戦えるような存在なのだ。それが、今目の前で、瞬きの間に両断されている。それは誰がやったか。もちろん、剣に付いた赤を振り払っているアルフだ。

スローモーションの景色の中一秒遅れて、周囲を突風が閃いた。羽織ったローブが吹き飛ばされて飛んでいく。当然とばかりにアルフが剣を地面に突き刺すと、そのまま埋まって消えていった。


「ほらな。大丈夫だと言っただろう」

「そ……そうですね……?」


確かにナタリアナは何のダメージも負っていない。でも、これはこれで思っていたのと違うような気がする。別にスリルや痛みは求めていないが、それにしてもさっきの言葉とは違う。絶対にナタリアナを守る。ときめくとは言わないが少しは心を動かされたあの時の感情を返してほしい。彼女は切実にそう思っていた。


「で……標的でないやつを倒してしまったが、もしかしてペナルティがあったりするのか」

「い、いえ、ありません。というか本当はあるんですけど、今回はまあ、相手が相手ですし……」


乱獲を防ぐ目的で、目的外の魔物を倒すのはご法度とされているが、ブレイズウルフはそんなことを言っている場合ではない相手だ。倒した後に聞かないで、という言葉をぐっと飲みこんで、じゃあ本命を倒そう、と言う彼に黙ってついていくことにした。



それからの彼の活躍といったらなかった。五頭ギリギリまで狩ろうという話で、今度こそ間違えないようにナタリアナの先導のもと探しては攻撃してを繰り返していたが……そのどれも、一歩踏み込んで両断、これで終わってしまった。石を投げるような距離からたったの一歩で踏み込んで斬るまでを終わらせている。

踏み込みもおかしいがそれ以上に、魔物を両断できるのがまずおかしい。すべてが終わり、少し休憩と言って大きな岩に座るアルフをナタリアナは見つめていた。


使った剣は毎回彼が地面から取り出している。わざわざ毎回土に還してそこから生み出し手を繰り返しているだけあって、細かい装飾や鍔の形、大きさも毎回違う。共通なのは両刃であることと、大きさからしてナタリアナでは振り回すことすらままならないであろうということくらいだ。

それを彼は片手で振り、魔物には骨が無い、身を守るために人間よりも固く発達した外皮など無いかのように、料理に包丁を入れるように涼しい顔で断ち切っていった。魔物には回復能力があるとはいえ、即死してしまえば関係無い。それに、休憩というのも驚きで顔色が悪くなっているナタリアナを気遣ってのもの。彼自身に疲れている様子は微塵もない。


「それ、どうして毎回剣を作り直してるんですか?」

「ん……重さとか長さとか、振りやすさを調整してるんだ。これで結構大変でな」

「なるほど……やはり剣を知っている人はそういうのもこだわるのですね」

「剣を……いや、剣を知っているわけじゃないぞ。こんなもの一度も振ってこなかった」

「……では、さっきまでの自信はどこから……?」

「ドラゴンは剣で倒した。剣術など知らなくても身体能力が高ければ何とかなる。これはまあ当然っちゃ当然だが、戦い方を知っている子供よりもそれを知らないモンスターの方が強い。体当たりしてきたドラゴンを受け止められた時に確信した」

「そうなのですか……」


と思ったらこれだ。落差で頭がおかしくなってしまいそうになる。さも当然かのように放たれる言葉に一切嘘が無いと解ってしまうのが質が悪い。何をどう考えていたらドラゴンを受け止めようなんて頭になるのか。やはり強い人間というのは頭がどうかしているものが多いのだろうか。そう勘ぐらざるを得ないほど彼のことが解らない。力が「未知」なのだ。今こうしている間にも敵感知は続けているのだろう。本来はナタリアナがやることだ。


「ナタリアナは杖とかは使わないのか?」

「冗談……じゃないんですよね。あのですね、回復魔法の杖というのは高級品なんです。私みたいに駆け出しの冒険者じゃ手も足も出ません」

「あたりに杖持ちなどたくさんいるじゃないか」

「あの人達は攻撃魔法の人達です。杖の種類が少し違うんですよ」

「何が違うんだ?魔法の中の一つの属性みたいなものではないのか」


と思ったら今度は目を少し大きく開いて、魔法に興味津々で聞いてくる。知的好奇心が強いようだ。もしくは、目的とやらのために知識を蓄える必要があるのか。


「回復魔法というのは、人間にのみ許された神の御業なのです。生まれた瞬間に生涯使うことのできる回復魔法の段階が定まり、努力では使えるようにはなりません。例えば私は致命傷でも死んでいなければ何とかするくらいに格が高いと言いますか……」

「そこは謙遜しないのか」

「神様が選んだくださったものですから……もしかしてアルフさん、そう言った教育を受けていらっしゃらないんですか……?」

「神様は……まあ、今は結構信じてるな。こうして生まれ変わってるんだから何でも信じたほうが良い。その前は神様なんて信じてなかったぞ」

「何てこと……もしかして滅びゆく世界か何かから来ているんですか……?」

「こっちより栄えてるさ」


話していても普通の人間だ。十八である自分と同じくらいに感じる。見た目はやや老けてはいるし、子供がいると言われても何とか飲み込めるくらいのものだが、話し方はおおよそ年上のそれではない。やはり特別な存在ではないのだろうか……もしかして、ナタリアナに興味を示さないのは単に男が好きというだけなのではないか。


「それでですね、回復魔法というのはそういう特別な魔法ですので、それを増幅させる機構も特別なんです。攻撃魔法はマナ干渉をしやすくするだけだったり、簡単に作れるので安く済むんですが……」

「マナ……干渉……?」

「え、あー……後で良いですか?長くなっちゃうんで」

「もちろん。じゃあそろそろ帰るか」

「あ……はい……飛ぶんですよね」


アルフにはできないので、討伐したウルフ達の証明で集めた牙を袋に詰めて、それを抱きしめるように持つ。また彼に抱えられ、大きく息を吐き切って目を閉じる。


「アルフさん……その、も、もう少し遅めでお願いできます……?」

「解った。少し遅くするから安心してくれ。俺もさっきのは速すぎたと反省してる」

「良かった……」



「いやあああああぁああぁぁぁああああっっっっっっ!!!!!!!!」




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「すまん」

「し、信じられません……何も変わってないじゃないですか……」

「よく考えたら飛んだこともないのに微調整なんかできるわけがなかった。また練習しておこう」

「せ、切実に……というか、早く稼いで車か馬車を使いましょう。私が慣れる前にいつか事故で死にます」

「俺が放さない限りそんなことは無いと思うんだが」

「怖いでしょうが!」


行きと変わらずこみ上げる吐き気を押さえつつ、街を歩くアルフとナタリアナ。どうも抜けている彼に、もっと早く色々教えこまなければ、と意気込むナタリアナの隣で、アルフはブレイドウルフの牙を手の中で弄っている。


「とにかく、それを組合に渡して確認が取れたら報酬が降ります。今回は銅貨三十枚なので……」

「では俺が十枚、ナタリアナが二十枚だな」

「それなんですけど……あまりにも私が何もやってなさすぎるというか……」

「やっているだろう。悪いが戦う以外のことはできないし、ここの常識も知らない。これからのためにもナタリアナを囲い込んでるんだ」

「……そうですか」


彼より多く貰った分は絶対に使わないでおこう。何か使ってはいけないような気がする。そう決意して、組合に入るナタリアナ。やはり顔が知れ渡っている彼女のことに多くの男が注目している。出かけて行って程なくして帰ってきた、土埃程度しか汚れていない冒険者達。ともすればまだ出発していないのだろうと思われているに違いない。そんななかある一人の男が近づいてきて、アルフの肩を掴んだ。


「なあアンタ。もしかしてナタリーと新しく組んでるのか」

「あの、その渾名で呼ばないで貰えませんか。気持ち悪い」

「良ければこっちのパーティーと組まないか。二人だと何かと不便じゃないか?」


すぐにアルフに隠れたナタリアナの小さな文句は聞こえなかったみたいにする男。恐らく会ったことがあるのだろう。ナタリアナは努めて忘れるようにしているが、魂胆は透けて見える。二人纏めて勧誘して、期を見てアルフだけを追い出すのだ。男をニヤニヤしながら後ろで見ている三人がメンバーだろうか。アルフ達が入って六人は明らかに多い。報酬と戦力のバランスが取れるのは四人と言われている。武器持ちが一人、杖持ちが一人。残りは回復役だろうか。なおさら自分達を入れる理由は無い。


「ほう……何ができる」

「ん?」

「手を組むんだろう。できることが被っていても仕方が無い」

「あ、ああ……そうだな。武器を持ってないってことはアンタ魔法使いだろう?こっちには二人も近接使いがいる。近接二、魔法使い二、回復二。良いバランスだろう」

「……人数はな。悪いがお断りさせてもらう俺とナタリアナで基本的に話は終わっているし……今から俺を追い出そうとしているのはナタリアナ目当てだろう。気持ちの悪い話だな」

「なっ……」

「えっ……」


どうしてアルフがそれを。まさか勘付いたか。無知だと思っていたが馬鹿ではないということだろうか。いや、こっちの事情に詳しくないのにそんなことを推理できるはずがない。ちらりと彼の顔を見上げると、目の色が少し違った。茶色がかった黒から、鈍い赤色に。


「そんなこた考えちゃいないよ。ただ初心者を助けようと思って……」

「なるほど。心を読むというのは高度な魔法なんだな。それは当たり前か。悪いな」

「何……っ!?」

「悪いがナタリアナは俺と組んでる。俺はお前とは組みたくない。ナタリアナにも聞いてみると良い」


アルフの腕が、庇うように伸びてきた。彼の後ろに隠れながら、そんな状態では情けないとは自分でも思うけれど、それでも少なくとも今彼を放すわけにはいかないし、目の前の奴らのところには行きたくない。ナタリアナは必死に目を細めて、男達をきっと睨んだ。


「私、この人と組んでるので……私も貴方とは組みたくありません!」

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