第11話

 男は剣を抜くと少女に向かって叫んだ。


「先に行け!」


 少女は泣きそうな顔で首を横に振った。裾を掴む手に力を入れ、一緒に行こうと言う。


「いいんだ。行ってくれ。私の望みなど下らないものだ。きっと私の想い人は私など居なくても幸せな生活を送っている。私の望みなど全て独りよがりなのだ。だけど君は違う。君は幸せになる権利がある。行って裕福な暮らしを手に入れるんだ。」


 男はそう言うと裾を掴んでいる少女の手を振り払い、金髪女に向かって突進していった。少女はその瞬間男の背中へと手を伸ばして叫んだ。行かないで。だがその声は吊り橋を揺らす強風の音に阻まれ、覚悟を決めた男の耳には届かなかった。男は渾身の力で金髪女に切り掛かったがその一撃は軽々とかわされた。男の隙が出来た所に金髪女が容赦なく攻撃を仕掛ける。男はすんでの所でそれを剣で受け止める。


 だがその斬撃はおおよそ女性が放つ力を逸していた。全身に衝撃が走り、昨晩止血した傷から血が溢れ出す。金髪女は男がたじろいだその一瞬を見逃さなかった。残忍な光を放つ剣の切っ先を男の方に向けると、男の脇腹辺りを貫いた。金髪女が男の脇腹から剣を抜くと、暗褐色の血が流れ出す。男は持っていた剣を地面に落とすと呻き声を上げながら両手で自分の脇腹を押さえた。金髪女が首を刎ねようとするのを男は虚ろな瞳で見ていた。嗚呼、こんな事ならもう一目会っておくんだったな。


 男の首に剣が振り降ろされようとした瞬間、金髪女はビクッと動きを止めた。まるで突然見えない鎖に縛られた様に。何だ、これ、と金髪女が呻く。朦朧とした意識の中男が見たのは、藍色の髪を持つ美しい少女だった。頭に血管を浮かべ、必死の形相で金髪女の動きを止めようとしていた。だが金髪女の力は想像を超えていた。見えない鎖に縛られたままじりじりと体を動かすと、持っていた剣を少女の胸に突き刺した。そんな、と男が声を漏らす。少女は吐血してから、おじさん、と弱弱しく言った。最期の灯を燃やすように弱弱しく。金髪女は少女から剣を抜こうとするが、不思議な事にびくとも動かない。少女は消え入りそうな声で言った。


「ぼく、ぼくね。本当は裕福な暮らしなんてちっとも欲しくないんだ。本当はずっと、友達が欲しかった。小さい頃に出来た、目の傷のせいで、友達出来なかったんだ。国を出てからも、ずっと独りだった。男の振りして、強がってみたけど、やっぱり独りは寂しいんだ。でも、もういいの。おじさんと過ごした時間、短かったけど、楽しかったから。本当はもうちょっとおしゃべりしたかったけど、でも、」


少女は男の方を見てにこっと笑った。


「わたし、もう欲しいものを手に入れたわ。」


 少女はそう言うと金髪女の手を優しく握った。金髪女はまるで心までも少女に操られてしまったかのように情けない顔をして小さな声で嫌だ、と言った。少女は金髪女に優しく笑い掛け、怖がらないで、と言う。そして少女は金髪女の手を引いて吊り橋の淵へと歩いて行った。金髪女は遂に目に涙を浮かべ発狂した。


「どうして?ねえどうして私の事誰も認めてくれないの?私こんなに強くなったのに。こんなに頑張ったのに・・!」


少女と金髪女は手を繋いだまま綱をくぐり抜けた。男は少女に手を伸ばす。


「何をする気だ。やめろ!それは駄目だ!」

少女はもう一度華のような笑顔を男に向けた。


「さようなら、おじさん。」


少女はそう言うと金髪女と共に渓流へと身を投げ、姿を消した。

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