夢幻の郷村-ノエマ-

第1話 新・勇者パーティ(改)

 その村は謎に包まれている。


 きっかけは、ひとりの探検家による発見だった。

 その探索者は密林の冒険を専門としていて、その日もまたとあるジャングルの調査中だった。

 延々どこまでも続く深い森。

 彼は大河沿いにその叢林を奥へ奥へと進んでいた。

 その植生や、野生の生息を調べていた時の事。

 彼は後にこう語る。


『不意に視界が開けたと思ったら、見たこともない文明の跡が広がっていた』


 男が見つけたのは密林に飲み込まれた廃村だった。

 石造の家々はツタが這っていて、石積みの井戸からは幹の太い木が生えていたという。


 宗教色が強かったのだろうか。

 村のあちこちには偶像が点在し、なにともわからぬ神を祀っている。


 男が情報を持ち帰るとすぐに調査隊が結成された。

 度重なる遠征の末、それが人類史とも魔族史とも異なる起源を持つ文明跡だという事が判明した。

 何世紀の間も発見されず、不意に現れた村。

 よって人々はその村をこう呼んだ。


 ――夢幻の郷村ノエマと。



 大河は、傍観者の目のように濁っていた。

 ドロドロと淀んだ川。

 要するに、ホヤウカムイ様の最も得意とするフィールドだった。

 跳ねる泥すら置き去りにして、見る見るうちに上流へと泳いでいく。


 森が後ろに流れていくようだ。

 そう、俺が錯覚していた時の事。

 人の気配がした。


「ホヤウカムイ様、止まってください!」

「ム? 分かった」


 ホヤウカムイ様は徐々にスピードを落とし、跳ねた泥が俺達に掛からないように緩やかに停止した。ホヤウカムイ様から飛び降り、陸地に降り立つ。


 アイテムボックスから取り出した刀を構える。

 木々の向こうから迫る敵意が、一際強くなった。


(まだ夢幻の郷村までは距離があるっていうのに、こんなところまで警戒態勢を敷いているのか?)


 警戒しつつ、一歩足をずらす。

 地面には足跡がくっきりと残っていた。

 蓋を捲った糠床の様に、湖沼の臭いがむっとする。

 逃亡を図る場合、痕跡を隠すのは難しそうだ。


 次の瞬間。

 木々の隙間から黒い影と白刃の太刀が飛び出した。


 キィンと甲高い金属音が響く。

 力と技で相手を弾き、自身も後ろに跳んで間合いを取った。相手の姿を視認する。


 魔族であれ、人であれ。

 装備は自身の実力を最大限活かせるものになりがちだ。それ故、洞察力は戦闘において重宝される。


 武器は双剣。防具は皮装備。

 相手は間違いなく近接職。

 それも、DPSに重きを置いた俺と同じ速度重視のアタッカーだった。

 だが、それより気になることは。


「おいおい。お前人族だろ。お前も人、俺も人。何故そんなに敵意剥きだしで飛び掛かってくる」


 目の前のそいつは人だった。

 魔族に侵略されているらしいのに、人同士で争っている場合ではないと思う。それを投げかけるが、相手はまるで聞く耳を持たない。


「化け物と利く口は持ち合わせていない!」


 二つの牙で、相手は襲ってきた。

 太刀筋はしっかりしている。

 人としてはかなりの腕前。

 それこそ、冒険者で言えばSランクは堅いだろう。


「誰が――」


 迫りくる白刃の一閃を、刀の柄ではじき返す。

 重心線から重心を外された相手がよろめいた。

 バランスを失ったどてっぱらに蹴りを放つ。


「――化け物だ!!」

「ごふっ!?」


 男が吹き飛ぶ。

 相対速度をゼロに保つように、俺も飛び出す。


「かは……っ」


 やがて男は一本の木の幹に背中を打ち付けた。

 肺を強打したのだろう。

 口から空気が零れる。

 俺はその男の肩に向かって峰打ちを叩き落した。

 そのまま一回転し、もう片方の腕にも峰打ちを打ち込む。


「ギャガァアァァ!!」


 男が悲鳴を上げた。

 その喉元に、切っ先を突き立てる。


「なんなんだよ、お前。何故襲い掛かってきた」

「ぐふっ、はぁはぁ。死ねない。俺はまだ、死ねないんだ」

「きちんと話せば殺すつもりはない」

「化け物の話なんて信じられるか!」


 だから誰が化け物だ。

 話の通じない男に、俺は溜息をつきたくなった。


 それでも吐かなかったのは、迫りくる別の気配を感じ取ったからだ。この男と話が通じなくても、後から来る者達とならばそれも叶う可能性がある。

 最悪、この男を人質にするという手もあるだろう。

 警戒しつつ、援軍が来るのを敢えて待った。


「テンマ! 先走るなとあれほど……!」

「えぇっ!? 嘘ぉ!」

「どうして、ここに?」


 あとからやってきた援軍は三人。

 陣形はワントップのトライアングル。

 中央に斧と盾を持った重戦士。

 左右に杖を持った魔法使いと弓矢を持った弓使い。


 そいつらの事は、良く知っている。


「アクスに、マジコに、シルフ……なのか?」


 ……勇者パーティ。

 彼らがここにいることは知っていた。

 いつか会うことになるとは思っていた。


 しかし、心構えのできていないタイミング。

 唐突の邂逅に驚愕した俺は、一瞬目の前の男を意識から排してしまった。


「ハァッ!!」

「くっ!」


 男が飛び跳ね、俺の顎目掛けて蹴りを放った。

 なんとか紙一重で交わし、その勢いそのままに距離を取る。そして再び男と対峙する。

 相手は両腕を負傷している。

 まともに武器は振るえまい。


 チャキと、刃を構える。

 実際には鍔鳴りなんてして無いが、気分的に。


「待ってウル! もし本当にウルなら話を聞いて!」

「マジコ……」


 距離を取った俺たちの間に、ローブを羽織った黒衣の魔女が割り込んだ。魔法使いのマジコだ。


 俺はしばし逡巡したが、警戒しつつ武装を解いた。

 刀をアイテムボックスに収納するのを見て、目に見えてマジコが安堵した。


「はああぁぁあぁ、良かったぁぁぁ。ウルが敵に回ってたらどうしようかと思ったよぉ!!」

「回るか! それより、一体どういう状況だ。今は人同士で争ってる場合じゃないだろ」


 と、俺が問いかけたが、その質問を遮るように、テンマと呼ばれた男がマジコに問いかけた。


「マジコ、この男はお前の知り合いか?」

「あー、そっかぁ。そうだよねぇ」


 自分の質問が蔑ろにされたことに、ちょっとしたもやもやを覚えた。いや、もっと言えば、マジコがテンマという男側に立っている事さえ胸が騒めく。


「二人は初対面だもんね、面倒くさいなぁ。もう」


 ぶつぶつ言いながら、マジコはまず俺に答えた。


「ウル、こっちは今代の勇者。名前はテンマ」

「今代って……前の茶髪の勇者は?」

「問題を起こして投獄された」

「スピーディ……」


 は?

 勇者の代替わり早くない?


「で、はい! ウル! 自己紹介!」

「え、ああ。えーっと、だな」


 どう答えたものか。

 そう悩み、結局は至極単純に答えた。


「ウルティオラ。勇者育成計画の影武者だった・・・男だ」


 奇妙な縁もあるものだ。

 そんなことを思いながら答えた。

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