0-2「曇天」

 5月某日、梅末高等学校、2年1組。教室の一角にて、頬杖をつき、虚な瞳で時計を眺める少年がいた。

 少年はふと窓の外に目を向ける。

「ハァ…」

 窓の外に広がっていたのは、見ているだけで陰鬱になる程の鉛色の空。5月に入って以来、少年は一度も青空を見ていなかった。

(あの日も、こんな天気だったな…)

 少年は元より、雨が嫌いな訳ではない。それどころか好きな方だ。ただ。

(姉さん…)

 鉛色の空は、少年に忌々しい記憶を思い出させるのだ。

「…ん?」

 ふと、雨音がしなくなっていることに気がつく。昨晩から降り出した大雨は、いつの間にか小雨へと変わっていた。

───キーンコーン…

 教室に軽快な鐘の音が響き渡る。それに呼応して、教室の至る所から溜息が聞こえてくる。

「では、次回までに書き取りを済ませておくように。挨拶」

「起立、礼」

 日直の号令よりも遅れて起立し、さらに遅れて浅く礼、そのままリュックのチャックに手をかける。

「なあ今日ラーメン食ってこうぜ」

「あー、ごめんバイトだから無理だわ」

「今週の課題だるくない?」

「それ!この量写すとか無理っしょ」

 全方向から楽しげな声が聞こえてくる。反面、少年は一人黙々と帰路に着く用意をしていた。

 課題に使う最低限の物を詰め込み、逆に置いて行っても支障のない物を机の中に入れていく。最後に筆箱をリュックに入れ、勢いよく背負い、早足で廊下へ向かう。

 扉のレールをまたいだその時だった。

───ブー、ブー、ブー…

 振動を感じ、少年は足を止めてポケットから携帯端末を取り出す。

 画面には「紫雲しぐも奈月なづき」と表示されていた。

(紫雲から?珍しいな…)

 少年は戸惑いつつも、通話ボタンを触る。

「もしもーし、スミくーん?」

 スピーカーから聞こえてきたのは、明るい女性の声。

「よう、お前が電話なんて珍しいな、紫雲」

「うん、ツチヤっちから伝言があってさ…」

 ツチヤ、という名前から何となく伝言の内容は察せた少年は、あえて伝言の内容は聞かず、何故直接伝えないのかを紫雲と呼んだ女性に聞いた。

「伝言?ツチヤさんに何かあったのか?」

「何か急用ができたんだって」

「急用…?あの人にか?」

 少年にとってツチヤと言う人物と急用という言葉は似つかわしくないようで、首をかしげる。

「何かめっちゃ急いでたよ…男かなぁ?」

「…さあな」

 どうにも解せない少年だったが、紫雲の様子にこれ以上の詮索は不毛だと判断し、次の質問に移る。

「何その反応、つまんなー」

「…で?何なんだよ、伝言って?」

「あー、そーだったね。えっとね───」


───怪人が出現したって。

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