第2話 彼女のとなり

自分の部屋でお好み焼き用に解凍されたエビを見た奈月の第一声は、

「これエビフライもしくは天ぷら向きに見えるけど…」

エビの思いがけないサイズ感に戸惑っているようだった。

「これしかなかったの。なつ、エビが好きだったよね?小さく切って使えばいいかなって思って解凍しちゃった」

「育ち盛りの娘に食べさせるお母さんじゃないんだから。私になんて小エビ食べさせておいたらいいの」


呆れた声を出す奈月をおそるおそる見上げれば嬉しそうにしっかりと笑っていて、映海も嬉しくて思わず笑ってしまっていた。

「ありがとね」

奈月が視線を合わせて微笑むから、照れくさくて目を反らしてしまい、エビの尾を重点的に見つめて楽しい土曜の夜を思い描いた。お風呂上りは奈月の長い髪をドライヤーで丁寧に乾かしてあげよう。それから一緒に動画を見て、少しお酒を飲むのも楽しいかもしれない。


「私にそんなに気を遣わなくてもいいんだから。映海は優しすぎ」

奈月の言葉に反論しかけると、奈月の小さなバッグからスマホが彼女を呼び出す音がして、映海は邪魔者となった自分の居場所を探してうつむいた。

スマホを取り出して奈月はすぐに呼び出し音を止め、顔を上げた映海に再び微笑んだ。

「お好み焼きの準備しよっか」

「あ、今の大丈夫だった?お話しするなら外に出るよ」

奈月が今日一番の優しさの溢れ出る笑顔で首を横に振って真顔になった。

「お話しはしません。そっちの携帯も次鳴ったら無視し」

「あ、次は私みたい~タイミングすごいね~。え?無視?」


柔らかな音色で鳴り出す自分のスマホを手にして、画面によく知る名前が表示されている安堵感で奈月の言葉こそを無視してしまった瞬間、奈月が整えられた綺麗な眉を寄せた上に目を閉じ大きなため息をついた。

あ、失敗したかも…。


映海の動揺をよそにスマホの向こう側からは苛立った声が響いた。

『映海? そっちに奈月いるよね? あいつ今電話切りやがったからバチくそむかつくんだけど! くそ女!奈月出してくれる?』

双子の妹の剣幕に押されて返答に困り、床と壁で作られた直角をおかしな角度で見ていると、奈月がスマホを取り上げて据わった目で話し出した。


「クソ女だけどー。こっちにくると思ったのよ。映海に無視しろって言ったのに、この子妹思いで電話に出ちゃうから」

『何電話切ってんの? 扱い違いすぎない?』

奈月は映海の心配を打ち消すためにか、自分の使う機種とは違うスマホだというのにスムーズにスピーカーホンに即切り替えて、映海に目配せを送って唇に人差し指を当てた。

「私に迎えに来いとか無茶ぶりでしょ? 言う相手違うから。ちょっとはお姉さんを見習いなさい」

映海を見て優しい笑みを浮かべる奈月がわざと怒ったような声を出していると知り、自分のスマホを取り戻そうとすると秒でかわされた。

『奈月は映海ばっかり贔屓するー』


妹の声に顔中が一瞬で真っ赤になるのを感じた。

そんなことないと強く否定したかった。


「彩海と映海が同じであるわけないでしょ?おかしなわがまま言わないの」

えみはえみ、あやみはあやみ。

奈月の声は嘘のように柔らかかった。

黙る彩海に奈月は続けた。

「今どこにいるの。すぐに行く。彩、それまで明るいところにいなさい。話は後で聞くから近くのコンビニでもいて。映海も心配してるからお願いね」


スマホを奈月に手渡されると同時に謝った。

「あやがごめんなさい!なつに心配かけるようなことを」

「いいよ」

奈月は勝手に映海の服へ適当に着替えていて、露出度の低い服装へ変わっていた。

「姉さんや私に当たらずにはいられなかったくらい嫌なことあったんでしょ。わがままなお姫様だけど、まあね」


分かるの?と言いかけた映海の顔を奈月は覗き込んだ。

「映海の妹じゃなかったら無理」

「ごめんね、うちの妹が」

「いい、いい。あいつはいつかマジでしばくから」


奈月の正真正銘の真顔に映海は謝罪の言葉がすぐには浮かばなかった。

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陽だまり @nagi0916

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