遠点的な愛を弾く

@ushitora_shock

遠点的な愛を弾く

◆台本

金飾艮之介


◆使用条件

説明欄や詳細文などに『作品タイトル・台本URL・作者名』の明記をお願い致します。

※作品の著作権は放棄しておりません。無断転載や自作発言等、著作権を侵害する行為はお止め下さい。また、無断での改編や再配布も禁止致します。

※あくまで趣味の範囲での活動や放送、金銭の発生しないツイキャスなど、各種配信サイトでの使用は基本的に歓迎します。投げ銭・収益アイテム等での金銭発生につきましては関知致しません。チケット販売による上演に関してはご一報ください。

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※アドリブ等はストーリーを捻じ曲げない、雰囲気を壊さない程度であればOKです。

※その他ご不明な点は以下までご相談ください。

Twitter:ushitora_shock


◆キャラクター

稲沢 千代(いなざわ ちよ)(♀):大学生・女子高生。

『蓋をしたはずの気持ちの行方は。』


津島 大和(つしま やまと)(♂):教師・教育実習生。

『気付かなければ知らずに済んだのに。』


刈谷 御幸(かりや みゆき)(♀):大学生・女子高生。

『見届けるだけだと思っていたの。』


※時系列が変化するため、職業に関する表記を上記のようにしています。

以下は配役表を記載する際にご活用ください。


『遠点的な愛を弾く』作:金飾艮之介

https://kakuyomu.jp/works/16816452219758922677/episodes/16816452219758959358

稲沢 千代:

津島 大和:

刈谷 御幸:


本編

【千代M】

ようやく荷造りも終わり、いかにこの部屋に人生と愛情を込めていたのかを積み上げられた段ボール箱を眺めて、想う。

全てを持ち出そうとはそもそも思ってはいなかったが、段ボール箱の横に『それら』は片やビニール袋に、片やガムテープでぐるぐる巻きに、纏められている。

……終わりが近い。

とうに枯れたと思っていた体液も頬を伝うことで存在感を誇示している。


【千代】

最後まで持ち出そうか悩んだけど、やっぱりそれは出来ないや……。


【千代M】

もう返事のこない相手に、私は声をかける。

望んでもその返答は返ってこない、わかっている。


(SE:フローリング足音)


【御幸】

千代ー? 千代ちゃーん!! 稲沢千代(いなざわちよ)ちゃんはどこですかー!?


【千代】

こっちよー御幸!! その呼び方するとなんだか迷子アナウンスみたいよ? 刈谷御幸(かりやみゆき)さん。


【御幸】

あ、いたいた。 わぁ!! 本当に片付いた……っていうか、荷物すごいあるんだね!? 全部積み込み出来るかなぁ……


【千代M】

刈谷御幸は一言で言えば『親友』と呼べる人間だろう。

引き払いに先駆けて荷物の運び出しを買って出てくれた。

燦然(さんぜん)とボンネットの中央に『わかば』は輝いているものの、免許すらない私にとっては渡りに船、この場合は車だろうか。


【千代】

御幸の無計画なボックス車購入がこんな所で役に立つなんてね……


【御幸】

む、無計画って訳じゃないよ!?

ほ、ほら!! こうやって役に立つ機会もあったし、元々はサークルの頃の仲間とか乗せてさ……


【千代M】

あたふたと笑いつつ必死の弁明をする御幸。

まったくもって、この変わらない笑顔には救われる。

『彼』との出会いや私の心を知る御幸が今も変わらずにいてくれることは、否応なしに平穏を感じさせてくれる。


【御幸】

……千代、聞いてる?


【千代】

ううん、聞いてなかった。


【御幸】

ちょっとぉ!!


【千代】

あはは……ありがとうね、御幸。

居てくれて本当に助かった。


【御幸】

……ううん。

呼んでくれて私も本当に良かったって思ってる。

津島(つしま)先生の葬儀の時、千代……その、風前の灯ってやつ?

透けて見えてるんじゃないかってくらい、だったから。


【千代】

あの時、御幸が声掛けてくれなかったら私も──


【御幸】

千代。


【千代】

ごめんなさい、大和(やまと)さん……津島先生もそんなこと望んでないのは分かってるわ。


【御幸】

……もう、言い直さなくてもいいよぅ。

千代の大事な人だったんだから。


【千代M】

──津島大和。

今まさに荷物をまとめた部屋の住人であり、御幸と私の高校時代に教育実習生として赴任してきた先生であり……私の恋人だった。

通勤前にホームから飛び降りたか、足を滑らせたか……真相は分からないがそのまま帰らぬ人になってしまった。

もし、生前死後に隔たりがなければ今も大和さんと私は恋人と言えるのだろうか。

我ながらドラマの見すぎのような恋を、高校生にして花咲かせたのだ。

そう、高校最後の夏の終わりに──



(間)

(SE:黒板に字を書く音)


【大和】

……津軽海峡の『津』、島流しの『島』、大中小の『大』、和同開珎の『和』で津島大和だ!!

今日から君たちの学生生活において、イベントのひとつほどの期間だが教鞭を取らせて貰うことになった!!


【大和M】

若く未熟さに興味を持つ、刺激欲しさな生徒。

興味無さげに気だるげな表情で挨拶を急かす生徒。

顔を上げずペンを走らせる生徒。

7対1対1といったところか、上々上々。

欠席もなく、初日にクラス全員と顔を合わせられたのは助かった。

教育実習生という手前、好奇の目は覚悟していたがこれは思ったよりも好印象のようだ。

……ふと、自分で思い浮かべた比率に違和感を覚える。

残りの1割はどうしたことか。

教育実習に至る経緯や教師を目指した理由など挨拶を進めながらその違和感の所在を突き止める。


──いた。


こちらには目もくれず、かといって勉学に励むでもなく、気だるげな顔で退屈を主張するでもなく。

その残り1割、正確には1人はただ窓際の席をいいことに外を見ていた。

座席表には『稲沢千代』と書かれている。


【大和】

さて。

名簿は手元にあるが……顔は初めて見る先生に君たちなりの記憶の刻み方を教えて貰おうかな?


【御幸】

津島先生ー!! 出席確認ならそう言ってくださーい!!


【大和】

お、察しがいい!!

察しのいい君には栄誉ある出席確認第1号を特別にプレゼントしよう!!

自ら名乗りを上げ、部活動と……そうだな、好きな音楽を教えてくれ!!


【御幸】

えー!? なんかちょっと恥ずかしいじゃん、それー!!


【大和】

さぁさぁ、張り切って皆のお手本になって貰おうか!!


【御幸】

もうっ……

刈谷御幸です!! 好きな音楽は……


【大和M】

生徒達の顔を見れば、少しでも警戒心を解いてもらおうという努めは刈谷の協力もあり、成功しているようだ。

その後は名簿からランダムに差して名前を呼び、刈谷に習うように好きな音楽、そして人によっては様々な情報を提供してくれる。

しかし、教室の空気とは裏腹に稲沢千代は今もまだ残暑の残る外に目を向けていた。


【大和】

次は……最後か、稲沢!!

稲沢千代!!


【千代】

…………


【大和】

……おーい、稲沢ー?


【千代】

ん……稲沢千代。

好きな音楽特になし。


【大和】

……………


【御幸】

あー……先生ー?

先生は好きな音楽なんなんですかー?


【大和】

そっ、そうだな!!

俺はまだ言ってなかったな!!

はっはっはっありがとう刈谷!!


【大和M】

生徒に助け舟を出されてしまった。

少なからず教育実習生としては生徒に頼るようではいけない。

気を取り直し、一歩大人なところを見せようと少々濃い音楽を教えるとしよう──



(間)



【千代M】

退屈だった。

自分でも感じるが自分で見て、感じて、生きている世界があまりにも同級生達とは離れてしまっている、と。

おそらく人はこれを厨二病と呼ぶのであろう。

だからこそ、ここで私の世界に踏み入る人など居ないと思っていた。


【大和】

俺はな、マイケル・ケーミローというミュージシャンが好きなんだ。

分かる奴は相当だぞ〜?


【千代】

ケーミロー!?

……あっ。


【大和】

稲沢……?


【千代】

えっと……先生、ケーミローを……?


【大和】

あ、ああ。

なんだ、稲沢、嫌いだったか? ケーミロー……


【千代】

あの……その……そうではなく……

嫌いっていうか、むしろ……


【千代M】

ケーミローはラテンジャズのピアニストだ。

今どき、アイドルやバズアーティストにうつつを抜かす人が多い中で、ラテンジャズなど化石に等しい。

ましてや学生たる私が知ってるなどと。


(SE:学校のチャイム)


【大和】

おっと……チャイムか。

とりあえず、全員を今日確認出来たのは出席に真面目なクラスと分かる意味でも良かった。

短い間だが、よろしくな!!


【千代M】

せっかく見つかったであろう同志を前に、無情にもチャイムはその時を終わらせた。

さっきの話の切り方ではきっと誤解させてしまったかもしれない。

──行こう。



(間)

(SE:廊下を走る音)


【千代】

先生っ……津島先生!!


【大和】

ん……? ああ、えっと、稲沢だったな。

そうだすまなかったな、さっきは。

あまり気分のいい話では……


【千代】

違うんです、先生っ……

私、ケーミローが、大好きなんです!!


【大和】

……そうなのか?


【千代】

はい!!


【大和】

好きな音楽は特にないと言っていたからてっきり……


【千代】

それは……その、先生もご存知だと思いますがケーミローはちょっと……


【大和】

ははは!!

そうかそうか!! マイナーで話をしたところで、ってことか!!


【千代】

まさか知ってる人がいるなんて……

私より大先輩だとしても、やっぱりお若いですし、音楽ジャンル的にもちょっと想像し得なかったので……


【大和】

なんだ、それは褒めてるのか貶してるのか〜?


【千代】

あっ、いえ、そうではなくって……!!


【大和】

よく言われる。

お前は見た目の軽薄さの割に色々渋いってな。

というか、それこそ稲沢みたいな子がケーミローを知ってる方が驚いたぞ?


【千代】

父が好きで……よく家でも流していたのを聴いていたんです。

中でもケーミローは本当に好きみたいで。


【大和】

なるほどな、親御さんが。

俺は元々ピアノをやっててな、クラシックよりラテンジャズの方が性に合ってたみたいでな。


【千代】

……また意外なところですねピアノ。


【大和】

だろ? 似合わないって言われるよ。


【千代】

はい、ちょっと想像し得ないですね。


【大和】

……これ教師としては舐められてるな?


【千代】

あっ!? ご、ごめんなさい!!

い、意外だなぁってだけで、馬鹿にした訳では……!!


【大和】

分かってる分かってる。

稲沢は少し大人びてる所があるな、俺から見て同級生と会話してる気分だよ。


【千代】

よく言われます、子供らしくないって。


【御幸】

そーだよねー、千代ってば、高校入ってからさらに大人っぽくなってさー?


【千代】

御幸っ!?


【大和】

稲沢、今のは年相応って感じだったぞ。

刈谷、さっきはありがとうな? 誰かさんが淀ませた空気を動かしてくれて助かったよ。


【千代】

あっ……うう……


【御幸】

いーえー!!

千代ってば、昔から初対面の印象悪くしがちなんで慣れたもんです!! えっへん!!


【大和】

なんだ、幼なじみか?


【御幸】

中学から一緒でーす!!

中学1年の時に同じクラスでその時からあんな感じだから、なんか放っておけなくって仲良くなっちゃいました!!


【千代】

仲良く、って……あーもー、ちょっとくっつかないでよ御幸ぃ!!


【大和】

はっはっはっ!!

じゃあ、稲沢のことで悩みがあれば刈谷に聞くとするよ。

ほら、そろそろ授業の準備しないと、2限は移動だろう? 遅れるんじゃないぞ。


【御幸】

はーい!!

千代、行こ!!


【千代】

あっ……先生、またケーミローの話してくれますか?


【大和】

おお、いいな!!

放課後でも、準備室に来たらいい。

立場上、お茶菓子は出ないがな?


【千代】

分かりました!!

放課後行きます!!


【御幸】

……ふーん?

なんか、千代、活き活きしてるね?


【千代】

そ、そうかな?

あ、ほら、遅れちゃう!!


【千代M】

御幸の指摘はごもっともだ。

顔が綻び、胸が高鳴る。

楽しみだって、全身が躍るのを羞恥心がなんとか抑えている。


【御幸】

……千代、スキップは分かりやすいと思うな、私。



(間)

(SE:引き戸の音)


【千代】

し、失礼します……津島先生……?


【大和】

おう、来たか、稲沢。

……って、刈谷、お前も来たのか。


【大和M】

おずおずとドアを開け、顔を覗かせる稲沢の後ろから刈谷も姿を現す。

職員室とは別に、今回の教育実習に合わせて未使用の科目準備室を用意してもらっている。

ちなみに俺は現代文の教科を担当している訳だが、流れとしてはこの準備室で授業準備や授業のプランを立て、職員室で教科担当の先生に話してアドバイスなどを貰い、授業に臨む、といったところだ。

なので、この空間は教育実習の間はほぼ私室に近い。


【御幸】

ちょっと先生?

今のは問題発言だと思うんですけどー!?

いたいけな女子高生と2人きりになろうなんて教師は不純だと思いまーす!!


【千代】

御幸っ!!

そんな……先生に失礼でしょう!?

っていうか、あんただって赤点補習でしょっちゅうほかの先生と2人きりじゃない!!


【御幸】

ばっ、ちょっ、そそそ、それとはまた別の話でしょ!?

っていうか、そんなしょっちゅうじゃないってぇ!!


【大和】

ふむふむ……刈谷は、赤点、常習者……っと……


【御幸】

津島先生も!! メモしないで下さいよぉ!!


【大和】

悪い悪い、刈谷はケーミローには興味無いと思ってたんでな?

まさか一緒に来るとは思ってなかったんだよ。

あ、でも赤点は減らしておくに限るぞ〜?


【御幸】

ちぇっ、うるさい先生増えちゃったなー!!

まぁ、長く千代といるけどそんなものに夢中になってるなんて知らなかったので……

ちょっと興味あるな〜って!!


【千代】

そういえば、話したことなかったわね……


【大和】

なんだなんだ、稲沢は薄情な奴だな?

よし、布教も兼ねてまずは初心者向けから鑑賞会といこうか!!


【御幸】

はーい!!

ほら、千代!! 親友に秘密にしてたこと、ちゃんと解説してよー?


【千代】

はいはい……わかったわよって、もう、また引っ付かないの!!


【大和M】

どうも俺の時代より同性のこの手のスキンシップは増えた気がする。

というよりは認知、許容が増えたのだろう。

それもあって人目が付く場所でもお構い無しになったように思える。

目くじらを立てぬよう気を付けないといけない。


【大和】

稲沢、初心者なら何を聴かせる?

『Cuba(キューバ)』か?

『Yes yet(イエス イエット)』もいいか。


【千代】

さすが!!

私もそう思ってました!!

あ、御幸? この2曲はね、ケーミローの中でも人気があってどちらかと言えば……


【御幸】

千代、ち、ちょっと勢いがすごいからもう少し落ち着いて? ね? ね?


【大和M】

こうして女子高生と音楽鑑賞会は始まった。

……ま、お茶くらいは淹れるか。



(間)



【御幸】

うう……ちょっと頭痛い……


【千代】

まだ2曲しか教えてないわよ、御幸?

ケーミローの曲はまだまだ何十曲とあるのよ?


【御幸】

いやいやいや。

その2曲の!! このライブが、あのライブがって、何パターンも聴かされて!!


【大和】

いやしかしそれがケーミローの魅力ってもんなのよ……

うんうん、稲沢の興奮はよく分かるぞ。


【大和M】

日も傾き、茜色の日差しが準備室を照らし出してきたので今日はお開きということになった。

というか、直に下校時刻を迎えるので止めざるを得なかった……あのケーミロー布教マシンを。

気持ちはとても分かるんだがな?


【御幸】

まぁ、音楽の趣味ではなかったけど、人を魅了する演奏者なのは分かったかなぁ。

ライブ中楽しそうなのもいいね。


【千代】

そこがまたケーミローの魅力なのよね……

ライブとかやる以上楽しませなきゃいけない中で、正直本人が1番楽しそうにしてるんだもの。

つられてしまうのよね。


【御幸】

教えてくれなかったのは心外なんですけどー?


【千代】

だからぁ……ごめんってばぁ……

御幸は特に流行の曲とか敏感だからつまらないと思って……


【御幸】

だからって親友の好きなものを知らないのはなんていうか……寂しいじゃん!!


【大和】

その辺にして、今日は帰るぞー?

俺も現文の先生の所に行かなきゃならないからな。


【御幸】

はーい!! 千代、行こ?


【千代】

あっ、あの、ありがとうございました!!

またケーミローの話しに来てもいいですか……?


【大和】

ああ、別に構わないよ。

俺の世代でもケーミローを知る人はなかなかいないし、俺も話せて嬉しいからな。


【千代】

分かりました!! 楽しみにしてます!!


【御幸】

千代ー?


【千代】

今行くー!!

先生、約束ですからねっ!!

さようなら!!


【大和】

まっすぐ帰れよー!!

……ふぅ。


【大和M】

まだ残暑の残るこの季節に汗ばむことは避けられない。

聖職は道を目指す上で覚悟はしていたものの、部屋に残る彼女たちの残り香は勉学に青春を費やしてしまった俺には少々甘美な毒だった。

直接的ではないものの、本能的に湧く感情に蓋をする。


【大和】

……俺の馬鹿野郎。

もうちょっと、なんて、遊びに来てるんじゃないんだからな!!



(間)



【千代】

……で、やっぱり1998年のニューヨークライブの時のピアノソロ!!

これがもう……観客も沸いてるのももちろんなんですけど、ケーミローが1番楽しそうで心なしか音の飛びもとってもいいですよね!!


【大和】

そうだな!!

このライブのケーミローのアレンジはビッグバンドに合わせてあるのもあって、ノリノリだったな!!


【千代M】

ケーミローの同志と分かり、初めてこの準備室来るようになって早くも2ヶ月が経った。

パソコンでライブを流したり、動画を見たり、曲を流したりして鑑賞会をしたり。

はたまた、こうして語り合うようになって薄着だった先生も私も、すっかり厚着になりだしていた。


【大和】

そうだ、稲沢の家は古いコンポとかあるか?


【千代】

古い、コンポ……ですか?

いえ……どちらかと言えば最近のものかと……


【大和】

いやな、ちょっと特殊かもしれないけどな、古いコンポで聴くと味わいがあっていいんだ。

ほら、バラード調の曲とか暖かみがあってな。


【千代】

なるほど……

それを知ってるってことは、先生の家にはあるんですか?


【大和】

父親がな、使っていたのを貰ってよく聴いてるんだ。

少し音は劣化して聴こえるけど、なんていうか、またそれも味があってな。

今度どこかで聴く機会があれば聴いてみてくれ。


【千代M】

──聴いてみたい。

同志がそこまで言うのなら、と素直に思った。

ただ……私の周りでも古いコンポに該当するような物を持っている人が思い当たらない。


【千代】

先生。


【大和】

うん? どうした?


【千代】

──先生の家に、行ってみたいです。



(間)

(SE:玄関ドア)


【大和】

はぁ……マジか……

こんなのバレたら教員免許どころか、犯罪者に……


【千代】

わぁ……すごい、これが言ってたコンポですか!!


【大和】

あ、ああ……

まぁその辺座っててくれ、お茶でも入れてくるよ。


【大和M】

もちろん断ったとも。

しかし、まるで突進する猪のようにその身を寄せ期待に目を輝かせる『子供に戻った』稲沢を前に、大人の矜持は通用せず。

聞き分けのいい子に見えていたが、どうにも抑圧があってこそのものだったらしい。


【大和】

悪いな、散らかったままで。


【千代】

男の人の部屋って初めて入りましたけど……

話に聞くより全然綺麗ですね。


【大和】

なんだよ、話に聞くってのは?


【千代】

ゴミとか食べカスとか……あとえっちな雑誌とか。


【大和】

ブフッ!!

ゴホッゴホッ……あのなぁ……


【千代】

先生、興味無いんですか?

あ、もしかして……


【大和】

バカ野郎っ俺はノーマルだっ!!

整理整頓の教育を受けてきたから散らからないようにしているだけだって。


【千代】

……えっちな本も?


【大和】

ほらっ!! ケーミロー!!

聴くんだろ!?


【千代】

はーい!!

先生の言う、このコンポがどんな音なのか楽しみです。


【大和M】

なんとか本来の目的に戻すことができた。

コンポに近寄り、電源を入れ、ちょうどCDを入れたままにしていたので再生ボタンを押す。


(SE:CD挿入音)

(間)



【千代】

『On ice(オン アイス)』ってこんな曲だったんですね……

すごい、パソコンで流すよりなんていうか……


【大和】

暖かい、だろ?


【千代】

そうですそうです!!

音がざらついてて、こう、摩擦が起きてるっていうか……

綺麗に聞こえるよりも弾いている息遣いとか弦を弾くハンマーの軋みみたいなのを感じるっていうか……


【大和】

ははは……すごいまくし立てるじゃないか。


【千代】

あっ……ごめんなさい、ちょっと騒いじゃって……


【大和】

いいや、驚いてるよ。

俺もそう思ったんだ。

音は荒いのに、そこで弾いてるかのような一つ一つの息遣いが聞こえるような……

それをな、この1回で感じれる稲沢にも。


【千代】

あ……えっ、と……

ありがとう、ございま、す……?


【大和】

……あ、いや、変なことじゃないんだ。

俺はそう思うのに何回も聴いたからさ。

本当に好きなんだなって思ってな。


【千代】

はい……父が聴いていた、ってお話はしたと思うんですが……

ケーミローを聴いてる時の父はとても幸せそうというか、穏やかな顔をしていて。

だから、大好きです。


【大和M】

──ドクン。

父とケーミローを語る彼女から発せられた言葉、その表情に。

確かに心臓が応えた。


【大和】

あ、ああ……そうだったのか。

思い出に直結してたんだな。


【千代】

だから、ケーミローを一緒に聴ける人やケーミローの話が出来る人はとても嬉しかったんです。

今、ここに居るのも、先生にとっても良くないことだって分かってます……


【大和】

あー……確信犯か……


【千代】

ごめんなさい……


【大和】

いや、まぁうん……

教師を目指す者として、大人として……

それを咎められなかった。

大人の責任だ、そういうのは……

謝らなくていい。


【千代】

先生……


【大和M】

感傷に浸った彼女の目は、ゆっくりと煌めきを増していく。

脳の奥で警鐘を鳴らしているのが聞こえる。


【大和】

そろそろ、帰ろうか!!

暗くなってからでは親御さんに申し訳が立たないからな!!


【千代】

そう、ですね……

ごめんなさい、長居してしまって。


【大和】

そもそもこの音を紹介したのは俺だからな。

堪能して貰えて何よりだ。


【千代】

……先生、その……


【大和】

あー……皆まで言うな……

ここで止めておくのが正解なんだろうけどな……


【大和M】

俺が少なからず大人で在り続ければいい。

この表情を守れるのであれば、それくらい出来るだろう。

──その試算は甘かった、と自分自身に失望を覚えるのに時間はかからなかった。



(間)



【御幸】

なーんか最近、千代、変わったよねぇ?


【千代】

んぐっ!?

ゴホッゴホッ、な、何が?


【千代M】

それはお昼休みのこと。

なぜ人は、人が物を飲み込む時に突飛なことを言い出すのだろうか。


【御幸】

……大丈夫ぅ?


【千代】

み、御幸が変なこと聞いてくるからでしょっ……


【御幸】

そんな変なこと聞いたかなぁ?

なんか、最近明るいっていうか……

前は暇でも暇じゃなくても窓の外見て黄昏たりしてたしさぁ?


【千代】

そ、そんなだった? 私って……


【御幸】

いや、前のことすら自覚ないのはどうなの……いや、今はとりあえずそれは置いといてっ!!

最近はね? その時間も少なくなったし、なんかノートに書き込みしてる時間が増えたし……


【千代】

……真面目に授業受けてるだけよ。


【御幸】

それよ、それ!!

今までノートなんて取ってるとこ見たことなかったのに、なんでノート仕上がってたのかなって思ってたのよ!!


【千代】

授業中ずっと見てたの!?

そんなんだから赤点が……


【御幸】

あーあー!! 聞こえないキコエナイー!!

とーにーかーくー!!

帰りも最近違うこと増えたし、なーんか怪しいのよねぇ?


【千代】

うっ……


【千代M】

──あの日、先生の家に行った時から、実は何度も行っている。

ただ、もちろんケーミローをあのコンポで聴くために、だ。

あの日話をした通り、これが問題ある行動なのは重々承知している……教師と生徒としても、男女としても。


【御幸】

あのさ……津島先生、でしょ。



(間 三拍ほど)



【千代M】

昼休みの喧騒飛び交うというのに、御幸の言葉だけが無音の中でこだましたように私の中に響く。


【御幸】

……やっぱり。


【千代】

あ……っ……その……


【千代M】

言わなきゃ。

違うよ。そうじゃなくて。誤解だよ。

言うべきことが募れば募るほど、言葉にならない。

もちろん強いて述べるにしても音楽を聴きに行ってるだけ。

不純な動機などない。


【御幸】

先生の家で何、してるの……?

まさか……


【千代】

違うっ!!!!

ただ、音楽の話をしてるだけっ!!!!


【御幸】

……あー、なるほどぉ……

その反応でちょっと安心したかも。


【千代】

え……?


【御幸】

そうだよね!!

津島先生だって、大人だし……

もちろん家に入れるのはどうかと思うけど、

なかなか会わないんでしょ、その好きな音楽家の同志って!!


【千代M】

──助かった。

素直にそれだけが脳内を満たしていき、教室の音が戻ってくる。


【千代】

あはは……そ、そうなのよ。

それこそ父親以外で聞いてる人は初めだわ。

だからつい、話し込んでしまったのよ。


【千代M】

その日は先生の家に行くのをやめた。


(間)


【大和M】

今日は来ないと連絡があった。

ホッとしたかった、あるいはすべきだったにも関わらず、胸にあるのは『寂しい』にも似た『残念』だった。

……良くない良くない、と説き続けつつも、結局、部屋に女学生がいる空間は『教師モドキ』を一人の男にもどしてしまう。


【大和】

いや……言うに事欠いてアイツにも……稲沢のせいにもしちまってんな……ったく……


【大和M】

ウチは物心ついた時から父子家庭だった。

そのせいか、女性との空間に慣れがないのだとは思う。

華々しい学生生活を勉強とバイトに費やしたことで、女性との付き合い方を覚えることもなかった。

『学生』という子らを相手取る分には芽生えたてとはいえ、教師の自分でいられる。

しかしここは俺の部屋で、他の子達よりも大人びた稲沢と2人きりでいる……。

余裕なのか無関心なのか、落ち着きのある表情がケーミローを語る時、父親との思い出を語る時……年相応か、それよりも幼く愛らしく変貌する。

ギャップ萌え、とでも言うのだろうか。

あの表情が酷く俺を揺さぶる。


(SE:玄関のチャイム)


【大和】

ん? はーい。

今出まーす!!


【大和M】

来ないとは言っていたが、やっぱり来たのか?

……いやいや、希望的観測過ぎる。

逸る気持ちを抑えつつドアを開けて、


(SE:玄関ドア)


【大和M】

──息を飲んだ。


【御幸】

こんにちは、津島先生。

あ、もうこんばんは、かな?


【大和】

刈……谷……?

どうして、俺の部屋が……?


【御幸】

津島先生に聞きたいことがあって来たの!!

立ち話もなんだし……って、これは招く側が言う話か!! あははっ!!

部屋、上がっていいですか?


【大和】

えっ、いや、ちょっと……


【御幸】

おっじゃましまーす!!

わ、意外と綺麗に整頓されてる!!


【大和】

か、刈谷!?

ま、待てって!!


【御幸】

えっちな本はどこかな〜?

やっぱりベッドの下? あ、先生は玄人っぽいから本の奥に……


【大和】

隠してないし、持っていない!!

男の部屋でエロ本探すのが今どき女子の流行りなのか!? 稲沢も……あっ……


【御幸】

やっぱり千代、来てたんですね。


【大和】

それはっ、その……


【御幸】

あ、先生、勘違いしないで下さいね?

私は別にいいと思ってるんですよ?

ほら、準備室で楽しそうにしてたのも見てたし、親友の楽しみは奪いたくないなって!!


【大和】

そ、そうか……

てっきり、パパラッチ的なものを想像してたぞ……


【御幸】

むー!!

先生、私のこと実は嫌いでしょー!!


【大和】

いやいや!!

す、すまんすまん!! ちょっと状況が状況だから焦っちまって!!


【御幸】

ま、そうですよね。

急に来ちゃいましたからね。

それは謝ります、急に来ちゃってごめんなさい、先生。


【大和】

ま、まぁ……別に暇してただけだしな……

で、用事は? 聞きたいこと、あるんだろう?


【御幸】

…………


【大和】

…………


【御幸】

先生、さ。

千代のこと、どう思ってる?


【大和M】

質問の意図は分かっている。

だから返答の仕方は決まっている。


【大和】

……ちょっと大人っぽいよな。

いい子ではあるけど、もう少し、気を張らずに学生らしく振る舞っててもいいとは思うが。


【御幸】

先生。


【大和】

……なんだ。

質問には答えたぞ、用が済んだら遅くなる前に帰った帰った。


【御幸】

私のした質問の意味、分かってますよね?

聞き方変えよっか?


【大和】

待て、刈谷それは──


【御幸】(被せるように)

先生、千代のこと、すきでしょ。

もちろん、男女として。


【大和】

──っ。


【大和M】

否定しろ、津島大和。

考えるな、津島大和。

思い出すな、津島大和。

おどけながら、そんなんじゃないと言え、津島大和。


【御幸】

……もう遅いよ、先生。

女の子はそういうのですぐわかっちゃうんだから。


【大和】

頼む、刈谷……!!

黙っていてくれないか……周りにも、稲沢にも。

口止め料に何がいる?金か?成績……は俺はまだどうすることも出来ないが、どこかで上手く……


【御幸】(被せるように)

先生、言わないよ。


【大和M】

そう言う刈谷の顔は慈愛に満ちた表情で、とても嬉しそうに見える。


【大和】

どうして……言わない……?


【御幸】

いったでしょ、先生。

親友の……千代の楽しみを奪いたくないの。


【大和】

優しさの使い方を履き違えてるぞ、それは……

ちゃんとダメなものはダメだって教えるのも友情じゃないか?


【御幸】

当事者の先生が言ってるのちょっと違くなーい?


【大和】

うぐっ……痛いとこを……

だがしかし、教師以前に大人の俺が……


【御幸】

そういうの抜きにしてさ、千代のこと、すき?


【大和】

……


【御幸】

男の人として、千代のことすき?

お願い、先生、教えて。

私、誰にも言わないから。


【大和】

俺、は──


【大和M】

静かに、ケーミローの流れる室内で。

俺は、必死な刈谷の表情に屈して白状するのだった。


(間)


【御幸】

……まさか、本当に千代と津島先生がねぇ……


【千代】

こ、これでもちゃんと私が卒業するまでは、泊まりとかだってしなかったし……

そ、そういうのだって……


【御幸】

はいはい、セックスもちゃんと我慢出来てたんですねー。

すごいすごい。


【千代】

み、御幸ぃ!?

そんな昼間っから、せ、せせ……


【御幸】

なーんでーすかー?

今更ウブぶったって、ヤることヤってるんだから!!

このっこの〜!! 幸せな顔して〜!!


【千代】

ちょ、ちょっと!!

痛いわよ御幸っ……


【御幸】

あーあ、実家に行ったらお母さん出てきて、引越ししていないわよ〜、だもの。

本当にびっくりしたんだから!!


【千代】

ご、ごめん……


【千代M】

初めて先生の部屋に行き始めてからも週に何度か、そして先生が教育実習を終え、学校で会うことがなくなってからも先生の部屋には足げく通っていた。

私自身も、先生自身も、分かりきっていたことだがそれだけ男女が同じものを共有し一緒にいれば惹かれ合うのは道理だろう。

私も鈍感な方だとは思っていたが、徐々に先生の視線が男性としての視線になるのを感じ、それに悦びを覚えるようになっていく自分にもくすぐったいような、暖かいような、恋心の芽生えを感じていた。


【御幸】

ま、こうして元気そうで安心したよ。

親元離れると色々心配だからね。

もう1年近く一緒に住んでるんだっけ?


【千代】

そっか、もうそんなになるんだね……


【御幸】

時間も忘れるくらい、充実してますってことかしら〜?

はー!! 幸せなこって!!


【千代】

言葉がおかしいわよ、御幸!?


(SE:LINE系受信音)


【千代】

……あ、大和さんから……

もうすぐ仕事終わってくるって。


【御幸】

はーいはい、ご馳走様でーす!!

馬に蹴られない内におじゃま虫は退散しますよーっと。


【千代】

御幸ぃ……そんな言い方しないでよぅ……


【御幸】

ふふん、少しは残された親友のひがみくらい我慢しなさーい?

またね、千代。


【千代】

ちょっとぉ!!


【千代M】

御幸も、教育実習生といえども教師の部屋へ通う私を咎めず、今もこうして『親友』と私を呼んでくれる。


【千代】

……ありがとうね、御幸。

御幸が親友で良かったわ。



(間)



【千代】

そういえば大和さん、このコンポずっと本体で操作してますね?


【大和】

ああ、このコンポな、そもそもリモコンがないんだよ。


【千代】

えっ、そうだったんですか?

てっきり何かこだわりがあったのかと。


【大和】

んー……まぁ強いて言えば、その不便さも含めて楽しんでる、かもな。

リモコン、赤外線で簡単に操作できるけどひと手間かけてでもそれを楽しむってのは本当にそれが好きなんだって、実感できるだろ?


【千代】

なるほど……確かに。


【大和】

千代のことも、自分を押し殺して卒業まで待てたのも本当に好きになってしまってたから、な。

……卒業前に手を出してしまったら、色々とことだからな……


【千代】

ふふっ……ありがとう、大和さん。

大好きです。


【大和】

……ああ、俺も好きだよ、千代。



(たっぷり、終わりと思わせるくらい間を取って下さい)



【御幸M】

待っててね、千代。

これから私のこと教えてあげるから。

ずっとね、ずっと言えなかったの。

千代が幸せに暮らせばきっと!!

その幸せが崩れたらきっと!!!!

だから、だからね?

教えてあげたいの。

私、私ずっとずっとね!!

貴女のことがね!!!!

だから、邪魔者は蹴らないといけないから!!!!!!


【御幸】

邪魔なの、先生。


【大和】

えっ……


(SEを用いて終了する場合は電車の走行音)

(SEを用いらない場合は間を置いて以下の文を)


【御幸】

もしもし? あれ、千代?

そんなに慌ててどうしたの?

そう……電車に……ふふっ。


─了─

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