第5話
男は森に入った後、すぐに追跡者がいる事に気づいた。男は後ろを振り返り、剣を鞘から抜いた。するとすぐに木陰からバンダナを頭につけた細身の若者が姿を現す。
「勘弁してくれよあんちゃん。おれはあんたとやり合う気はねえ。付けたりして悪かったよ。」
バンダナの若者は両手を上げて抵抗する意思がない事を示した。
「どうして私を追って来たんだ。」
男はなおも剣を収めることなく問い掛けた。
「そりゃあ、この森を抜けるには一人より二人の方がいい。だが手を組むにしたって他の奴はどうにもいけ好かねえ。なあ、あんちゃん。頼むからその剣を収めてくれよ。」
若者の言葉に対し男は言う。
「そうは言っても欲望の果実を手に出来るのは一番早く樹の元に辿り着いた者だけだ。手を組むなど言語道断ではないか。」
「勘違いしないでくれ。おれはそんな果実に興味なんてねえ。おれはずっと田舎で退屈に暮らしてきた。だからほんの少し冒険をしてみたいだけなんだ。本当だ。もしおれ達二人が最初に樹のある場所に辿り着けたら、果実はあんたに譲って構わない。」
男は若者の言葉を聞いてしばし思案した。男の言葉を完全に信用する事は出来ない。だがもしこの先他の参加者と一戦交えることになった時、自分独りの力で何とかなるのだろうか。例えばあの気性の荒そうな金髪女と、腕の立ちそうな貴族の男と、あるいは自分の背丈と変わらない程大きな棍棒を携えたトロールのような男と。男はそこまで考えて剣を収めた。若者は安堵の表情を浮かべて男に近づいた。
彼は自分から名乗り、男に名を尋ねた。それから出身の村は何処かと男に尋ねた。男が答えると若者は驚きの声を上げた。
「随分遠くから来てんだな。あんたの村の近くに母方の婆ちゃんが住んでてな。あんたの村の事はよく婆ちゃんから聞かされるぜ。」
男と若者は木々が生い茂る獣道をただひたすらに進んだ。若者は今まで享楽を求めて各所を旅していたらしく、訪れた土地に関する色んな事を知っていた。おまけに饒舌で西の民謡から東の童話までありとあらゆる話を語って聞かせてくれた。若者のおかげで気が滅入るような旅路も男は退屈せずに済んだ。
日が完全に沈む頃二人は森の中に小さな空き地を見つけ、そこで野営する事に決めた。遠くの方で獣の遠吠えが聞こえる。きっとこの森にも山で遭遇したような野獣が住み着いているのだろう。危険を避けるために男と若者は交替で見張りをすることにした。
「あんちゃん、おれがしっかり見張っとくから安心して先に眠ってくれよ。」
男は若者の言葉を信じて先に眠る事にした。だが、その夜はいくら横になって目を閉じても眠りに着けなかった。男は十年間思いを寄せ続けている女性の事を頭に思い起こした。
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