第3話 民主主義
ヒルカという少女が奪われた。
悪いことはそれだけではなかったという。
操られていると思しき村人。
彼らは何度倒しても無限に立ち上がったという。
これ以上の被害は絶対に避けるべきだった。
結果、アクス達は撤退を余儀なくされたらしい。
――村にヒルカという少女を残したまま。
*
アクスの話を聞いて、一つ納得したことがある。
「それでか。テンマってやつが俺を見て化け物って連呼していたのは」
「……そんなことがあったのか。それはすまない」
「気にすんな、アクスに非はねえ」
要するに、テンマは俺が寄生虫に犯された人間だと思っていたわけだ。だとすれば、相手が人間なのに襲ってきてもおかしくはない。
が、疑問も残る。
「どうする、アクス。もしかすると俺は正常な振りをしている感染者で、今もお前たちを罠に嵌めようと手ぐすね引いているかもしれないぞ」
「馬鹿にするな。ウルはそんな阿呆ではない」
アクスが、まっすぐした目で呟いた。
真っすぐな言葉に、返す言葉が詰まった。
零れた言葉は、最低一歩手前。
「……随分、信用してんだな」
アクスの目に、憂いが混じる。
ああ、そんな顔をさせるつもりじゃなかったのに。
「元は、全幅の信頼を置いていたんだがな。ほとほと底をついたよ」
「底をついてそこなのか」
「底だけに、ってか?」
「言ってねえよ、バカアクス」
俺が思ったほど、みんなは俺を毛嫌いしていない。
……かも、しれない。
アクスは、苦く笑った。
俺も、きっと。
「と、そうだ、アクス。お前から借りたサバイバルナイフ、まだ返してなかったな。今返すよ」
「はっ。遅いんだよ。あいにく、新しいやつを買っちまった。そいつはお前が持っとけ」
「……そうか。すまない」
「謝んなよ」
勇者パーティを追放される、少し前の話。
『マキシマムクロカタゾウムシ』という希少な虫を採取したことがあった。
見た目は普通のクロカタゾウムシと同じだが、共生する細菌がナルドネラと呼ばれるそれの上位種である『
その事に気付かず、ナイフを立てた時の事だった。それまで愛用していた刃が毀れ、そのことに気付いたアクスがスペアを貸してくれたことがあったのだ。
そのサバイバルナイフを、まだ返していなかった。
思えば、これもアクスの信用を裏切る行為だった。
アクスはもう、受け取ってくれないらしい。
「ねぇーアクスー、やっぱり手伝ってもらおうよぉ」
空気の変わり目をマジコも感じ取ったのか。
はたまた暇になっただけなのか。
アクスの前に向かい、杖に寄りかかってそう言う。
「ダメだ」
「ウルー」
「……」
ダメだ。
アクスも言ったように、もう、俺達の関係は変わってしまっている。無償の信頼で結ばれていない間柄の人間に、命なんて預けられない。
「……ダメだ」
「なんでぇ!?」
「俺が、人を騙すような極悪人だからだよ」
みんな、俺が勇者だと思って命を預けてくれた。
俺は騙していると分かった上でそれを裏切った。
預ける必要のない命を、預かり続けていたんだ。
だから、俺に。
みんなと戦う権利なんて。
みんなに背中を託す資格なんて――。
「はぁ、しょうもなぁ」
「は?」
「みみっちぃみみっちぃ。女々しい男は嫌だねぇ」
懺悔する俺の思考をぶった切ったのはマジコ。
前かがみになって、俺に説教をする。
「あのねぇ、お年玉を銀行に預けるって言われたのに親が預かってたら怒る? 怒らないでしょう? おんなじだよぉ」
「……いや、それは、違くないか?」
「一緒だよぉ。ね? シルフちゃん」
「え、私に振るんですか?」
「シルフちゃん全然喋んないんだもん」
「何ですかその理由。まあ、そうですね。別に、ウルさんに騙されていたという感覚はありませんね」
「でしょー!?」
我が意を得たり。
そんな風に、マジコが得意顔で頷く。
その間一歩踏み出したシルフが、バトンを引き継ぐように滔々と捲し立てた。
「ウルさん。勘違いしないでほしいのですが、私は相手が勇者だからと言って無条件に自分の命を預けるような愚か者ではございません。ここにいるみんなが同じです。ウルさんという人柄を見て、この人となら一緒に戦っていける。そう感じたからこそ、私たちは覚悟を決めて道を共にしたのです」
「わぁ、シルフちゃんが長文喋ったぁ!」
「私にだって言いたいことはたくさんありますよ。それなのに勝手に目の前から逃げ出して、かと思えばひょっこり顔出して。一体なんなんですか」
「それは……」
「とにかくです!」
俺の知る彼女は、考えてから物事を口にするタイプだった。故に簡潔な言い回しが多かったし、考える時間が必要だったから、このように次から次へと喋るところはあまり見たことが無い。
驚いた俺は、口をはさむタイミングを掴めない。
かろうじて開いた口は、ぴしゃりと遮られた。
「言いたかったことは言わせていただきました。私に罪悪感を覚えているというなら、これでチャラにしてあげます」
「シルフ……」
「なんですか?」
「え、と、その……すまな――」
その先を形にしようとして、睨まれた。
ほとんど仕上がっていた言霊を噛み殺し、代わりの言葉を献上する。
「――いや、ありがとう」
「どういたしまして、ですわ」
存外、俺は嫌われていないらしい。
昔と全く同じという訳にはいかないけれど、いや、もう二度と偽りの自分を見せたくないけれど。
昔と変わらず接してくれるみんなに。
心が、救われた気がした。
「アクスー」
「うるせぇ、俺は反対だからな」
「アクスさん、ご存じですか? 王国では民主主義を採用しているのです」
「あ? 知ってるかシルフ。過半数の賛成が得られない案は否決なんだ。お前らが賛成でも俺とウルは反対――2対2で否決だ」
「ただしウルさんに投票権は無いものとします」
「ふざけんなお前! ちっ、おいテンマ! 関係ない民間人を巻き込むわけにはいかねえよな」
「……無関係ではなくないか?」
「論点はそこじゃねえよ! お前はこいつを巻き込めるか!?」
「それは、無理だが……」
「おし。2対2で否決だな」
「テンマさぁん」
「やっぱり賛成に――」
「あ゛ぁ゛ん゛?」
「――寝返る事は無いだろうな」
どうやら俺に、参政権は無いらしい。賛成権もな。
まあ、それでもいい。
みんなが俺に悪感情を向けていない。
それが知れただけで、俺は十分報われた。
笑顔が、零れた。
「みんな、ありが――」
「では、私も賛成に投票いたしますわ」
一同の視線が、ひとところに引き寄せられる。
この密林に、聖者の風格を纏って舞い降りた天使。
金色の髪、瑠璃色の瞳。
勇者パーティの、元最古参。
「アリシア!?」
「アリシアちゃん!?」
「アリシアさん!?」
三者一様の反応に、アリシアは優雅に返す。
「みなさん、お久しぶりですわね。さて」
アリシアは悪戯な笑みを浮かべた。
「3対2。賛成多数で可決、でよろしいですわね?」
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