第3話
「Everyone、キョウはwishという単語をツカッテ、あなたの願いをエイゴで教えてクダサイ。」
望は机に頬杖をつきながら教室の空からぼんやりと外を眺めていた。
願い、か。私の本当の願いは何なのだろうか?
結局考えてみてもよく分からなかった。
今、自分の手の中に黄金色をした欲望の果実があったとして、私は何を願うのだろうか。
「のぞみ!のぞみ!」
斜め後ろの席から、寧々がヒソヒソ声で自分の名前を呼んでいるのが聞こえる。
ふと顔を上げると、ALTのキャサリン先生が望の机の前に立っていた。透き通った茶色い瞳と目が合う。
「Ms ノゾミ。Tell me your wish.」
望は少し考えるように腕を組むと、キャサリン先生の豊かな胸を見てから言った。
「I wish I had big breasts like Mrs. Catherine.」
教室が静かになる。キャサリン先生はOh、と言って頭を抱えているが、白い歯を見せて笑っていた。
数人の英語が得意なクラスメイトは望の方を見て、驚き、気まづそうにしていた。他のクラスメイトは望が何と言ったか分からずポカンとしている。
その中でも寧々だけは腹を抱えながら笑い声を必死に抑えていた。
「ぷっくく、望‥あんた‥」
放課後になっても寧々は英語の授業での事をいじってきた。
「キャサリン先生みたいなおっぱいって‥‥ぷくく‥‥どんだけ貧乳気にしてんのよあんた。」
寧々は望の背中をバシバシと叩きながら笑っていた。
「うるさいなー。」
教室には望と寧々だけが残っていた。他のクラスメイトは部活に行くか、そうでなければ早々に帰宅していた。
「しっかし、自分の願いごとを英語で言うなんてすごくタイムリーだったねぇ。」
寧々が言う。教室の中は西日が差して、少しだけエモーショナルな雰囲気が漂っていた。
「寧々は叶えたい願いごととかないの?」
「願い事かぁ。」
寧々は望の隣の席の机に置いた通学カバンの中をゴソゴソ探りながら答えた。
「いちお、ない事はない。」
「何?教えてよ。」
寧々はカバンを探る手を一瞬止めて、んーと考えた。
「誰にも言わない?」
望は少し姿勢を正して
「言わない。」
と答えた。寧々は昔から掴めない性格だった。小学校から仲が良いはずなのに、知らない事が沢山ある。望には寧々の願い事が何なのか想像もつかなかった。少なくともおっぱいよりは高尚な願い事だとは思うが‥
「私ね、弟がいたのよ。」
「え?」
望は驚いた。寧々に弟がいたなんて話は聞いた事がない。
「夏の暑い日にね。私弟を連れて川遊びに出かけたんだ。弟はあんまりアウトドアなタイプじゃなかったから嫌がってたんだけど、私が連れ出してね。」
太陽が傾いていくに連れて、教室の影はゆっくりと伸びていった。さっきまでとは教室の雰囲気が少し変わったような気がした。話している時も寧々は相変わらず、自分のカバンをゴソゴソと探っている。一体何を探しているのだろうか。
「その日、弟は川に流されて溺れて死んじゃったんだ。悲しかったな。何回も後悔したよ。あの日をやり直したいって何度も思ったんだ。」
寧々の言葉に感情はなかった。言葉の一つ一つがやけに冷たかった。悲しいお話のはずなのに、彼女は同情を求めてはいない。望は怖くなって立ち上がった。
「な、何言ってるのよ寧々。あんたに弟がいたなんて私知らなかったし。もし本当だとしても
、そんな、過去をやり直すなんて。」
「そーだよね。過去をやり直すなんて普通はできない。奇跡でも起きないと。」
寧々は冷たい声で言った。いつもの寧々とは別人のようだ。
「私、もう帰るね。また明日。」
望は自分の学生鞄を掴んでその場を離れようとした。
その瞬間、寧々は自分の鞄の中に入った何かを掴み、望の方へ向ける。
「逃がさないよ、望。」
寧々の手に握られた黒い拳銃は、教室に差し込む夕日を浴びて不気味な光を放っていた。
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