2話 影武者

「ウルティオラ、お前には勇者の影武者となってもらう」


 その日、俺は王城に呼び出された。

 清らかな秋月が普段より大きく見える夜だった。


 玉座におわすは国の王。

 傍に仕えるは上司のお頭。

 俺を含めて、この場にはたったの三人しかいない。


「……今、何とおっしゃられましたか?」


 垂れていた頭を上げて、つい、聞き返した。

 聞き返してしまった。

 聞き間違いだろうか。

 今、勇者の影武者と聞こえたような。


「ふん、報告では大層優秀な隠密と聞いたのだがな。二度同じことを言わせるでない」

「失礼いたしました」


 再び頭を垂れた。

 それから考える。

 どうして俺達だけしかいないのか。

 それは、機密性が高い話だからだ。

 あながち、聞き間違いではないのかもしれない。


「詳細をお聞かせ願えますでしょうか?」


 とは言え、内容の把握漏れは死につながる。

 そこで俺は、詳細から本題を確認することにした。

 その意図は王も見透かしていたのだろう。

 尊大に鼻を鳴らし、顎でお頭を使った。


「それは私から行おう」


 お頭が一歩前に出て、その口で詳細を語り出す。


「ウルティオラよ、人類にとって最大の障壁は何だ」

「はっ、魔族との交戦にございます」

「そうだ。血で血を洗う消耗戦。終わることなき戦争。勝利無しに未来無く、根絶無くして勝利無し。我らに残された道は、完全勝利のみだ」


 地面に向いたまま、顔を渋らせる。

 俺達人類も、魔族も、手を取り合う道を一切考えてこなかった。おそらくきっとこれからも。道は互いに平行線を辿り、どちらかが潰えるまで交わる事は無いだろう。


 俺自身、ずっとそうして生きてきた。

 数々の魔族をこの手にかけてきた。たとえこの手が血に塗れようと、殺した数より多くの命を救えるならば、そう信じて。


 それでも時折、悩むこともある。

 他に道は無かったのか。


「なればウルティオラよ、我々に必要なものは何だ」


 俺は一拍考えて、答えを出した。


「……象徴、ですか?」

「そう、象徴だ。我々人類が奮起でき、奴ら魔族が立ち竦む。そんな力の象徴、心の拠り所が必要なのだ」

「その為の、『勇者』ですか」

「だが、問題もある。『勇者』は絶対でなければならない。最強不敗の唯一無二でなければならない。敗北の二文字などもってのほかだ」

「……その逸話を、俺の手で現実にしろということですか」

「そうだ」


 東の国に、こんな教訓話がある。

 曰く、戦場に出れば絶対に勝利をもたらす、赤色おどしが特徴的な男がいたと。事が起きたのは、その男の甥が初めて戦場に出ることになった時。甥は男に「験担ぎとして縅を貸してほしい」と頼み、男はこれを承諾した。

 甥は目覚ましい功績を上げたという。縅を見れば敵は居竦み、ばったばったと敵を薙ぎ払ったと。一方で縅を失った男は、その戦場が墓場になった。


 いつしか最強の概念は、男から縅に切り替わっていたのだ。同じことを、『勇者』という概念を以て行うつもりなのだろう。


「お前はこれまで生き延びた。死ぬことも無く、敗北を喫することも無く」

「はい」

「お前に任せることはただ一つ。『勇者の不敗神話』を絶対のものにしろ。それだけだ」

「了解いたしました」


 やることはこれまでと同じだ。

 違いはただ一つ。

 暗々裏に行動するか、大々的に行動するか。

 それだけだ。

 それだけだと、思っていた。


「――それから、今後お前には聖女と共に行動してもらう」


 お頭が、不意にそう言った。


「はい?」

「ウルティオラ、何度も言わせるなと言われたばかりだろう」

「……いえ、すみません。ただ、どうして、そのような重要人物と行動を共にする必要が」

「その程度、自分の頭で考えろ」


 そうは言われてもだ。


「憚りながら申し上げます。俺がこれまで任務を完遂し続けてこれたのは、俺が一人だったからこそ。そのような御仁を危険から守りつつ遂行するなど……」

「だからこそだと何故わからん。勇者は誰にもできないことを為さねばならない」

「……そういう、ことですか」


 つまるところ、聖女は重りであり、広告塔だ。

 誰もが知る人物を、どんな危険からも守り抜く。

 そんな人物像が求められているのだ。


「そうだ、これこそが、王国の切る最強の一手。作戦名――」


 秋の空気が、いっそうピリッとした気がした。


「――勇者育成計画」



 翌日の話だ。

 俺は彼女と邂逅することになる。


「アリシアと申します。以後お見知りおきを」


 彼女は最初にそう言った。

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