プライベート新聞いかがっすか~~!!

ちびまるフォイ

プライベート新聞の掲載条件

ピンポーン。


「はい」


「プライベート新聞、取りませんか?」


「新聞の勧誘ですか? 今どきそんなのいりませんよ。

 それに私、学生ですよ。新聞なんて……」


「学生さんにこそオススメなんです」


「いいから帰ってください……あれ」


新聞勧誘の男の手にある新聞記事にふと目が泳いだ。


>A組 佐藤くんが昨日飼い猫に局部をひっかかれる!


「ぷっ……これ本当ですか?」


「ええ、朝刊ですから速報ですよ。

 プライベートなので本人以外誰も知らない情報です」


「クラスでも普段勉強ばかりで、クラスの明るい人を注意するような

 おカタい佐藤くんがこんな……ふふふっ」


「ではコレで失礼します。プライベート新聞取らないんですよね」


「取ります!!」


生まれて始めて新聞がほしいと思った瞬間だった。

プライベート新聞には他人の恥ずかしいことや、こっそり続けている習慣などが書かれている。


「へぇ~~。あの不良っぽい山田くんが、実はカクヨムで純愛小説書いてるなんてねぇ~~」


プライベート新聞を読んでいるとニヤニヤが止まらない。


「っと、もうこんな時間。学校にいかなくちゃ!」


プライベート新聞を部屋に隠して学校へ登校した。

いつもと変わらない登校風景なのに、新聞の情報があるとまた違って見える。


(あの子は昨日カレシと別れたんだ。確かに無理してるっぽい)


(あの人、実は国語の先生が好きなんだよね……)


(あ、ギプス巻いてる。おもしろ動画取ろうとして骨折るなんてダサすぎ)



「ちょっと恵美、なにニヤついてるの?」


ハッとして顔をあげると友達が不思議そうに見ていた。


「ううん、なんでもない。昨日見た動画の思い出し笑いだよ」


「そうなの?」


そういう友達は隠れジャニオタで、敷き布団カバーにプリントして毎晩抱きついている。

人は普通そうに見えてもわからないものだ。


(ああ……誰かに話したい……!!)


こんなにもおもしろネタがたくさんあるのに、

自分が話してしまうとプライベート新聞の存在に気づかれてしまう。


新聞の存在に気づかれなくとも「なんでそんなこと知ってるんだ」と

私にあらぬストーカー容疑をかけられるかもしれない。


ひりつくようなその緊張感がますます私にしゃべらせようとしてくる。


こんなおもしろネタを話せば話題の中心は常に私。

みなが私から発信されるおもしろトピックスをひな鳥のように待つに違いない。


「……なんか、今日の恵美ちょっと静かじゃない?

 家でなにかあったの?」


「ううん! なんでもないよ!」


「そう? それならいいけど……。

 てかさ、鈴木なんかケガしてたよね」


「ああ、動画配信用に階段で側転してケガしたやつ?」


「え?」

「あ」


しまった、と口を閉じてももう遅かった。


鈴木が動画配信サイトで「キングオブギャグ」という

名前負けはなはだしい登録名でクソさぶい動画を配信していることも、

登録数が増えないので過激な動画をと挑戦した結果に怪我したことも。


それらはすべてプライベート新聞でしか知り得ない情報だった。


「そうなんだ。ウケる! あははは!」

「そ、そうだネー……」


「てかなんで恵美はそんなこと知ってるの?」


「か、風のうわさで……」

「いや"カゼノウワサ"て誰よ」


その後の追求はネタのインパクトもあってかわせたが、まさに間一髪。

口は災いの元だと強く実感した。



翌日、プライベート新聞がポストに投函されていた。


「……よし、これは学校から帰ってからにしよう」


登校前に情報を仕入れてしまうと口をすべらせかねない。

まして友達がいる場で我慢するのは耐えがたい。


プライベート新聞は家に帰ってから読むと、決めていた。

記事が目に入らないようにして取り出してから学校へ向かった。


おもしろネタを仕入れてないぶん自然体でいられる。


「恵美おはよーー」

「おはーー」


「てかさ、恵美聞いてよーー」

「なになに」


友達との会話もいつもどおりの自分でいられる。

昨日のようにぐっと我慢することもない。


「そういえば、恵美って下着お母さんが買ってるってマジ?」


「え゛っ」


一気に冷や汗が吹き出した。


「友達が言ってたんだけどさ。さすがにそれはないよね?

 ウチら高校生だし、親に下着買ってもらうとか」


「ないないない! ぜったい無いよ!!」


慌てる私の本日の下着はお母さんセレクションによる

なぞのキャラがプリントされたセール品だった。


「だよねーー」


下着の話題はそこで終わったが私の頭では今なおホットワードとしてトレンドに上がり続けていた。


(なんでどうして……どうしてそんなこと知ってるの……)


下着の話題ほどプライベートなものを知るチャンスなんてない。

プライベート……。


「まさか……私以外にもプライベート新聞とっている人が……!?」


どうして自分だけが知っていると思っていたのか。

他にも新聞をとっているけど隠している人もいるはず。


そして私に対して悪意ある人が、プライベートの情報をばらまいているんだ。


「許せない……! 私のことを話すなんて!」


なんとしても犯人を特定しなければならない。

私はその日学校へ帰ると、まだ明るい時間にも関わらず布団に入った。


「あんたこんな早くから寝るの?」

「明日早いの!!」


翌朝、まだ太陽も目覚めてないころに自転車の音で目が覚める。


「来た! 新聞配達だ!」


プライベート新聞が自宅のポストに投函されるのを確認し、

新聞配達のおじさんの自転車を必死に尾行する。


次の新聞の投函先は友達の家だった。


「うそ……あの子、友達に聞いたって言ってたけど。

 本当は自分でプライベート新聞をとってたんじゃない!」


しらじらしい顔で私のプライベートな秘密を本人に打ち明ける。

なにが目的なのか。私をはずかしめたいのか、マウント取りたいのか。


いずれにせよもう制御できない怒りが体中を支配していた。


投函された新聞を取りに外へ出た友達を確認して思い切り掴みかかった。


「友達だと思ってたのに!! 許せない!!」


「え!? なに!? なんなの!?」


「とぼけるな!! 私のプライベートを晒したくせに!!」


「恵美、なんのことかわからないよ! 手を離して!」


「そうやってとぼければ私が信じると思ってるんでしょ!

 全部わかってるんだから!! 甘く見んな!!」


馬乗りになって友達の顔を何度も何度も殴りつけた。

赤くはれあがっていく友達の顔を見ても罪悪感なんか感じなかった。


「はぁっ……はぁっ……」


抵抗すらできなくなるほど殴ったとき、友達が持っている新聞が目に入った。

それはプライベート新聞ではなく、普通の新聞だった。


プライベート新聞は通常の新聞配達と一緒に配達されていた。


「うそ……それじゃ私……」


頭にはこの後起きうる不幸な人生が走馬灯のように流れてくる。


「ちがう! ちがうの! 私は間違っただけ!

 プライベート新聞には掲載しないで!!」


どこかで見ているであろう記者に叫んだ。

プライベート新聞を手にしている誰かにバラされたら終わりだと思った。




やがて、早朝の暴行事件はニュースにこそなったが

未成年ということで徹底的に本人に結びつく情報はふせられていた。


クラスではこの話題でもちきりだった。

すでに誰かも特定されてしまっていた。


「B組の恵美って子でしょ? やばいよね」

「普通そうに見えたけど何考えてるかわからないよね」

「普通そうな子が一番やばいんだって」


本人の望み通り暴行事件がプライベート新聞に載ることは一生なかった。

誰もが知っている内容の記事なんて、価値がないのだから。

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