4話 モンスターテイマー
木漏れ日さえ届かない深い森。
通称『極夜の森』に俺と聖女はやってきていた。
目的はここを通ってくる敵に対する奇襲。
影武者としての、最初の務めだった。
(だが、最優先事項は聖女の無事だ)
俺がブービートラップを仕掛けている間、聖女は終始落ち着かない様子だった。
(戦争も戦場も知らない少女に、王国はこんな運命を背負わせたのか)
不安だろう、怖いだろう、心細いだろう。
これまで聖女として大切に育てられてきたはずだ。
それがいきなり、こんな場所に駆り出されて……。
(俺が護ると言ったって、信用できるはずもないか)
俺自身、そんな過信はしていない。
俺の両の手は、俺の命を抱えるので精いっぱいだ。
誰かの命を背負ってなお守り抜く。
そんな偶然がいつまでも続くはずがない。
(だからこそ、人事を尽くす)
罠一つとってもそうだが、俺達がここを通った痕跡も、奇襲を仕掛ける場所選びも万事抜かりない。想定しうるすべてのパターンを網羅して、最善を尽くす。
「……ふぅ、トラップはこんなものか。聖女様、次の地点に移動します」
「次の地点でございますか?」
「はい。これだけ深い森です。侵入経路を一つに断定するわけにはいきません。通る可能性の高い地点には可能な限り罠を仕掛けようと思います」
「……あの、罠って、卑劣ではございませんか?」
ああ、そういうことか。
聖女として育った彼女は、汚いものを見ずに育ってきたのかもしれない。価値観の違いという奴か。
(どう返したものか)
聖女を肯定するのは簡単だ。
だが、そのとき俺は彼女を守りきれるだろうか。
否、世界はそんなに甘くない。
「……これは俺の持論ですが、この世界に正義なんてものはありません。あるのは二つに一つ、『最後まで貫き通せた信念』か『志半ばに砕けた信念』かのどちらかだけです。俺は聖女様を守り抜くと誓いました。誰に後ろ指を指されようと、俺は人事を尽くします」
「……」
「理解は求めません。共感は求めません。しかし譲るつもりもありません」
「わかり、ましたわ」
辛そうにする彼女に、俺は。
黙々と、次の地点を目指して歩きだした。
*
森に罠を仕掛け終え、数時間が経過した。
ここからは只管潜伏だ。
敵が罠に掛かるのを待つだけだ。
「あの、勇者様……」
「なんでしょうか?」
「あ、えと、その……いえ、失礼しました」
聖女はぺこりと頭を下げ、ふいと視線を外してしまった。言いたいことがあったらしいが、俺には口にしたくない事らしい。聞き返すのもまた失礼か。
「「……」」
沈黙ばかりが続いている。
陰々たる森に広がる静寂が、かえってうるさい。
「あの――」
「っ! 掛かりました! 移動します!」
「え……はい。承知いたしました」
聖女が再び口を開こうとしたのと、罠の作動が確認されたのは同時だった。罠が作動した地点は第三候補地点。少しだけ意外な展開とも言えた。
(俺が読み外した……? 緊張で勘が鈍ったか?)
なんにせよ、二重三重に弄した策が功を奏した。
今は目標地点に到達するのを優先するべきだ。
「失礼します!」
「え! ちょ、ちょっと、勇者様!?」
「口を閉じていてください、舌を噛みますよ」
お姫様抱っこをして、俺は駆けだした。
これだけ深い森だと、迂闊に移動すれば木々の根っこに生えた苔を剥いてしまい、痕跡が残ってしまう。罠を仕掛けるときはそれとなく痕跡の残りにくい場所を選んできたが、今は一刻を争うとき。道は選んでいられないし、聖女の痕跡を消す余裕もない。
故に抱きかかえ、俺が彼女の足となる。
しばらく走ると、目的の地点に到着した。
そこにいたのは一人の魔族……ではなくて。
「あれは……フロストグリズリー? どうしてこんなところに」
フロストグリズリーは、氷魔法を使う白い熊だ。
魔法を使うといっても発射するタイプではなく、拳や全身に纏うように展開して、破壊力を上げる。人間にとってはかなり脅威的な魔物で、危険生物に指定されている。
「聖女様、アイツをしとめてきます。すぐ終わらせるのでここに居てください」
返事も聞かず、俺は駆けだした。
「吹きすさべ! «
「グオオオォォォッ!?」
まず、風魔法であいつの周囲に展開される冷気を弾き飛ばす。間髪入れずに肉薄。
「«
亜音速にも迫る勢いで突き出された掌底。
その衝撃波は確実にフロストグリズリーの心臓を捉え、その活動を停止させた。白い巨体が蒼然たる森に崩れ落ちる。
「聖女様、終わりました」
「あの、勇者様。魔族とは無関係の魔物がトラップに掛かっていたという事ですか?」
「……」
そうなのだ。
気にすべき問題はそこなのだ。
(何かがおかしい。どうしてフロストグリズリーが『白夜の森』に現れた? こいつらの生息域は魔族領で、こんな人族領に近いところまで来るはずが……)
その時、また別の地点の罠の作動が感知された。
「……っ! しまった! 聖女様! すぐに移動します」
「また別の罠が作動したのですか?」
「はい! それも、
読み外した。
俺はてっきり、魔族が固まって押し寄せてくると考えていた。だが、根本から違ったのだ。
「そんな、魔族は複数隊に分かれて行動しているという事ですか?」
聖女が不安そうに問いかけてくる。
俺は首を振って答える。
「いえ、その逆です」
突如現れたフロストグリズリー。
作動した複数地点の罠。
ここまで来れば、敵の正体はおおよそ絞り込める。
「敵は、一人の
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