第1話②

月の丘の上で一人、思い出に浸っていると後ろから声をかけられた。


「あれ?ヒロくんじゃん。」


声がする方向に顔を向ける。

アキトの1つ下の妹、ユカがいた。

地球奪還作戦軍の軍服の模倣品のようなアバンギャルドな服を着たユカは長い髪を後ろに纏めて、ハンバーガーを口いっぱいに頬張っていた。

女子学生ということを考慮しても頭のネジの外れた若者にしか見えない恰好なのに、なんか妙に様になっているのは何故だろうか。


「ユカか。何その服は。学校はどうしたのさ?」


「今日バイトあったからそっち優先してサボった。」


学費を自分で稼ぐためにアルバイトを始めたにも関わらず、学校の単位よりバイトを優先する本末転倒な放蕩少女はさも当然かのように言ってのけた。


「ヒロくんこそ、ここで何黄昏てんの?」


「うん、ちょっとね。」


「あ、もしかして例の幽霊の子探してる感じ?」


「違うね。僕はここで思い出に浸っていたんだ。」


「そっか。幽霊の美少女との思い出に浸っていたんだ。」


上手に躱したつもりが、僕の考えていたことは即座に看破された。

いったい何故だ。不服である。


「ねえ、髪の長さはどれくらいだったの?どこのブランドの服着てた?」


「いや、なんでそこから聞くんだよ。」


むしろ、僕が聞きたい。君のその服はどこで売っているんだい。


「だって、兄貴からそれ以外のことは聞いたし。で?どうなの?」


「髪はそんなに長くないよ。肩にかかるぐらいの長さだった。服はどこのものだか知らない。ただの無地のワンピース。肩から先が出てて膝が隠れる位の丈のやつ。」


「ふうん。なんかヒロくん、ストーカーみたいでキモいね。」


ユカがからかうようにけたけたと笑う。

聞かれたことに対して丁寧に答えたのにキモいとは何事か。

しかもストーカーとか。しかし、言われてみれば返す言葉もない。


「ねえ。今度私、それくらいの長さに髪切りに行く予定だから似たような服着てあげよっか?」


「お前、昔からずっとその長さだろ。なんかそれ勿体なくない?」


僕が学校に入る前の年の頃、よくアキトも入れて3人で遊んでいた。

たまにユカの長い髪で僕とアキトが『飛翔天馬頂上盛り』なる雑誌で見た異星人のような髪の編み方を研究していたことを思い出す。

ユカの髪が短くなるのはどこか寂しい思いがした。


「そっか。長い方が色々便利だもんね。」


「まあ、そうかもね。」


ユカは「そうかそうか」と言って後ろ髪を撫でると、それきり黙って、月の海を眺めていた。

右手に嵌めた銀色のブレスレットが印象的だった。

彼女が3個目のハンバーガーを食べ終えるまで、僕たちはそこでボーっとしていた。



============



ユカと別れてから帰路に着く。

彼女はバイトの休憩中だったらしく、駆け足でどこかに向かっていった。


駅に向かうと、何やら人だかりが出来ていた。

帰宅ラッシュにはまだ早いはずなので近くの人に訊ねる。


「何かあったんですか?」


「2つ先の駅で事故があったとかで列車が止まってるみたいなのよ。運転再開も未定らしくてね。タクシーも全く来ないしで皆困ってるの。」


僕はお礼を言うと、携帯端末でニュースを調べた。

ニュースには事故があったというのみで詳しいことは書かれていなかった。

続いて交通情報を調べる。

やはり、しばらくここで足止めになるらしい。

無酸素空間用の装備もないので歩いて帰るわけにはいかない。


仕方が無いので親に連絡を取る。

繋がらない。メッセージにも反応が無い。


さて、いよいよどうしたものかと悩んでいた時、遠くで獣の甲高い雄叫びのような音が聞こえた。

続いて人だかりからどっと悲鳴が上がる。

僕は端末から顔を上げて人だかりの先を見る。


視線の先には鎌のように大きな腕を振るって構造物を切り裂く巨大生物がいた。

巨大生物は列車のように大きな胴体を4本の足で支え、背中の羽根を威圧するように広げていた。

切り裂かれた構造物から人の群れが飛び出すと、鎌の腕で器用に捕えて口に運ぶ。

博物館の標本で見たカマキリという昆虫によく似ていた。

巨大カマキリは目の前の構造物から人がいなくなるのを確認すると今度はこちらに視線を向けた。

それを見て人の波が一気に押し寄せてくる。

揉みくちゃにされて足を動かすことも出来ず呆気に取られていた僕は気が付くと駅の前に1人取り残されていた。


「なんなんだよあれ!」


カマキリがこちらに向かってくる。

僕は慌てて立ち上がり、死に物狂いで走った。

しかし、時既に遅し。

巨大生物は駅の天蓋にその鎌を振り下ろし始めていた。

外敵の攻撃により、穴の空いた箇所から空気が流出し始める。

僕は死を覚悟し、その場に蹲って目を瞑り息を止めた。


「大丈夫?」


女の子の声が聞こえて思わず目を開ける。

最初に映ったのは真っ赤な瞳。

それから、白で統一された肌、髪、着物。


以前と服装は違うが間違いない。

いつか見た幽霊の女の子が腰を屈めて僕の顔を覗き込んでいた。

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