3話 嘘ガ全テヲ暴クマデ
「アリシアと申します。以後お見知りおきを」
彼女は最初にそう言った。
あまりにも自然に行われたカーテシー、つまりお辞儀だが、それ一つだけでも彼女のカリスマ性が見て取れる。彼女が聖女だと知らない輩でも、重鎮であることなど一目でわかるだろう。
(この方が、真の勇者となる人物の守り手……)
固唾を呑むとは、こういう時に使うのだろうか。
心臓が早鐘を打つのが分かる。
(……重い)
これまで、守るべきは自分の命一つだった。
賭ける命は俺一つだけだった。
だが、これからはそうはいかない。
これが、“
「ウルティオラと申します。以後お見知りおきを」
「存じております」
「……」
「……」
俺は最初にそう言った。
彼女は一言返しただけ。
返す言葉も、切り出す言葉も分からずに、俺達の間には沈黙が下りた。
過度に親睦を深めるわけにはいかない。
俺は「誰か」の代替物だから。
唯一無二になれない影武者に、そんな権利は無い。
だが、節度を弁えた信用は必要だろう。
護衛だって用心棒だって、雇用主の信用のもとになり立つ職業だ。いざというとき信じてもらえなければ、依頼主を守るなんて夢物語に過ぎない。
「聖女様、これからの活動について認識のすり合わせを行いましょう」
「承知いたしました。
「……」
「どうなされましたか?」
その言葉が、俺の心にぐさりと刺さった気がした。
(この嘘を、俺は背負い続けなければならない……)
目の前の人物をずっと騙し続ける。
それが俺に課された使命。
自分は相手を騙し続け、その一方で相手からの信用は獲得しなければいけない。
ああ、つくづく嫌な立ち回りだ。
「いえ、何でもございません」
――それでも、俺は騙し続けなければいけない。
これまで、隠密として多くの命を奪ってきた。
多くの未来を刈り取り、
ひとえに、世の為人の為を思うがゆえに。
(立ち止まることは、許されない)
俺が立ち止まる時があるとすれば、それは祈願が成就した時だ。己が使命を完遂した時だ。
その時、命を以て償おう。奪った命に償おう。
償うために、立ち止まるわけにはいかない。
「我々は魔族討伐の為に組まれた特別チームです。目的は人類にとって希望の象徴となる『勇者』の名前を人魔問わずに浸透させる事。ここまではよろしいでしょうか?」
「問題ありませんわ」
「王国の密偵が持ち帰った情報によりますと、魔族が『極夜の森』を抜けて人族領に奇襲を仕掛ける動きがある模様です。『極夜の森』に先回りし、魔族を逆に一網打尽にする。それが今回の任務ですが、相違ございませんか?」
「はい。私もそう聞き及んでおります」
「……」
「……」
会話が、続かない……。
なんだろう。すごく淡白だ。
俺が長々と話しているというのに、帰ってくる言葉は一つ二つの至極短い物ばかり。
俺のコミュ力低すぎ……?
「えと、聖女様。なにか不明な点、確認しておきたい点などはございませんか?」
「……ひとつだけ」
「何でしょう?」
「この情報は、正しいものなのでしょうか?」
彼女はそう言った。
ああ、そりゃそうか。そうだよな。
普通は気になる部分だよな。
だけど、今回に至っては信用に足る情報だ。
(魔族が奇襲を仕掛けるって情報を持ち帰った隠密、俺の事だし……)
勇者の影武者になる、二つ前の仕事の事だ。
俺は魔族領へスパイとして潜入し、諜報活動を行ってきた。この情報はその時持ち帰った物。だからその隠密の事は信じるに値する。
だが、それを聖女に信じさせるのは容易なことではない。俺は「勇者」として振舞う必要がある。聖女に疑問を抱かせてはならない。まして俺がその隠密だと打ち明けるなどなおさらだ。
「確かに、怪しい部分はあります。かの森が『極夜の森』と謳われる所以は、木漏れ日さえ届かない分厚い木々の層にあります。常に薄暗く、我々が逆に奇襲を受ける可能性もあるでしょう」
「でしたら――」
「ですが、撤退の二文字はございません」
何かを言いかけた聖女。
彼女の言葉を遮って、俺は続ける。
「聖女様。我々が背負うのは、一つや二つの命では無いのです。人類すべての未来です。より危険な任務を課せられることもあるでしょう。死地に赴くこともあるでしょう。それでも――」
一つ、大きく息を吸った。
二つとして、息を吸う事は無かった。
決意が揺らがないように。
覚悟が鈍ってしまわぬように。
「――俺が必ず守り抜きます」
一切の心配は杞憂だ。
必ずそうする。そうしてみせる。
この誓いを破る時は、俺の命脈が尽き果てた時。
それまで、文字通り、命を懸けてここに誓おう。
――嘘ガ全テヲ暴クマデ。
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