第7話

チーン。


「帰命無量寿如来」


低い声が夜の沈黙に響く。部屋を灯すものは蝋燭の細い光のみで、黒く長い影が畳の上をゆらゆらと動いていた。部屋には線香の匂いが立ち込めている。


望は懐かしい匂いのする畳の上に丁寧に正座をして、目を閉じて祖父のお経を聞いていた。


キャサリン先生は隣に同じように正座をしてから、


「あのオジーサンはダレですか?」


と望に尋ねるが、望は目を閉じたまま答えなかった。


祖父のお経は長く続いた。キャサリン先生は隣ですぐにもぞもぞと動き始め、足を崩した。

望も流石に足が痺れてくる。祖父はこれを毎晩繰り返していた。お経を詠む事で自らと向き合っているのだと言う。

祖父は熱心な仏教徒で、戦争に行った時も幾度となく仏様に助けていただいたと言っていた。


やがて、祖父の読むお経はゆっくりと終わりを迎え、ちーんと最後におりんを叩く。


再び、その部屋には沈黙が訪れる。


「ありがとな、望。よく来た。」


祖父の声を聞いて、望は閉じていた目を開いた。


「おじいちゃん。夜遅くにごめんなさい。お願いがあってきたの。」


望の祖父はさっと立ち上がると部屋の電気をつけた。電気は昔ながらの天井から吊り下がったタイプのもので望の祖父が紐を引っ張ると数回の点滅の後に白い光を放った。それから望の祖父は蝋燭の火を消し、再び畳の上に正座をすると背筋を伸ばして望と向き合った。


「望。話してみなさい。」


望は一呼吸置いて、はい、と言った。それから祖父と同じように姿勢を正した。


「しばらくの間、友達の遺体を預かって欲しいの。」


望の言葉を聞いても顔色を変える事はなかった。それどころか、望の祖父は落ち着いた様子でこう答えた。


「孫娘の願いだ。聞き入れよう。して、いつまで預かっていればいい?」


「えっと、いつまで?それは、ていうかおじいちゃん、驚かないの?」


祖父の態度に望の方が激しく動揺する。望の祖父はなおも少しも顔色を変える事なく、望に言う。


「落ち着いて、話してみなさい。」


望は意を決して答える。


「私が、友達を生き返らせるまで。」


その時に望の祖父は初めて眉間に皺を寄せるようにして表情を崩した。


「どのように死んだ友を生き返らせるというのか?」


「欲望の果実を使って生き返らせる。食べるとなんでも願いを叶えられる。多分。」


望は答える。祖父がふぅと息をついて考えるように目を閉じた。それからしばらくして口を開く。


「望。やめておきなさい。修羅の道に足を踏み入れる事になるぞ。」

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