第3話 歩く要塞

第3話①

チドリ先輩との訓練からようやく解放された後は迎えの人が来るまで自由にしていていいとのことだった。

僕は、ほぼ休みなしで格闘訓練をしていたため、寮に戻って休むことにした。

僕の身体と精神はチドリ先輩のおかげでボロボロだった。


寮に着くと、真っ直ぐ自分の部屋に向かい、ドアを開けて中に入る。

テレビの音がする。点けっ放しで出かけたっけかと記憶を掘り起こす。

そういえば、鍵は閉めてなかったな。防犯とか気にしなくてもよさそうだけど。


そんなことを考えながら部屋の中に足を進めていくと、人影が見えた。

僕は警戒してチドリ先輩直伝の戦う構えをする。が、すぐに警戒を解いた。

目に入ったのは白で統一された髪、肌、着物、そして朱い瞳。

あの時の女の子がいた。

カーペットの上でお行儀よく足を折り畳んでボーっとテレビを観ている。

その姿に一瞬、胸に込み上げてくるリビドー的なものがあったが、すぐに正気を取り戻す。

ここ僕の部屋じゃなかったっけ。疑問が頭を過り、外に出て部屋番号を確認する。

間違いはない。カシムさんの伝えた部屋が間違っていなければ。

僕は彼女に声をかける。


「あの、ここ僕の部屋なんですけど……。」


少女の首がゆっくりと動いて、朱い視線が僕の視線と交差する。

不意に頬が熱を帯びる感覚があった。相も変わらず、目を見張るほど綺麗な顔をしていた。

彼女は僕を認識すると、口を開いた。


「おかえり。」


え、それだけ?

僕はどうしてここにいるのか聞いたつもりなのだが、どうやら言葉の意味を正確に伝える努力を怠っていたらしい。


「えと、君はどうしてここにいるの?」


少女が首を傾げる。

可愛らしい仕草に思わずコロッと騙されそうになる。

でも首を傾げたいのはこっちだ。


「ここの偉い人からこの部屋にアカホシがいるって聞いた。だから待ってた。私、アカホシのパートナーなので。」


初めて名前を呼ばれた。

きっと、その偉い人から聞いたのだろう。

まあ、だいたいの事情は解った気がする。

どうせ僕も彼女と話したかったのだし、ちょうどいい機会だ。

僕はテーブルを彼女との間に置いて――直接向かい合うのが恥ずかしかったので――床に座ると、彼女と向かい合う。


「そっか。分かった。もう聞いてると思うけど、僕の名前はヒロヤ・アカホシ。16歳。今日からこのセレーネで火光獣の操縦者を任されることになった。」


半強制的にだけど。

少なくとも誰にもあのトンデモ兵器を操作できないのなら現状、僕は納得せざるを得ない。


「私はヒヅキ。玉兎の神官。よろしく、アカホシ。」


「ヒヅキか。良い名前だね。よろしく。僕のことは気軽に下の名前で呼んでいいよ。大抵はみんな“ヒロ”って呼ぶ。」


「よろしく、ヒロ。」


思いを寄せる女の子に下の名前で呼ばれてまた胸がドキッとする。

これ戦いの時にも差し障るんじゃないだろうか。

あの時は必死だったからあまり気にしなかったけど、いい加減、慣れなくては。


「ねえ、いくつか聞いていい?」


僕の問いにヒヅキが「ん」と短く返事をする。


「ヒヅキたち玉兎ってどこから来たの?」


「月の裏側。」


月の裏側……。物理的な意味だろうか?

なんか違う意味な気がする。だったらもっと早く公に認知されているだろうし。


「ヒヅキたちの目的って何?」


「相応しい戦士にルナベスティアを与えること。あなた達、地球の民が地球に還るお手伝い。」


善意100%で協力してくれているのだろうか。

少なくとも僕にはヒヅキやミカヅキさんが悪い人には思えない。


「何で日本の血を引く人を選ぶの?」


「昔、私たちのお姫様が日本でお世話になった。」


昔、日本に玉兎の民が来たことがあるのか。

そんな話聞いたことないけどな。目立つ容姿をしているし。

でも、それならチドリ先輩みたいな人は別として、僕なんかよりもっと相応しい人がいるんじゃないだろうか。


「地球奪還作戦軍とか月面連合軍の兵士のほうがいいと思うんだけどな……。日本の血を引く人もいるし。」


「大人はダメ。身体が完成しているので適合率が固定される。」


「適合率って何?前は5%とか言ってなかったっけ。」


「適合率は戦士がルナベスティアの性能を引き出せる数値。使えば使うほど上がる。ヒロは私が見込んだのだから素質は問題ない。」


「いや、今日4号ルナベスティアの戦士にボッコボコにされたんだけどね……。」


ヒヅキが目を見開く。

そして、鬼気迫るような真剣な表情を作ると口を開いた。


「今からそいつを倒しに行く。私がいれば問題ない。あなたは無敵となる。」


「今日はもう、疲れたからやめにしよう。」


リベンジマッチなら僕も男である以上、望むところではあるが今日は、もう休みたい気持ちでいっぱいだった。


「仕方ない。じゃあ明日。」


血気盛んである。

玉兎の民って地球でいう、薩摩隼人とかテキサス州人みたいな民族なのだろうか。

まあ、僕の知っているのは昔の漫画の知識だけどね。歴史の授業は寝てるし。


「他には?」


ヒヅキが質問を催促する。

僕からはもう、特に聞きたいことはなかった。

やることもなく暇だったので、携帯端末を取り出して一緒にゲームをやることにする。

お互いの仲を深める親睦会というやつだ。


僕たちはその日、迎えが来るまでゲームで遊んでいた。

結果は僕の全勝であった。

僕はウサギを狩るのにも全力を出す戦士なのである。

ヒヅキは負ける度に、目に涙を浮かべて僕の背中をぽこぽこ叩いては再戦を申し込んだ。

今ならミカヅキさんの気持ちが解る気がした。

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月面帰還プログラム ルナベスティア 岡矢 射懐 @a97120k

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