第8話
ファミレスにつくと、先輩はすぐにメニューを見てさっそく高そうなステーキを頼んだ。しかも、ドリンクバーをつけて。
もしかしなくてもこれは僕が払わないといけないやつだ。運動部の女子はやっぱり食べるんだなと思った。
「あ、今失礼なこと考えたね。デザート追加で〜」
「それは理不尽でしょ」
「すみませ〜ん、これもお願いします」
話を遮り先輩は勝手に頼む。なんかこの勝手さは彼女にも似ていて、彼女を相手にしているようだった。さすが彼女の友達。
僕はポテトとドリンクバーだけ頼んだ。というか財布を見るにそれしか腹が溜まって食べられるものがなかっただけだ。
先輩が気づいたようにドリンクバーにジュースをいれて持ってくる。タイミング良く注文した品が届く。先輩はそれを一口食べる。
「美味し〜〜!!」
頬を抑えて目を光らせる先輩は本当に美味しそうだった。
「君も食べる?一口いる?」
そう言って豪快に切られて分厚い肉を僕の前によこしてくる。これだと間接キスになってしまうと、僕は遠慮する。
先輩は残念そうにそれをパクッと一口で食べる。
僕もドリンクバーでジュースをいれてから、運ばれてきたポテトをつまんだ。
ある程度食べ終えた時先輩が口を開いた。
「で、何が聞きたいの?」
いきなりの切り出しに咀嚼をやめる。それを飲み込んで僕は聞く。
「その、先輩って仲良かったんですよね」
「うん。よかったよ」
「それじゃあどうして死んだのかは?」
先輩は手を止める。
「それはわからないんだ」
ここまでは聞いたことのある話だ。
「それじゃあ彼女は、先輩以外に仲のいい人はいましたか?」
先輩は持っていたフォークを置いて口ごもる。そのまま下を向いたまま何も言わなかった。
彼女が前も言っていた。私の死でたくさんの人が泣いていたと。ならきっと先輩以外にも彼女のことを知っている人がいるはずだった。それに、彼女はそれ以前に……
「前に先輩言ってましたよね。彼女には仲の良かった友達がいたって。その人について教えてもらえませんか」
僕はあわよくば会えるかもしれないと淡い期待を抱いていた。彼女が言うほどだ、きっととても仲がよかったんだろう。その人なら、もしかすれば、と。が、ようやく口を開いてくれた先輩の言葉に、その期待は打ち砕かれるどころか僕は自身の発言を後悔することになった。
先輩は何かを決めたように一度唇を舐めてから、僕を見た。
「そうだね。百恵の前にまずその子の話だね」
そうしてこの広い店内に、先輩の声はゆっくりと、重量を増すように、ずしりと重く響いた。
「そう。百恵には、私よりもずっと仲のいい子がいた。千佳ちゃんって言うんだけど、実はその子、亡くなったの――――自殺で」
「…………」
自殺というワードが僕の心臓をぎゅっと握りしめた。僕はただ驚くことしか出来なかった。そのまま黙っているとグラスからからんっと、氷が崩れる音が鳴った。コップの水滴と僕の額の汗が流れたのは同時だった。
「重たい話になるけど、いい?」
僕は首肯する。当たり前だ、僕が聞いているのだから。
「確かに百恵と私は仲が良かったけど、多分その人と百恵はもっと仲が良かったよ。私と遊んでる時もその人の話ずっとしてきて、付き合ってんのかってくらいね」
「先輩はその人のこと知らないんですか?」
先輩は首を縦に振る。
「他校の生徒らしくて、私たちの学校からは少しだけ遠い学校だったし、百恵が楽しみにしている二人きりの時間を邪魔するのも野暮かなって思って会ったことないの」
先輩は水を一口飲んでから続けた。
「でね。実はその女の子も小説を書いてたんだ。私は読んだことないけど百恵がすごい好きだったのを覚えてる。書籍化もしているらしいけど、私は知らないんだ」
ここまで聞いている限り全く自殺するほどのことはないと思うのだが。
先輩は僕の様子を伺いながら、時々心配と悲観の両方の表情を覗かせながら続けた。
「ここまでは幸せそうだった。百恵も、その子も」
そう切り出した途端、気のせいか店に流れるメロディーが妙に暗く、まるでその話を強調させるように盛り上がった。指揮棒を振るうように先輩は続ける。
「実はその女の子の小説、人気だったけどすごく批判とか今で言うアンチが多かったらしいの」
「誹謗中傷、ですか」
「うん」
ぎゅっと拳に力が入る。爪痕が残る。
「本が出るにつれて、その批判の嵐は大きくなって、とうとう耐えられなくなったその子は書くのを辞めたの。百恵も拒絶されて、部屋に引きこもっちゃったらしいの」
「…………」
何も言葉が出ない。先輩は僕の頭の整理がつく前に、ゆっくりと続けた。
「それで、最後には自殺しちゃったの。自身の学校の屋上から」
「そんな…………それで彼女は」
「百恵は、その事件を聞いてショックを受けてたよ。まるで絶望したような表情で、魂が抜けた抜け殻みたいに過ごしてた」
元気な百恵からは想像も出来ないほどに、と先輩は付け加えた。
「私の話も聞こえてなくて、それで急に学校にも来なくなって……それで」
胸が焼けるように痛み思わず嗚咽を漏らした。
「だ、大丈夫?!」
先輩は咄嗟に僕の隣に来て背中をさすってくれる。それでも腹には何かがのしかかり、胸には火がついたようにどす黒い感情シミのように広がっていった。
僕は水を一気に飲む。まだ痛い。
「すみません。お手洗いに行ってきます」
重たい足取りで先輩から離れるようにトイレに向かう。そして大便器の扉を勢いよく開けあまりの気持ち悪さに嘔吐した。
久しぶりの嘔吐はいい気分がしない。喉にはなにか詰まったような感触がし、何より彼女の自殺が頭にチラつく。
彼女の友人も飛び降り自殺。まさに彼女と同じだ。じゃあやっぱりその子の影響で彼女も。
いやまだ結論付けるには推測が過ぎる。とりあえず一旦落ち着くまでここで休もう。そしてもう一度。先輩から、詳しく聞こう。
「大丈夫だった?」
トイレから戻ると先輩は心配そうな表情と、それを隠せないようにグラスを両手で握って待ってくれていた。
僕はドリンクバーから、炭酸水をいれてから席につく。グッと流し込むと舌の上で弾け、喉にあった詰まり物を浄化してけれた。
「ごめんね。急にあんな話聞かせたら、さすがにきついよね」
「いや、僕が聞きたかったことです。教えていただきありがとうございました」
その問いに先輩はふふっと微笑んだ。
本当に貴重な話だった。彼女にとっても、僕にとっても。
それから僕と先輩は皿に並べられた料理を食べ終え、またドリンクバーでジュースをいれてからゆっくりと談笑した。
彼女以外の話でも先輩は盛り上げてくれた。でも、きっと辛いんだろうと読み取れた。笑っているけど、どこか暗くて、まだ彼女のことを追っているんだろうということが容易にわかった。
店を出る前に僕は聞いた。
「その、もし、今彼女が目の前に現れたりしたら……伝えたいことってありますか?」
先輩は何か気づいように口を開けてからゆっくりと閉じて寂しく笑った。
「ばかっ、って、それと――――ありがとうって」
じゃあねとくるりと僕と反対の方向に歩いていく。その背中はどこまでも寂しそうだが、決して歩くことをやめないと誓ったように大きく、力強い足取りだった。僕も見習わないと、不安でも、先輩のように歩かないと。
別れ際先輩の最後の言葉を胸にしまう。空は夜を運んできたように暗く染まろうとして、冴え切った風が頬を撫でた。
まだそこまで遅い時間じゃないのに、冷たく冷える温度が体に染み付く。なのに体はじんわりと熱い。
そういえば風邪ひいてるんだっけ。
僕は先輩から受け取ったメモ用紙を握ってある場所に向かった。それは彼女の、生前に住んでいた家。彼女が何故か避けていたように話してくれなかった家に、もしかすればと先輩は住所をくれた。
本当はその家の主人に許可をもらわないといけないのだろうが、先輩は何も言わずに教えてくれた。
彼女と付き合いの長い先輩は彼女の家族とも仲がいいんだろうか。
不意に考え、今にも倒れそうになる体を起こしながら僕は走った。彼女がいるはずの場所に向かって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます