陽だまり

第1話 その手にふれさせて

季節ごとに変わる髪の色。どんなに色が変わろうとも、どんな光の中でも輝きを失わない彼女の髪の健康さは、そのまま彼女の性質のようで奈月には眩しかった。彼女のソフトクリームを溶かした夏の太陽、年中冷たい光を放つ事務所内の白色光、男を振ったと言って涙ぐんだ時の冬の月明かり。どの光に包まれていても彼女の良さが損なわれることはなく、いつだって奈月の目には輝いて見えた。


平日だけではなく、休日まで自分と一緒にいて飽きないのだろうか。

華奢な腕時計に視線を落とす映海に問いかけたところで、彼女の本心を聞かせてもらえないのは分かっていた。

「なつ、そろそろ行く?ごめんね、しゃべりすぎちゃった」

「全然いいよ。でもそろそろ行こうか、チケット出すので混んでそうだし」

ところどころ適当な相槌だったのだから謝るべきはこちらの方だろうが、映海はそれを知ったとしても謝る、良くも悪くもお人好しだった。


奈月はレジへやって来た店員に伝票を渡して会計を済ませ、壁の時計で映画が始まる20分前だと知った。

「お会計ありがとう。映画館でお金渡すね」

「いいよ。ここは私が払っておくから、夕食お願い。焼肉でも行く?」

「えー!」

ただの冗談に本気で驚くのだから、こちらが驚かされる。

今までどうやって生きてきたのだと。

映画館が近くてよかった。信号待ちも時間としてはさほど気にならない。


「だって夕飯をなつと一緒に食べるつもりだったから、お好み焼きの準備してきちゃったよ」

「うそでしょ。何にも聞いてないし、私に次の予定あったらそれどうするの?」

映海がさらに驚いた表情を見せてから慌てて笑ってみせた。

「そっか、そうだよね、ごめんね。明日日曜日だったから、なつがうちに来るかもって思っちゃってて」

奈月が信号待ちで気になったのは、映海の肌を照らす強い太陽光だけだった。たかが数十秒の照射で彼女の肌の色が変わるわけもなかったが、白い肌が映海に良く似合っていたから、夏にもならない内から肌が焼けるのを思わず心配してしまっていた。


「だいたいなんでお好み焼きよ。私、好きだとかって言ったっけ?」

「言ってないけど、なつの好きな具ばっかりだよ」

青に変わったというのに歩き出すのではなく、映海は奈月の腕を両手でつかんでいた。

引き止められるような形で奈月は足を止め、映海の手に手を重ねかけて袖についていたホコリをつまむふりをした。自分のどうでもいい小芝居に自分で呆れた。

「青だから。遅れるよ」

腕をつかむ両手に力が入り、映海を見つめれば困り果てた表情でたくさんのことを話し始める。


「予定が終わったらうちに来てくれる?なつとね、聴きたい曲いっぱいあるし、まだおしゃべりしたいの。だめかな、無理?来週でもいいから」

「映海、お好み焼きの準備してるの今日だよね?来週でもいいの?」

だめでしょ。奈月は一人で呟いた。

「イカとかエビとか解凍しちゃったけど、お好み焼き焼いてまた冷凍しておいたらいいし!」

「え?なんかマトリョーシカ的な?」

「マトリョーシカかな?」

「いやわかんない。何となく」


奈月の返事に安心したかのように映海が笑いはじめ、青信号が点滅を始めるのを見て、奈月は映海の背中をそっと押して走り出した。

「青だから。行くよ」

「うん」

「予定はないから大丈夫」

そう伝えれば隣でうれしそうに「うん!」と頷く声がした。

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