第5話

 寧々は驚いて引き金を引く。凄まじい発砲音と共に天井に穴が空いた。望はそこに出来た刹那の瞬間を見逃さなかった。彼女は学生鞄から手を離すと、寧々の襟元を両腕で掴み、その体を窓に向かって全力で叩きつけた。寧々はうっと呻くが、その手から拳銃を離さない。

望はそのまま腕に力を入れ、寧々を床に押し倒した。


 それから寧々の体に跨ると、何度もその顔を殴りつけた。寧々は負けじと望の胸ぐらを掴み思いきり望の鼻っ柱に頭突きをする。

望は鼻が内側にめり込んだかと思うほどの激痛を感じる。においが一瞬なくなり、そのあとから鉄分の凄まじい臭いがする。涙目になり、吐き気を覚えた。


 寧々はそのまま上体を起こすと、望の胸ぐらを掴んで床に押し倒す。2人の形勢が逆転した。寧々はすかさず銃口を望の頭に向けた。すでに2人の制服は血で染まっていた。


「ごめんね望。私の勝ちだ。」


寧々は残忍な表情で望を見る。それから不思議そうに言った。


「何泣いてるの?頭突き、そんなに痛かった?すぐ楽にしてあげるね。」


望は寧々に言われて初めて自分が涙を流している事に気がついた。


「寧々。弟は帰ってこないよ。」


望は言った。


「そんな事‥そんな事望んでないの!分かってるわよ!弟が帰って来ないのなんて!私は全部やり直したいの!そのためにあんたを殺すのよ!私の気持ちなんて分からないでしょうね!」


寧々は望の顔面に銃口が触れるほどに近づけた。寧々の身体の震えが銃口から伝わってくる。


「分からないよ。」


望は寧々のボロボロな顔を見て言う。


「あなたの気持ち、分からない。私達、小学校から仲が良かったんだよ。弟の事、少しでも相談してくれたら良かったじゃない。弟は帰って来ないかもしれないけど、言ってくれたら一緒に悲しむ事は出来たじゃない。全然分かんないよ。」


涙が止まらなかった。体より何よりも、親友に銃を突きつけられた事に、殺されそうになった事に心が痛んだ。寧々は苦悶の表情を浮かべていた。寧々に向かって望は叫んだ。


「寧々、撃ちなさいよ。本当に寧々がそれを望んでるなら撃てばいいじゃない!」


寧々の手に力が入る。眉間に皺がより、狙いを済ませる。そして‥‥、


銃口は静かに降ろされた。


「寧々‥‥」


望は驚いて寧々の顔を見る。夕暮れの光に照らされた寧々の顔はボロボロだが、先程までの凶悪な顔ではなく、穏やかな顔に戻っていた。


「望、ごめんね。」


バァン!


教室に銃声が響く。望は溢れる血の雨を全身で受けた。目が見開かれる。


「寧々‥?」


寧々は頭から血を流しながら、望の身体の上に倒れた。望は寧々の亡骸を抱きしめ、彼女に呼び掛ける。


「寧々!寧々!」


寧々の瞳からはすでに光が失われていた。頭蓋には空洞ができ、そこから血が溢れ出ていた。


つかつかと言う足音と共に、教室の入り口からピストルを持った一人の女性が望に近づいてくる。彼女は望に向かって言った。


「Ms.ノゾミ、ダイジョーブですか?」


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