第10話
太陽が南の空を通り越し、西に傾き始めた頃だった。男と少女の行く手に一つの人影が見えた。それは神官のような恰好をした男だった。白い装束に身を包み、乏しい表情で立っていた。男は神官の姿を捉えると剣の柄に手を掛けた。だが神官は全く敵意を見せず男に向かって深く頭を下げてから言った。
「私は王宮の者です。参加者に紛れ、競技の行く末を見守っておりました。我が主はあなた様に是非、欲望の果実を手に入れて欲しいとお考えです。」
男は意味が分からないと言った。
「なぜ私が?」
「私は一介の使者にすぎませんので主の意図は分かりかねます。」
それから神官は少女を指さして、その子は?と男に尋ねた。少女は怯えたように男の後ろに身を隠す。
「この子も競技の参加者だ。」
男が言う。
「そうですか。その子が欲望の果実を手にする事は主の意に反します。今ここで殺します」
神官は無感情にかつ冷淡に言った。男は神官の言葉を聞いた瞬間、剣を引き抜いて叫んだ。
「だったら今すぐお前を殺す。」
神官は少しも動じる事無く冷めきった視線を男に寄越すと、まあいいでしょうと呟いた。それから踵を返して歩き出した。
「ついて来なさい。欲望の果実の元まで案内しましょう。」
西日が森を怪しく、美しく染め上げる中を一行は歩いた。空気が徐々に冷たくなり、夜が近づいて来るのを感じる。男は黙って神官の背中に付いて行った。少女は男の服の端を掴んで、不安そうな顔をしながら男の後を歩いている。
やがて一行は一本の吊り橋に辿り着いた。ボロ板を張り合わせて作られたようなその吊り橋は踏めば抜けてしまいそうで、橋を吊っている綱はいかにも頼りなさ気だった。吊り橋の下は流れの早い渓流になっており、ごつごつした岩が顔を見せていた。落ちればただでは済まないだろう。神官は眉一つ動かさず、吊り橋へと歩を進めていった。男は服の裾を掴んでいる少女の手に力が入るのを感じ、彼女の方を見た。少女の不安げな瞳が男の視線とぶつかる。男は少女の頭に手を置くと、大丈夫だ、とささやいた。
吊り橋を半ば程まで渡り終えた時、神官が後ろを振り返り奇声を発した。
「そんな、どうしてもう追いつかれて・・」
男は神官の視線の先を辿り、そして恐怖した。金髪女が剣を片手にもの凄い速さで吊り橋を渡ってくる。その表情はすでに先を行く三人を死に至らしめる事を決めているかのようだ。
「まずい、まずい。このままでは主の意に反する結果になる。」
神官は完全に正気を失ったようにぶつぶつ呟き、最後にはケタケタと笑い出した。次の瞬間、神官はケタケタ笑いを浮かべながら吊り橋を逆走し、金髪女に突進していった。金髪女は表情一つ変えず剣を一振りして神官の首を刎ねた。神官の胴体は白い服を赤く染めて倒れ、頭部はケタケタ笑いを浮かべたまま渓流へと落ちていった。
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