第6話
それは男がまだ十七になったばかりの事だ。男は彼女を誘って村の近くにある丘へと出掛けた。その日は村の長老の予言によると、無数の星が空を駆ける日だとされていた。星降る夜に祈った願いは叶うというのが村の言い伝えだった。もちろん迷信めいたものだ。だが男は自分が思いを寄せる女性と二人で出掛けられるだけで満足だった。その日は本当に無数の星が空を流れた。あんなに美しい夜空は後にも先にも見た事がなかった。男が隣を向くと彼女はじっと目を閉じて何かを祈っていた。男もそれに倣って目を閉じて祈る。
彼女がずっと傍に居てくれますように。
「ねえ、あなたは何を願ったんですか?」
彼女は綺麗な瞳を男に向けて尋ねた。男は少し考えてから答えた。
「今年一年健康でいられますように、かな。」
「まあ、随分と退屈な願いなのね。」
「そういう君は何を願ったんだい?」
男がそう尋ねると彼女は面白そうな顔をして私ですか、と聞き返す。
「内緒です。」
パキッという小枝を誰かが踏む音で男は我に返った。バンダナの男が小便にでも行こうとしたのだろうかと思いながら男は音のした方に顔を向ける。そこには若者がこちらを凝視して立っていた。月明かりに照らされた若者の顔はまるで先ほどと別人になってしまったかのように残虐な笑みを浮かべている。その両手にはナイフが握られている。
「悪いなあ、あんちゃん。起こしちまって。もう少し眠っててくれや。」
若者の放つ冷酷な一言を聞いた瞬間、男は跳ね起き、懐に置いてあった剣を鞘から抜いた。
「どういう事だ。お前は報酬には興味がなかったんじゃないのか。」
男の問いに若者はニタニタと不気味な笑みを浮かべながら答えた。
「ああそうさ、確かに報酬に興味はない。おれの目的はこの争いに参加する事なんだからな。だってそうだろ。参加者は全部で七人、つまり自分以外の六人は殺しても誰にも文句は言われないって事だ。こんな最高な事はねえ。西から東へ色んな享楽を探して回ったが、殺しに勝る享楽はねえよ。特に刃物で人を殺す時ほど至上の瞬間はないね。なあ、あんちゃん。一生のお願いだ。おれにぶっ殺されてくれよ。」
男はこの狂った若者と闘うことを決めた。ここまで歪んだ考えを持った者に容赦をする必要はないだろう。何より情けなど掛けていては自分が殺されかねない。男は剣を握っている両手に力を込め、隙を見せないように構えた。男と若者の間にじりじりとした緊張が流れる。次の瞬間、若者が残忍な光を反射したナイフを男に振りかざした。だが若者が振りかざしたナイフは男に届かなかった。
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