5.「実績は俺が作る」

「……なんだ、えらく注目されてるみたいだな」

「……気にしないでください」


冒険者組合。今日日となれば大きな街になら一つか二つは必ずあると言っていい組織だ。国中から、場合によっては国外からも依頼を集め、それらを掲示、あるいは斡旋したり、人数が必要なら招集したりという活動を行っている。

かなり大きく作られた建物の中に入ると、やはりナタリアナに視線が集まる。冒険者たちの間では悪目立ちして顔を覚えられている彼女にとって、ここは針の筵のようなもの、アルフがいるだけまだマシではあるが、ここにいる半数以上の男どもに勧誘された実績のあるナタリアナは吐きそうで仕方が無かった。


「あ、あの、すみません」

「はい、あ、な、ナタリアナさん……少々お待ちください」

「あ、今日はちょっと違うんです。それも、必要なんですけど」


そんななかを突っ切ってカウンターへ。見知った眼鏡の女性職員は彼女の後ろで立っているアルフを見て、いつも通りパーティー申請書類を出そうと、極力目を合わせないように中に戻ろうとする。それを引き留めアルフを前に出す。彼は昨日とはうって変わって当たりを見回すことはせず、少し微笑んで職員に声をかけた。


「仕事の依頼をここで請けられると聞いた。そのための登録をする必要があると」

「え……えぇ……?」


じっとナタリアナに視線が向いた。何故かいたたまれなくなって目を逸らす。彼女の言いたいことは解る。昨日まで既存のパーティーを探していたナタリアナが、言い方からして冒険者というのすら理解していない男を連れてきたのだ。もちろんそれはそれ、すぐに登録用の書類を出して来てくれたが、彼女から向けられる複雑な感情を宿した視線が無くならない。


「ではこちらお書きください。名前は可能な限り本名でお願いいたします」

「ああ……頼むナタリアナ」

「ちょっと……!ここで言わなくても……」

「ナタリアナさん……?」


職員の目がさらに細まった。読み書きすらできない人間を連れている、あるいはこんな簡単な記入すら任せられるほど言いなりになっているのか。悪人を見る目ではないが、少しズレたならそうなってしまいそうな懐疑の目。ナタリアナはアルフの手を引いてすぐにそこから離れ、溜まり場の端の席に座る。ちょうどいい依頼が無く追加を待っていたり、特に行くところも無いのでそこにいたり。少なくともそう等級も高くない冒険者たちがナタリアナ達を横目に眺めていた。

テーブルのペンを取り、書類に書き込んでいく。


「アルフさん、名前はアルフリー……家名とか、偽名とか使います?職員さんはああ言ってましたが、冒険者は慣習的に偽名を使うのも多いですよ」

「無いな。こっちに家族はいない。偽名も……必要ない。その方が活動に都合が良ければそうするが」

「まあ、特にその方が良いというのはありませんが……あ、一応分野は近接使いとしておきます」

「その方が都合が良いなら」


「……ところで、今日は昨日みたいにきょろきょろしないんですか?」

「舐められるだろう。好感度は高いに越したことはない」


まあ、それはそうですが。と、ナタリアナは淀みなく記入を済ませていく。確かに思い起こしても、人が多いところではそこまであちらこちらを見ていたわけでもなかったような気はする。もちろん、昨日はそれどころではなかったのでよくは思い出せないものの、確かにこうしてみると彼は冒険者としては大物の風格だけはある。

よほど実力を別で示しているならともかく、やはり体が大きい方が評価は高くなる可能性がある。体の大きさは基本的にはそのまま筋力だし、力はある方が普通強い。目つきもまあ、威圧感を相手に与えるという意味では悪くない。ナタリアナだってそう交渉事が得意なわけではないし、相手に初対面で舐められないことは重要だ。服もしっかりした作りだし、わざわざ言わなければ駆け出しとは思えない風貌をしている。

それにしても、他人への好感度という概念があるならナタリアナのことも考えてほしかった。わざわざ読み書きができないという必要は無いだろうに。妙なことを思われたらどうするのか。


「……魔法が使えるって言いましたよね」

「ああ。使える」

「盗み聞き防止とかできます?」

「…………ああ。できると思う」

「やってください」


返事に遅れがあったことが不安だが、アルフが指を鳴らすと空気が変わったのが解る。自分の声が響くような、くぐもったような、そんな空間に二人で閉じ込められる……と、それよりも。


「い、今詠唱は……」

「しなくてもできそうだった。した方が良かったか」

「い、いや、その、べ、別にしなくてもいいんですけど……」


盗み聞き防止の魔法、『アンチボイス』。魔法についての知識があるなら、それがどれだけ高度かというのは当然に知っているはずだ。仮に十全に使いこなせるなら、それだけで貴族に専属として召し抱えられることも現実的なレベルの魔法だった。大体は給金を値切られるため実際にそこに行くかは別だが。


「これは高度なのか。全く解らん」

「……ちなみになんですけど、この世界に来てすぐなんですよね?前の世界でも魔法を?」

「いや、前の世界に魔法なんてない。お伽噺の産物だ。機械……からくり仕掛けって言った方が良いか?そんな文明が圧倒的に栄えていた」

「では、何故自分が魔法を使えると解るのですか?」

「俺にも解らん。何となく集中すると解るんだ。何かしたい、と思うと、頭に勝手にそれに使える魔法が出てくる。だから、その魔法が高度かどうかも解らないし、すべての魔法で詠唱するかどうかを選べる。だったら詠唱なんて長ったらしいことやっていられない」


理解はできないが、事情は解らなくはない不思議な感覚だ。だが、この魔法を使える時点で本職魔法使いであることは間違いない。少し魔法を齧った剣士はいるが、多少の攻撃魔法を習ったとか、回復魔法の出力が低すぎてその道で生きていけなかったとかそんな理由。

それに、彼に疲れた様子はない。『アンチボイス』の周囲へのマナ干渉は非常に大きい。音を伝えるのはマナ、それを完全に固定することで周囲に音が漏れないようにするのがこの魔法なのだ。当然、発動にも維持するのにも魔法力を消費する。いや、それ以前にこんな一瞬、指を鳴らすだけで発動できるものではないのだ。


「そうなんですか……」

「特段悪目立ちしたくはないが、かと言って実力を適度に示してそこそこの地位にいられた方が良いからな。詠唱は省略しようと思うが、どうだ」

「ああ、まあ……少なくともこの魔法は詠唱してください。びっくりされます」

「そうしよう」


本当に何も知らない。子供のように素直にナタリアナの言うことを聞いている。ここまでくると、実力を持った獣とほとんど変わらないんじゃないかとも思えてくる。本人の言が本当なら常識を知らないからナタリアナに合わせようということなのだろうが、あまりにも初対面の自分を信用しすぎではないだろうか。それとも、何か含みがあるのだろうか。どうあれ、私がこの街を守らなければ、なんて不思議な決意を固めたナタリアナであった。


「それで、えっと……今盗み聞き防止をしてもらった理由なんですが」

「ああ」

「あまりにも冒険者について知らないと変に話題になっちゃいますし、その……私にも妙な話が沸いちゃいますから、最低限を説明しておきます」

「助かる。正直職員さんに聞こうと思っていた」


良かった。結構本気で安堵して、ナタリアナは説明を始めた。



冒険者。その昔、この世界では王を中心に貴族達による熾烈な勢力争いが巻き起こっていた。といっても今もだが、当時はもっと小競り合いも日常的に起こっていたらしい。

その兵士、駒となるのが今でいう冒険者達だ。戦士、魔法使い、戦いに仕えるものは貴族が召し抱え、それにより力を付けることが一般化していた。金のある貴族達は教育水準で平民に勝る。魔法を使わせれば貴族の方が強いのだ。反乱もそう簡単に起きず、直接、間接、経済、あらゆる分野での戦闘に明け暮れる地獄の時代が始まっていた。

力のある人間は貴族に持っていかれるし、そうなれば王も同じことをせざるを得ない。すると平民達は戦闘能力も無く、場合によっては力仕事すらままならなくなった。結局戦闘能力はあっても地力の低い貴族達が善政など敷けるはずもない。平民の問題は平民で。そんな言い方が当然にまかり通っていた。


国力の低下を危惧した各国の王様が、公の組織として作ったと言われるのが冒険者組合だ。今ではほぼその手を離れてはいるが、それでもいくつかその名残は無いわけではない。

政治と戦争以外の問題はここに一度送られ、それを依頼した人間と力のある人間を仲介する。失敗すれば組合から依頼料が帰ってくるため、依頼者としてもここを通す方が理になる。組合は絶対に失敗させたくないので等級を定め、実力の精査を行う。

近年では魔物との戦闘や秘境での採取などが多くなっているため、より戦闘力のある人間が重宝される傾向にある。鉄、銅、銀、金、そしてその上にもう一つ存在する冒険者階級は、大抵は実質的な実力ランクになっている。


「私は鉄です。実力以前に実績が無さすぎるので」

「……そうなのか」

「そんな目で見ないでください」

「勘違いしないでくれ。俺はこれまでの実績など気にしない。力を貸してくれるならそれで良い。実績は俺が作る」


等級も格差、玉石混交は甚だしく、しかし、銀と金の間には確かな差が存在する。等級金となれば一目置かれ、初対面の相手から名指しで依頼が入ってくることもある。名声も得られるし、断られれば困るので報酬もかなり良い依頼だ。

それまっでは、基本的にボードに貼られている仕事か、受付に行って聞くかどちらかで依頼を請けることになる。実力が足りなければ他の冒険者たちと組むことも可能だが、複数パーティーで請けると報酬が減らされるため嫌がられるのが通常だ。毎回メンバーが変わったら把握が大変で困るという理由が公表されているが、実際のところは解らない。


「……解りました?」

「大体は。歴史も教えてくれるのは助かる。要するにこの組織に歯向かっちゃいけないってことだな」

「まあ……個人でとてつもない信頼があれば組合無しでもやっていけるというのは聞いたことがありますが」

「そこまで大物になると身動きが取りにくくなる。とりあえずは金まで上ろう。時間の制限はあるのか」

「え……い、いや……無いですけど」

「よし」


金に行く、と言い切って、また指を鳴らしたアルフ。自分の実力を全く疑っていないような強い言い切りに、ナタリアナは……特に驚きはしなかった。

これが彼でなければまた違っただろう。しかし、少なくとも魔法の腕については一流と言って差し支えない。身体能力も、昨日のことを思うならかなりのものだ。知識が無い以外のことについては本当に説得力がある。最後まで書類は書き込んでカウンターに提出し、続けてパーティー申請もしておく。それを待つアルフは読めもしないボードを眺めている。『あの』ナタリアナが連れているパートナーだからか注目を集めているが全く気にしている様子はない。ただじっと立っているだけだ。時々首を傾げたりしているが、何のつもりだろうか。


「ナタリアナさん?」

「あ、はい」

「申請受け付けました。お疲れ様です。こちら鉄の冒険者プレートです。彼に渡してもらえますか」

「ありがとうございます。それで、早速一つ何か無いかと思うのですが……」

「はい、畏まりました……そうですね、鉄級お二人ですと……この辺か、まあ、こちらか……」


聞いていくつか候補を出してもらえるのは今までのナタリアナの事情から憐れまれているからで、その依頼の中に割の良い、簡単で報酬が良いものが無いのはころころ仲間を変えることになっている彼女への信頼が無いから。その中から一つ魔物の討伐を選ぶと、手続きをして仲間の元へ戻っていく。


「アルフさん。依頼を請けてきました。特に指定とか無いですよね?」

「無い。どこに行けば良い?」

「えっと、ここから少し西に、馬を走らせて半日くらいでしょうか。そこまで遠くないところを選びましたので」

「そうか。行くぞ」

「え?いや、まずは馬をですね」

「いらない。飛んだ方が速い」


そう言ったアルフの言葉には、相変わらず自分の実力を疑うという考えが全く無かった。

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