第2話③
「そんじゃ、次は実戦と行くか!今度は普通にルナベスティア呼んでいいぞ。」
歴史の教科書で見た日本の魚市場のマグロのように横たわるミカヅキさんを足場にして、チドリ先輩は次なる指示を出す。
僕は流石にそれはやりすぎなのではと思ったが、足場にされた当人が穏やかな笑みを浮かべていたので彼の安息の邪魔はしなかった。
彼に前世があるとすれば、ホームベースとかバスマットとかだったのかもしれない。
「分かりました。ところで、玉兎の人達いなくても普通に動かせるんですか?」
実戦となると、前回は玉兎の女の子と一緒だったので一人乗りは初となる。
僕は経験が無いので念のため質問してみた。
「あー、ヒロはまだ二人乗りしかしたことねぇのか。別に一人でも動かせるぜ。メインプログラムはアタシたちの担当だからな。こいつらは言わばアタシたちのサポートをする副操縦士みたいなもんだな。」
先輩はそう言って、足元のミカヅキさんを小突く。
14歳の少女に踏みつけにされた玉兎の神官はニワトリのような鳴き声を上げると、少女の説明に補足した。
思ったより普通に話しかけてくるのがちょっと怖い。
「私たち神官は主に情報分析や武装管制……、姿勢制御やエネルギーコントロールなどの補助操作を担当いたします……。メインプログラムは非常時を除き担当することはありません……。」
「なるほど。」
確かに前回、あの子と乗ったときは彼女が機体の細かい制御を全て行っていてくれた。逆に言えば、火光獣自体の大まかな動きは全て僕に割り振られているのだから、一人でも充分な操縦練習は可能だ。
「というわけだ。どうせ今は練習なんだからそう気負わなくていいぜ。とりあえず、やってみろよ。ヒロ。」
チドリ先輩が健康的な歯を見せてニカッと笑う。
僕は右手を胸の前に持ってきて指輪に左手を重ねる。
「それじゃあ、やってみます。『ルナベスティア、ス―」
「おい!ちょっと待て。」
言われた通り、僕は火光獣を起動しようとしたのだが、先輩に遮られる。
「え、何か間違ってますかね?」
「いや、お前。それはないわぁ……。ないない。」
何が「ない」のだろうか。
視線を下に向けると、ミカヅキさんも先輩に賛同するように頷いていた。
「えっと……、何がダメなんでしょうかね?」
「お前、選ばれし戦士といったら、やっぱよー、もっとこう、他にあんだろうが。なぁ?おい。」
「あの、他にとは……?」
チドリ先輩がやれやれと言わんばかりに腕を広げるジェスチャーをして首を振る。
ちょっと何を言っているのか常人の僕にはよく理解できない。
先輩は腕を組んで仁王立ちすると、さも当然であるかのようにこう言った。
「ポーズだよ。ポーズ!見栄えがよくねぇと気合入んねぇんだろうが!!!」
その後、僕は約1時間ほどチドリ先輩の指導の下、火光獣起動のカッコいいポーズを練習させられた。
子供向けドラマの主役たちも、陰でこういう弛まぬ努力をしていたのだろうか。
やはり僕には荷が重いのかもしれない。
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「オラオラ!どうしたぁッ!!温ぃぞ!!!」
「ちょっ、先輩の機体、機敏すぎません!?」
ようやく火光獣を呼び出して人型に変形した後、僕は機体の動かし方の指導としてチドリ先輩と格闘戦をしていた。
先輩の機体は僕の火光獣と比べて華奢な印象を与える巨人の形をしていた。
藍色を基調とした配色で、背中には鳥の風切羽と鋭い剣のような尾翼を思わせる装飾が付いている。
足先からは猛禽を連想させる金色の長い爪が伸びていた。
しかし、華奢な見た目に反して機体から繰り出される攻撃は多彩で強烈だった。
僕は彼女の軽快な動きを捉えること出来ず、防戦一方だった。
僕が頭部の防御を固めると、先輩の俊敏に繰り出される下段蹴りが襲い掛かる。
火光獣が重心を崩すと、先輩は軸足を移して後頭部に回し蹴りを叩き込む。
その衝撃で火光獣が前方に吹き飛ばされる。
練習だから気負わなくてはいいとは何だったのか。
彼女にはかの有名なスパルタの戦士の血でも流れているのだろうか。
そんなことを思っている間にも先輩は僕の背後に回り、火光獣の背中を蹴り飛ばす。
バランスを失い、膝をつく。
「アタシの
特性と言われるが僕は火光獣の特性についてまだ理解していないことが多い。
判っていることは、熱エネルギーを使えることと車に変形できることぐらいだ。
こんな時、あの子がいてくれたらと思う。
僕は前回の侵略者との戦いを思い出す。
確かあの時は――
「ボーっとしてんじゃねぇぞッ!!!」
「うおっ!」
いつの間にか僕の目の前に来ていた玄鳥姫に蹴り飛ばされて後ろに倒れこむ。
工夫しろと言ったから考えている矢先にこれでは身が持たない。
この山賊頭のような少女は容赦という言葉を知らないのだろうか……。
仕方がないので、今度は倒すくらいの気概で行こうと頭を切り替えることにする。
まずは防御で時間を稼ぎながら分析の開始だ。
僕は玄鳥姫から繰り出される連撃を身を低くして受け止める。
彼女の言う通り、玄鳥姫は攻撃が重いというわけではない。
蹴りが主体なのもその特性ゆえだろう。
だからこそ、チドリ先輩は軽い機体に勢いをつけて攻撃するのだ。
それならば勢いを殺して特性を活かせないようにしてしまえば良い。
玄鳥姫が距離を取り、助走をつけると飛び上がる。
これは恐らく飛び蹴りだ。
僕は火光獣の頭を下げる。
玄鳥姫が頭上を通り抜けるのが見えた。
読み通り、上手くいったようだ。
が、先輩は足先の長い爪で躱された勢いを殺すと、今度は姿勢の低くなった火光獣の背中を踏みつける。
図らずもちょっと前までのミカヅキさんと同じ構図になってしまう。
「今の読みは悪くなかったな。だがなぁ、ヒロぉ。普通、攻撃ってのは躱されるのも前提として次の手を用意しておくもんだぜ?」
確かに先輩の言う通りだと思った。
彼女は常に次を読んで巧みに攻撃を組み立てている。
だが、今先輩は僕の間合いにいる。
「ええ。チドリ先輩の言う通りです。でも、僕はまだ未熟者で戦い方というものを知らない。だから、先輩の動きを観察して分析をしていました。」
チドリ先輩が「あ?」と間の抜けた声を上げる。
「どうあっても技術の差を埋められない格上の相手の動きが読めないのなら――」
前回の戦いでやった戦法、それは相手を0距離の間合いに引き込むことだ。
僕は火光獣の身体を持ち上げて反転させると、玄鳥姫の脚を掴み、両腕で抑え込んだ。
「こうしてしまえばいいってことですよ!!」
出力なら僕の機体のほうが先輩の機体よりも上のはずだ。
年下の少女の脚を掴んで離さない様は我ながら変質者染みていたが、さっきまでの屈辱がある。
フハハハハハ。どうだ、もう逃げられまい。
さて、ここからどう料理してやろうか……。
「……なるほどなぁ。まぁそう来るよなぁ、普通は。」
チドリ先輩がまるでこれも想定の範囲内とばかりに負け惜しみのような言葉を言う。
「どう見てもこれは僕の勝ちですよ。」
僕はフッと鼻を鳴らすと勝ち誇ったように言う。
もはや勝利を確信していた。
「でもなぁ、やっぱまだ甘ぇわお前。」
彼女はそう言うと、ルナベスティアのコードを叫んだ。
「『
掴んでいたはずの玄鳥姫の脚が形を変えて火光獣の腕をすり抜けていく。
「んなもん、対策済みに決まってんだろうが!!!」
藍色の戦闘機のような姿に形を変えた玄鳥姫が頭上を停空していた。
「そんなのありかよ……。」
僕はそれからチドリ先輩に3時間ほど手ひどく扱かれた。
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