第8話

 男は巨大な樹木の根元に身を落ち着けられそうな空洞を見つけた。おそらく元々倒木があったが、長い月日を経て腐り果てたのだろう。男は地面に少年を横にすると自分も倒木にもたれ掛かって目を閉じた。ひどく疲れたような気がする。


 そうしていつの間にか男は夢の中に居た。靄が掛かった空間に男は思いを寄せる女性と共に立っていた。彼女は男に必死で何か訴えかけようとしているが、どれだけ男が耳を欹てても、まるで二人の間に見えない壁が存在しているみたいに何一つとして男には届かない。次第に彼女の顔が変貌していく。バンダナをつけた若者の顔、そして次は自分が殺めた友人の顔、最後にその顔はどんどん痩せ細っていきまるでミイラに眼球をくっつけたような顔になった。そして今度は男にも聞こえるような声で言った。


「オ・ガ・ダ。イカ・・・レ。」


 男ははっと目を覚ました。近くでは藍色の髪をした少年がくりくりした茶色の瞳で男の事を覗き込んでいた。


「良かった。おじさん血を流し過ぎて死んじゃったかと思った。駄目だよ、ちゃんと止血してから眠らないと。」


 男は自分の腕と脹脛に黒い布切れが巻かれている事に気づいた。どうやら男が眠っている間に、少年が自分のフードを割いて巻いてくれたもののようだ。


「ありがとう、昨日の事も礼を言う。野獣が急に動きを止めたのは君のお陰だろう。」


「そうだよ。僕は呪術師なんだ。まだ見習いだけどね。」


少年はにこっと笑って言った。呪術師とは男の国と戦争をしていた隣国に住む不思議な力を持つ人々の事だ。


「という事は、君は隣国の人間なのか。」


「そうだよ。僕は戦争孤児なんだ。戦争に負けてからは呪術が取り締められて、お師匠様達はみんな殺されちゃった。僕だけは何とか生き延びることが出来たんだけどね。」


少年は意気揚々と語るがその内容は随分と酷なものだ。


「それでどうして私を助けようと思ったんだ。君も報酬が目的で参加しているんだろ?」


少年は少し考えるようにしてから言った。


「どうしてかあ。独りで森を歩いてるのが退屈だったからかな。おじさんあのバンダナのお兄さんに比べて悪い人に見えなかったしね」


 少年がそう言うと男はそうかと言った。少年の様子を見る限り、嘘をついているようには見えない。


「とりあえずおじさんはやめてくれるかな。それからもう一つ聞きたいことがあるんだ。」


「何?おじさん。」


少年は聞き返す。


「君の国では女の子も自分の事を僕と言うのかい。」


男がそう言うと少年は目を見開いた。


「何で僕が女だって・・・」


「君を担いだ時にうっかり触れてしまって。」


男がそういうと藍色の髪の少年改め、少女は顔を赤くして叫んだ。


「馬鹿!変態!」

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