四話 広がる世界?

 家に着いてからも、色んな音と景色が頭から離れない。

 読書に集中しようとしても、今日の勉強の復習をしていても、気づいたら別のことを考えていて。

 結局今日借りた本は全て読み切れずに閉じてしまい、勉強も捗らず嫌気が差してやめてしまった。


 あの楽器は何だったのだろう。


 自室のベッドに寝そべって考える。白い天井がどこか遠い。電球が眩しい。

 そうやってぼーっとすると、すかさず脳みそがあの音を流す。吉野くんの顔が思い浮かぶ。


「あー…………」


 無意味に声を出す。静かな部屋に響かず、すとんと私の上に落ちてくる。本は音を吸収するって聞いたことがあるから、多分響かないのはそのせいだろう。

 この部屋には、私が小さい頃からちまちまと親が買ってくれた本が多く残っている。絵本、小説はもちろん、ワークや図鑑など、ここは思い出のプチ図書館だ。貸し出した記憶はちっともないが。


 ふと、何かを思い出した。

 ベッドから体を起こして、部屋を囲む本棚の内のひとつの前に立つ。しっかりジャンルでわけているので、読みたいものが見つけやすくて助かる。

 その中で一つ、唯一ほとんど読まれていないような新品の物を取り出す。


 ……なんでお母さんはいきなりこの本を買ったんだろう。


 私と同じように無口なお母さんの、未だに購入理由が謎の本が、今、役に立とうとしている。

 多分。


  ◇◆◇


 挨拶や楽しげな会話で空間が埋め尽くされる、酸素の少ない朝の教室は、息苦しくて仕方ない。森に住んでいたリスがいきなり都会に行こうったって、無理だ。

 ならば、森を徐々に都会にしていくしかない。

 ということで今日も無意味に学校へ早く登校し、静かな教室を堪能しつつ、徐々に賑やかさに耳と心を慣らしていく。昨日読めなかった本も読めるから、一石二鳥だ。


「それでね、ショウくん言ったわけ」

「なんて?」

「『お前が生きてくれてるだけで、俺は幸せだ』ってさ!」


 女子の甲高い声が聞こえる。でもその話、一昨日も聞いた気がする。どうでもいいけど。


「あ、ヨシコーおはよ〜」

「ん」


 ふと耳が、聞き覚えのある声を拾った。

 本から目を上げて声の方をチラリと見る。


「あ、どーも」


 目がバッチリ合う。いたって平然とした態度で、こちらに数往復手を振る。

 慌てて本に目を落とす。


「えっ、ヨシコー喋れたの!?」

「喋れたの? は酷いよ」


 ははっ、と乾いた笑い声が聞こえる。

 本の内容がまた入ってこない。

 なぜか。話さなきゃ。話さなきゃ。


「てか、その子誰だっけ?」

「布河さんだよ、俺の隣の席の」


 本に書かれた文字が、何か違う言語に見えてきた。何が書かれてるのかわからなくて、仕方なくまた本を閉じる。話さなきゃ。

 耳は相変わらず声を拾う。


「あぁ〜、前に吉野くん話してたよね」


 前に話してたって、吉野くんは何を話したんだろうか。ぽけーっと窓から見える景色を眺める。話さなきゃ。

 雲が左へと流れていく。桜が似合いそうな青空。


「そうそう。わたなさんよく覚えてるね」

「まあね、自分の話したことも覚えてないるなちゃんとは違うので」

「みどり!?」


 耳をつんざくような高い声だ。女子特有の、という感じだろうか。

 私も女ではあるから、一応ああいった声は出せるのだろう。出そうと思ったことは一度もないけど。

 ……話さなきゃ。


「ふふ、るなちゃん、さっきの話は一昨日も聞いたんだよ」

「そだっけ?」

「そうだよ〜、ね、吉野くん」

「俺に聞かれても困るよ」


 あはは、と三人の笑い声が重なる。

 なんとなく嫌になって、教室をそっと飛び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る