第2話 蟲毒と寄生虫

 テンマ、今代勇者の顔に驚愕走る。


「影武者? そんな話聞いてないぞ」

「まあそうだろうな、お前補欠っぽいし」

「なんだと!?」

「ウルー! そんな言い方無いよぉ!」


 ……どうにも、勇者というのは好かない。

 まあ、前回の勇者が酷過ぎたっていうのもある。

 むしろその一面が強い。

 俺はこんなのの為に戦っていたのかという絶望。

 それが今もしこりとなってとごっている。


 しかし確かに、目の前の男にその感情を持ち出すのはお門違いという奴だ。反省し、謝る。


「悪かった。言い過ぎたよ」

「ちっ」


 舌打ちしたな。

 やっぱり勇者っていうのは好きになれないな。

 こういう時はさっさと話題を変えよう。


「で、話を戻すが。どうしていきなり襲ってきた。聞いた話だと夢幻の郷村ノエマを奪還している最中だろ? 人同士で争ってる場合か」

「あ! そうだぁ! ウルー。力を貸し――」

「お前には関係ない」


 マジコが今まさに口を割ろうとした時。

 更に間を遮るように屈強な男が立った。

 この重戦士はアクス。

 タンカーと、防御力の高い相手への一撃を担う勇者パーティの一員だった男だ。


 アクスは言葉さえ遮った。


「ちょっとアクスー? 何言ってんの!?」

「こいつはもう勇者パーティじゃない。頼るべきじゃない」


 その言葉が、ぐさりと心に突き刺さった。

 その通りだ。

 俺たちの間の縁は、形も色も変わってしまった。

 もう命を預けることも、預かることもできない。


「それに、ようやっと新チームになって連携もとれるようになったんだ。ここで変な癖をつけるべきじゃない!」

「で、でも! せめてヒルカを助け出すまでは!」


 知らない人名が出てきた。


「ヒルカ?」

「おい」

「ふーん! 私は手伝ってもらうべきだと思ってるもーん! ねえウル! 聞いて! アリシアの代わりに入った子が魔族に攫われちゃったの!」

「マジコ! いい加減にしろ!」

「きゃー、ウルー! 助けてぇ!」


 怒髪天を衝くアクス。

 彼から逃げるように俺の背後に隠れたマジコ。


「アリシアの代わり?」

「そ、ヒーラーの子なんだぁ。いっつもおどおどしてるんだけど、実力は折り紙付きなの」


 胸に、銛が刺さった、気がした。


 だとしたら。

 その子がアリシアの代わりに苦しんでいるのなら。

 それは、アリシアを連れ出した、俺のせいか?


「アクス。話だけでも、聞かせてくれないか?」

「……話だけだ。シルフもそれでいいな?」

「私は元々、それがいいと思ってた」

「なっ、俺だけかよ。それなら早く言えよな」


 アクスは近くにある木の幹に近寄ると、そこにどかっと腰掛けた。その後チラと俺を見る。


 俺も腰掛けろという事か。

 アクスから見て斜め方向に生えた樹木。

 その幹に背中を預け、地面に尻をつく。


「その前に、ウル。お前、現状についてどこまで把握している」

「まったく。魔族に夢幻の郷村ノエマが奪われたってことと、お前らが奪還の任を請け負ってることだけだ」

「……分かっててここに来たのか」

「……ま、思うところは色々あるだろうが、その話はあとにしてくれ」


 アクスは一度口を開き、それから結んだ。

 声を聞かなくても、何を言おうとしたか分かった。

 ――どうして今更。

 口の中の唾が、酸性を帯びた気がした。


「お前が今までどこにいたかは知らないが、それは少し古い情報だ。間違っちゃいないが、事態は変化している」

「ああ、分かっているさ。俺が聞きたいのもそこだ」

「あくまで認識のすり合わせだよ。で、どう変化したかだが、悪い方に転がった。ウル、夢幻の郷村ノエマにいる魔族がどんな奴か分かるか?」

「さぁな。人を攫うってことは、悪魔みたいに生贄を必要とするタイプか?」


 前に退治した魔族には、そういったやつがいた。

 今回もそれに類するタイプかと思ったがどうやら違うらしい。

 首を横に振ったアクスが続ける。


「ウル、お前は【蟲毒こどく】を知っているか?」

「孤独ならよく知っているが……」

「孤独ではない。【蟲毒】だ。ざっくり説明すると、東洋に伝わる儀式の一種だ。げに恐ろしきまじないでな、壺の中に何匹もの毒虫を入れて、最後の一匹になるまで争わせるんだ」

「……気持ち悪いな。それで、どんな儀式なんだ?」

「毒虫を喰らった毒虫は、さらに強力な毒を持つ。順接的に、最後に残った一匹は全ての毒を併せ呑んだ、最強の個体という訳だ。この毒に中れば死は免れん」


 胸糞が悪い。

 思いつく奴も、実行するやつも狂ってやがる。

 悪態を吐くように、俺は呟いた。


「その話をするという事は、敵は毒虫の性質を持った魔族か?」

「いや、そうではない。今のは物の例えだ」

「あん? だったら、一体どんな敵なんだよ」

「……ここから先は、俺の予想になるが」


 アクスはそう前提を置いて、本題を告げた。


「寄生虫だ。まず間違いなく」


 アクスは言う。アクスは言う。


「俺たちが夢幻の郷村ノエマに来たのは、奪還の任を受けたからだ。だがな、村に着いた俺たちは驚愕したよ。なんせ村人たちが、何事もなかったかのように生活していたのだからな」

「何事もなく、か。そりゃ奇妙なことだな」

「そうだ、奇妙な光景だ。何せ村人たちは、俺達を歓迎してくれたからな。警戒するなと言う方が無理だ。俺達はな」


 付け加えられた『俺たちはな』の一言。

 それは全てを察するのに十分すぎた。

 言い淀むアクスの代わりに、俺が答えた。


「傀儡にされていた村人の奇襲に、ヒルカって子は対応できなかったのか」

「……そうだ。突然起きた、恐ろしい出来事だった。相手は戦闘訓練も受けていないような民間人だぞ? だというのに、なんといえばいいんだろうな。まるでこう、一個の意志に導かれているかのように、統率された兵士のように襲い掛かってきたんだ」


 今でもありありと思い返せるよ。

 アクスはそう言い、言葉を続ける。


「すぐに臨戦態勢を取った。俺達はなんだかんだ勇者パーティだからな、そう簡単には遅れは取らねえ」

「……だが、ヒルカとやらを攫われたのだろう?」

「ウル……お前、はっきり言うようになったな。……そうさ、俺達は仲間を奪われた。平面ばかりに囚われて、天井から下りて来た虫に気付かなかったんだ」


 アクスは拳をつくり、続けて言う。


「ちょうど、握り拳くらいのサイズだな。そのサイズの虫がヒルカの首筋に針を刺したんだ。するとな、まるでゾンビウイルスに感染したように、ヒルカまで敵に寝返った」

「おいおい、人の意志を乗っ取るような寄生虫なんて聞いたことが無いぞ」

「当たり前だ。俺だって、マジコだって聞いたことないさ。だから最初に【蟲毒】の話をしたんだ」

「……嘘だろ?」


 毒虫が毒虫を喰らって強くなるように。

 同じようなことが寄生虫でも起こるのだとしたら。


「寄生虫同士による【蟲毒】。それによって寄生能力を大幅に上昇させた個体。それが今回の正体だと俺は睨んでいる」

「……待て。聞く限りだと、村人全員が操り人形だったんだろ? 【蟲毒】で生き残ったたった一匹で、それほどの人数を制御できるのか?」

「【蟲毒】を二つの壺で行い、生き残った個体同士を交配させたとしたら?」


 二人の間に、冷たい風が走った。

 背筋から、嫌な汗が流れた気がした。

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