第2話②
「ここが明日からの君の部屋だ。両親に許可は取ってある。荷物は明日、迎えの者が来るから必要なものだけをまとめておくように。」
セレーネのカシムと名乗る人に道中、説明を受けながら次に案内されたのは寮だった。
一人暮らしは憧れだったけれど、こんな形で強制的に実現することになるとは思いもよらなかった。
「他にもこちらに住んでいる方はいるのでしょうか?」
寮は2階建てで10部屋あり、1階には食堂や浴場、リビングなどの共同スペースがあった。
「ああ。ここにある9部屋は既に埋まっている。君の仲間たちだよ。これから一緒に暮らすことになる。といっても9人中4人は今、地球で作戦行動中なんだがね。」
そうなると、まずは残り5人と顔を合わせる必要があるのか。
どんな人たちなんだろう。
「ここに住んでいる皆さんはやはり、軍人なんでしょうか?」
「元軍人という者はいないね。共通点を上げると、うち4人は君と同じかつての地球の日本人の血を引く青少年だ。それ以外の5人は玉兎の民だね。」
同じ年頃の人たちが一緒の寮にいるとは初耳であった。
しかも、地球の日本人の血を引く者。何か意図があって選ばれたのだろうか。
「僕も日本人の血を引くから選ばれたのでしょうか?」
「それだけではないはずだけどね。ともかく玉兎の民というのは戦士として日本人の血を引く者を選ぶ傾向がある。中には混血の子もいるよ。まあ、詳しい理由は君のパートナーに聞いてみるといい。」
カシムさんはそう言うと、次の担当の者から呼び出しがあるまで部屋で休んでいていいと言い残し、元の職場に戻っていった。
パートナーという言葉を聞いてあの少女の「またね」という言葉を思い出す。
玉兎の民も住んでいると言っていたが、あの子もここに住んでいるのだろうか。
まさかね……。
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部屋でしばらくの間、携帯端末に届いたメッセージの確認をしながら、寝っ転がっていると、乱暴にドアを叩く音が聞こえた。
返事をしてドアを開けると外には中学生ぐらいの溌溂そうな小柄の少女と物腰の柔らかそうな線の細い玉兎の民の青年がいた。
少女はユカと同じような前衛的な服に身を包み、青年のほうは白い袴を着ている。
「よう!お前が噂の新入りだな!」
少女が白い歯を見せて笑う。
隣の青年はそれを見ると、僕のほうに顔を向けて申し訳なさそうに話す。
「申し訳ございません……。このような不躾な挨拶となってしまい……。わたくしはミカヅキと申します……。この娘を選んだ玉兎の神官です……。ほら……、チドリもまずは挨拶して……。」
そう言いながら、ミカヅキさんは諭すようにチドリと呼ばれた少女の背中をさする。
なんか触り方が児童誘拐の不審者みたいに怪しいのは気のせいだろうか。
「っせぇ!!触んなっつってんだろロリコン野郎が!!」
少女の強烈な回し蹴りがミカヅキさんの顔の中心を正確に捉え、玉兎の神官の青年は空気の抜ける風船のような悲鳴を上げて頭から崩れ落ちる。
それを害虫でも見るかのように一瞥すると、彼女は僕に向き直って話を続ける。
「おう。自己紹介がまだだったな。アタシの名前はチドリ・スミルノフ。14歳。
第4号ルナベスティアの戦士だ。カシムのおっさんに頼まれてお前の指導に来てやった。」
「ど、どうも。僕はヒロヤ・アカホシ。今年で17歳だよ。一応、第5号ルナベスティアの戦士ということになってる。よろしくね。」
約一名が痛みに悶絶……いや、なぜだろう。どこか幸せそうにも見えるが話が進まない気がするので無視して自己紹介をする。
「ヒロヤか。うん、ヒロでいいな!よし、ヒロッ!お前は今日からアタシを先輩と呼べ!今日からみっちりアタシが直々にしごいてやる。」
「……分かりました。お手柔らかにお願いします。チドリ先輩。」
僕は険のある年下の少女に愛想笑いを浮かべると「ついてこい」と背中で語る彼女の後に続いた。
ミカヅキさんをその場に残して。
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屋外の広い訓練場のような場所まで案内されると、チドリ先輩は僕の指輪を指して言った。
「おっし!ヒロ。まずはお前のルナベスティアを呼んでみろ。クラヴィスを外して呼びたい場所に向ければ、そこに出てくるから。」
僕は言われるがままに指輪を外して広い空間に向けて火光獣を呼び出す。
初めて外から見る火光獣は巨大な白いレーシングカーのような外観をしていた。
所々に赤い線が車体を彩り、コクピットからヘッドライトの流線はげっ歯類の頭部をモチーフにした機械を思わせた。
要するに昔のテレビで見た特撮番組でヒーローが乗る、男児の心を掴むようにアレンジされた動物がモチーフのロボットという表現が近い。
「おうおう!中々イケてんじゃねぇか!」
火光獣の周りをクルクルと走り回るチドリ先輩から、お褒めの言葉を預かる。
「こういう呼び出し方もあるんですね。」
「ま、普通はこんな使い方しねぇけどな。わざわざ乗るのだりぃし。」
「これって仕舞い方はどうするんでしょうか?」
「あ?お前、前回戦ったのに知らねぇのか?」
「前回は玉兎の女の子と一緒に乗っていたので。」
以前の騒動の時はあの女の子が起動から戦闘までサポートしてくれた。
火光獣についてもコクピットから出るといつの間にか消えていたのだ。
「ルナベスティアは資格のある者が『戻れ』と念じるだけで消えるのです……。」
突然、背後からかけられた声に吃驚するとミカヅキさんがいた。
復活して追いついてきたのだろう。
「ミカヅキさん、復活したんですね。」
「ええ……。よくあることなので……。」
ミカヅキさんはそう言って悲しそうな……いや、やはり幸せそうに見える顔をした。
月の原住民とは文化の違いもあるのだろうし、あまり、深く追求しないほうがいいのかもしれない。
僕は彼の指摘通り、『戻れ』と念じると、火光獣は赤い光に包まれ、光の線となり指輪の中に格納された。
その後、「アタシが説明してるところを邪魔するんじゃねぇ」と飛び蹴りをかます少女の足が玉兎の神官の後頭部を捉えると、彼はまた心地よさそうな顔をして地に伏した。
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