第1部 第27号侵略者ロンウェー

第1話 白い巨人

第1話①

僕が月の海で幽霊を見たのは学校が休みの日に1人でキャンプをしていた時のことだった。


彼女のことを幽霊だと思った理由は2つある。


1つは僕が彼女のことを嘘のように凄く綺麗だと思ったからだ。


淡い水晶のように透き通る肌、シルクのように艶のある白い髪、そして熱を宿したように輝く朱色の瞳。


ほんの束の間だが彼女と僕の視線が交錯した時、僕は彼女のことをこの世で1番美しいと思った。


それから、2つ目の理由。


彼女は月面コロニーの酸素空間の外、つまりは宇宙空間にメットも被らず着の身着のままの姿でいた。


白いワンピースだけを身にまとい、我らが人類の母なる星、地球をボーッと見つめて。



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「ヒロ、もうハヤムラの授業終わったぞ。」


幼馴染みのアキトに揺すられて目を覚ます。

やはり、歴史の授業中に眠ってしまったようだった。


「……おう。サンキュ。昨日のシバタ先生のしごきのせいかな。全然、疲れ取れなくてさ。」


「いやいや。そんなもん関係なく寝るだろ。ハヤムラの授業だぜ?むしろ、起きてた奴の方がレアだわ。」


友人とそんな他愛ない話をしながら笑い合う。

ハヤムラ先生の授業はいつも厳粛な式典のように静かなムードで行われる。

生徒達は姿勢を正して常に静寂を保ち、完全無重力下で栽培された芋のようにか細い身体から発せられる、念仏のような講義にひたすら耳を傾けるのだ。

そして、授業が終わる頃にはほぼ全ての生徒が彼に向かい感服いたしましたとばかりに恭しく頭を下げている。

要するに退屈すぎて授業中にみんな寝ている。

クラスの秀才、アケチ君曰くハヤムラ先生の声には睡眠の質を向上させるアルファ波が出ており、それが僕達育ち盛りの生徒を夢の惑星へと誘うのだそうだ。

故についつい夜更かしをして不眠に悩む生徒達には大変、好評であり彼を敬愛する者すらいる。

かくいう僕もその1人である。


「そういえばさ。お前が幽霊見たって話、うちの妹に話したら詳しく聞かせてほしいって言ってたぜ。」


「あー。でもあれ以上無いよ?」


「そっか。なら彼女のいないヒロ君が見た寂しい幻覚だったってオチを付け足して話しておくわ。」


「そういう心に来ることを言うのはやめて。」


僕が遺憾の意を表明するとアキトが「悪かったよ」と言い、またお互いに笑い合う。


「お、何の話?」


「ヒロが彼女欲しくてとんでもない美少女の幻覚見たって話。」


「だからやめろって!」


気の置けない友人との会話はそれから男子グループ全体を巻き込んだ会話に広がった。

僕の精神は友人たちの見えないナイフによりズタズタだったが、僕へのイジりに飽きたアキトの話題の転換により、最終的にはクラスの女子で誰が1番可愛いかという話題になった。

押しも押されぬ白熱した議論は長丁場となり、結論は担任の教室への乱入により保留となった。


ちなみに僕は先の議論で影のある孤高の美少女ナガムラさんを推薦した。

その後、どこからか噂を聞きつけた女子がそのことをナガムラさんの耳に入れ、彼女からときどき得も言われぬキツい視線を浴びるようになった話は割愛する。

僕は知らぬ間に失恋をした。


やがて、帰りのホームルームを終えて学校の皆と別れる。

何となくフラフラとしたい気分だったので商業地区で寄り道をした。


いよいよ、見る物も無くなると、僕はふと幽霊の女の子のことを思い出した。

見晴らしの良い月の丘に足を向ける。

そこからは月の海が遠くに見えた。


僕は彼女が裸足で月の海に佇む姿を頭の引き出しから取り出しては何度も鑑賞する。

正直に言うと、僕は幽霊のあの子に夢中だった。

あの子に比べれば学園のマドンナだってどうでもいい。

もう一度会えるのなら幻覚でも何でも良いから会ってみたいと思っていた。

だから今の僕には彼女なんて必要ないのだ。

いや、強がりじゃないし。

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