第6話
飯塚さんと早く別れてしまい、時間を持て余した。いつもなら今すぐ帰って小説を読むか、のんびりするのに今だけはもう少し外にいたかった。
かといって行きたいところは存在せず、ただ時間を浪費するように街を歩いた。夜空には程遠いが十分に日は暮れていて、ぽっと顔を出した月の明かりと街灯が僕を照らし寂しさと影を大きくした。
まるで舞台で悲しみにくれるキャラクターにあてられたスポットライトみたいだ。
カップルが横切り、会社帰りのサラリーマンが横切り、子供連れの家族が横切った。人が通り過ぎる分笑い声や、話し声があちこちで聞こえ、僕の足はそれに呼応するように早くなった。
一人を気にしているのだろうか、彼女といても一人には違いないのに。
歩いて、歩いて、逃げるように歩いて。妙に大きな影と光が足を止めた。顔を上げると学校だった。僕は知らぬ間に学校に来ていた。誰かに呼ばれているんだろうか、そうだとしたらきっと彼女だ。デートの内容が待ちきれないのか?
そう思い僕は学校に入った。休日の学校には人の影はないながらも教室の電気はちらほらと着いており、休日でも活動する部活動の生徒だけがグラウンドで声を上げていた。
暗い廊下を歩き、階段を登って、屋上を目指す途中。
「誰か、いるの?」
その声に足が止まる。見ると一人の影が向こうからこっちへ向かっていた。背が高く、華奢だが張りのある体のシルエットが見えた。
照明で映された整った顔の女性には見覚えがあった。たしか僕の一つ上のバスケ部の主将をしていた――――白鳥雫先輩だ。
表彰などで前に立っているのをよく見たことがあった。あの時は綺麗なセミロングが印象的だったが今は髪を後ろでくくりポニーテールになっていた。ちらりと覗く白くきめ細かな肌には艶めかしく汗が滴っていた。
「珍しいね、部活以外の生徒がこんな遅くの学校に来るなんて」
気さくに話しかけられ、先輩に会釈し僕も対応する。
「あ、いえその、忘れ物を」
「そうなんだ。脅してごめんね。それで、ほんとに忘れ物?」
「はい、そうですが」
僕の嘘に白鳥先輩は何でもないように、けど逃さないように聞いてくる。
「こんな遅くに学校に来るのは、ちょっとおかしいと思って」
言葉に詰まる僕に先輩は質問を重ねる。
「まさか………自殺、とかじゃないよね」
その言葉に胸がかっと熱くなるのを感じる。
「何言ってるんですか急に。そんなことするわけ」
「ならごめん。いきなりこんなこと聞いたら失礼だよね。ほんとにごめん。でも、ちょっと怖いんだよ」
視線を落とすその顔は不安を抱いていた。 怖い?疑問はすぐ口に出た。
「怖いって、どういう?」
「その、あの子の目が今の君に重なったから、もしかしたらって」
あの子?ってことは、もしかして先輩は。
「もしかして、先輩は自殺した人のことを、何か知ってるんですか?」
先輩は唇を噛んで迷ってから答える。
「うん……知ってるよ」
これは思わぬ発見だった。彼女の記憶のピースになるかもしれない。そして欲張るように、答えを尋ねる子供のように質問する。
「じゃあ、亡くなった理由も?」
だが先輩は首を横に振った。
「それが私にもよくわからないんだ。徐々に体調が悪くなってるのは知ってたけど急に学校にもこなくなって」
体調が悪い?てことは病気を患っていたとか。いや、それはないだろう。余命幾ばくというのに自殺なんて到底理解できないものだ。期待した答えが返ってこなかったことにはあまり失望しなかった。それより先輩と彼女はどういった関係なんだろう。ただ気になった。
「先輩はその人と、どういう関係だったんですか?」
「友達、かな。よく遊びにも行ったし、家にも」
そう思い出して楽しそうに語る先輩の目には悲しみが覗けた。ほんとうに仲が良かったんだろう。僕はまずいことをした。思い出させるのはどんな理由があれ気が引ける。僕は早々に話を切り上げた。
「すみません。話してくれてありがとうございました」
「ううん。別に私は何も言ってないよ」
「いえ、貴重な話でした。ほんとにすみません」
ん?と言う先輩を無視して僕は屋上に向かう。その前に最後に伝える。
「それと、先輩。僕は自殺はしません」
先輩はどこか安心したように「そう……」と言って笑った。
「何か気になるならまた来ていいよ。それと、気をつけて帰りなよ」
余裕のある微笑みを湛え、僕の身の安全に気を使ってくれる先輩は大人の女性という言葉が似合った。
また気になることがあればお願いしよう。僕はこの事も彼女に伝えようと、屋上へと走った。
いつも通りテープと、鎖、そして南京錠で厳重に閉鎖された屋上は静かで、人の影などあるはずもなかった。でもそこには確かにいる。僕だけにしか見えない彼女が。本当なら………。
なぜか今日は違った。実際は正しい、屋上に人がいないなんて当たり前だ。だが僕はこの自然な状態がありえなかった。ずっといたはずの彼女がいないのだ。
おかしい。いつもなら彼女が誰かを察して出てくるはずだ。寝てるはずはないと思うんだけど。それとも気づいていないだけだろうか。
少し小さめな声で呼んだ。
「おーい、僕だよー」
………………
返答はない。他の人からしたら誰だよと思うが、彼女はすっと出てくるはずだ。なのに……
一分が過ぎ、十分が過ぎ、そしてもう何分経過したかわからない。でも彼女が出てくることは無かった。おかしかった。この時間帯に来たのは初めてだが、彼女がここにいないのはとても異常だった。
他の場所にいるのか、その辺ぶらついてるだけならまだいい。でも……
なぜだか大きな不安が僕の心をせりたて、最悪な状況が頭を巡る。
ひょっとすると、成仏したのか、それはない。きっと謎が解けるまでしないはず。もしかしたら彼女一人で答えにたどり着いたのか。全く気にしていなかったが時間制限なんかがあるのか。それか、僕が見えなくなった?とにかく分からない。
考えても出ない答えと、経過する時間がますます僕の不安を募らせた。
考え無しに何かの衝動に駆られ勝手に体が動いた。どこに向かって走るのか自分の体なのにわからない。それでも僕は走った。階段を飛び降り、正門を抜け、駅周辺を彷徨った。
どこにいるのかも、本当にいるのかもわからない彼女を探して僕は無我夢中に走った。
※※※
あれから何時間歩いただろう。気づけばとなりの街まで来てしまっていた。
全くどうかしている。どこかに勝手に行ってしまった彼女も、こんな必死に彼女を探す僕も。足にはちくちくとした痛みが走っている。多分靴擦れでも起こしているんだろう、それに鉛みたいに重い。
僕はバカか。あんなにいなくなることを願っていたのに、いなくて清々するはずなのにどうしてこんなになるまで。勝手に消えられると後味が悪いからなんて適当な言い訳が胸の中で反芻する。
ほんとはもっと別の理由があるのに。未だ自分自身にさへ正直になれない自分に腹が立つ。もう言い訳はしないって決めたはずなのに。とにかく彼女を探さないと。
辺りはすっかり夜に染まり人気もいよいよ少ない時間だ。そんな中、また数分歩いているとひとつの高校がやけに目を惹きつけた。
見たことも聞いたこともないが正門が開いていることからまだ廃校にはなっておらず、普通に使われていることがわかった。そんな理由がなくても綺麗な作りを見ればまだ使われていることがわかる。
でも僕が目を引いたのはその綺麗な校舎ではなく正門が開いていることだった。
この時間帯、時計が12時を回っているからこの校舎には人がいないのが当たり前だ。どんなに遅い学校でも9時までには戸締りがされ完全下校になるはずだ。
でもこの正門はなぜか開いている。教師が残って作業でもしているからか、それにしては車が一台も停まっていない。
底知れない不気味さを感じながらも別の何かが頭を駆け巡った。
「もしかして………」
そんな淡い期待を抱きながらすっかり忘れ痛みも感じなくなった足を動かし学校へと入った。
校舎に入れば外で見た時よりも大きなことに気づく。それに外だけでなく中も綺麗だった。
この大きな学校にこれだけ大きな靴箱が何台も。きっと生徒数も豊富だろう。
もしいるならなぜこんな場所に?
その時––––
ガタンッ!!
何かが落ちる音が廊下に響き渡り、冷たい風が背筋を撫でた。
誰もいない学校でこんなことが起きれば誰でもびっくりする。それにこの暗さにこの時間帯、そこそこの雰囲気が演出されていて余計に怖さが倍増する。嫌でも心霊やら七不思議やら都市伝説やらが頭にちらつき自然と早歩きになる。
「大丈夫だ、なにかものが落ちただけ。そんなのはよくあることだ。ポルターガイストだって理論上は……」
と彼女のことで必死だった頭に余裕ができていることを気づいた。さっきまで何がなんでもと思っていたのに怖気付いているなんて。が、それもつかの間、僕は足を止めた。
暗くてよく見えない廊下から誰かがこっちに近づいて来るのがわかった。
足音もしないし月の光で見えた足元には影もない。オマケに少し見えた足先は宙に浮いているときた。
血の気が引いた。まさか、ほんとうに………
その足は徐々にこちらに近づきその存在を顕にする。
僕の目に写ったそれは、セーラー服を着て、生きているとは思えないような真っ白な手足で、なんとも悍ましい顔で、そして…………
「あれ?なんで君がここに?」
「………え?……」
それは、ひどく恐ろしい幽霊………ではなく、僕がよく知る、そして今まで必死になって探していた彼女だった。
会ったら怒りの言葉でもぶつけてやろうかと思っていたが疲れと安堵でそんな気も起きなかった。冷静になって考えてみれば僕に彼女の行動を制限する理由はない。怒るのは見当違いだった。
なんて言葉を掛けようかと悩んでいると彼女はふっと微笑む。
「丁度よかった。一人で見るには寂しかったんだ。ちょっとついてきてよ」
「どこに?」
状況整理の追いつかない僕に、さらに追い打ちをかけるよう悪戯っぽい顔で彼女は笑った。
「屋上」
困惑しながらも彼女について行った。
僕らはなぜか、違う学校でも屋上へと足を向けたのだった。
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