第13話 ジュエリーネビュラ

 受付嬢が訪問してきたのは、一番星が見える頃。

 まだ地平線の向こうに赤色が残る時分だった。


「こんばんは、お早いですね」

「こんばんは、ウルティオラさん。専業冒険者の方なんてこの町だと珍しいですからね、仕事も早く終わるのです」


 にへらとはにかむ彼女。

 それから庭をきょろきょろと見渡し始める。


「それで、ジークちゃんはどこに?」

「あはは、ほらジーク。大丈夫だから」

「……きゅる?」


 実はつい先ほどまで俺の隣で遊んでいたのだ。

 しかし誰かが近づいてきているのをいち早く察知すると、あっという間に物陰に隠れてしまった。ジークは意外と臆病な性格なのだ。


「おいで、ジーク」

「……きゅるぅ!」


 おいでおいでと手招きして、ジークを呼ぶ。

 その強靭な足腰でスパイクシューズのように土を蹴りながら、ジークが飛び込んできた。……小さいうちに躾けておかないと大きくなった時に大変そうだ。


 この子がジークですと、受付嬢に向けて見せた時。

 彼女は既に、ありえないものを見たといった様子で固まっていた。いや、実際に「そんな、まさか」と呟いている。


「まさか、その子は……ジュエリーネビュラ!?」

「きゃう!」

「あ! ジーク!」


 大声を出した彼女に対し、ジークは怯えて逃げてしまった。こうなった以上、しばらく出てくる事は無いだろう。


「ああ! す、すみません!」

「いえ、大丈夫ですよ。ジークは賢いですから、いつか仲直りできると思います。それより、ジュエリーネビュラとは?」

「あ、はい。そうでした。ご説明するお約束でした」


 そうですね、と前置きして、彼女は語り出す。


星雲宝石龍ジュエリーネビュラは龍種の中でも幻と言われる個体です。その鱗の一枚一枚が様々な種類の宝石で出来ていて、遠目に見ると星雲のように見える事からそう名付けられています」

「……ほ、良かった。そんな事ですか」

「へ、そんな事って……幻の個体ですよ!?」

「へー、そうなんですねー」


 最悪の予想は外れていて、俺は胸をなでおろした。

 張り詰めた緊張感がほぐれ、穏やかな心境に移り行くのを感じつつ、俺は俺の考えていた事を吐露した。


「病気とか、命にかかわることじゃないんでしょう? でしたら、問題ないですよ」

「病気ではないですけど……」

「俺、あいつの親を見たことがあるんです。そいつは普通の赤竜だった。でも、一向に親に似ないジークを見て、先天性の疾病を患ってるんじゃないかって不安だったんですよ」

「赤竜……? ジュエリーネビュラは赤竜から生まれるのですか?」

「さて、どうでしょうか」


 俺はアイテムボックスからはちみつ瓶を取り出すと、それを受付嬢に向かってトスした。目の前に来たそれを、両手でしっかり受け止める彼女。俺は「ナイスキャッチ!」と声をかけて本題に入る。


「それは昔、旅先で養蜂家から頂いたハチミツです。その時、ちょっと面白い話を聞いたんですよ」

「面白い話、ですか?」

「はい」


 俺は頷き、話を続ける。


「女王になる蜂と、働き蜂。この二つの違いって何かご存じですか?」

「い、いえ……モンスター学は修めてますが、生物学はちょっと……」

「あはは、ですよね! いや、安心しました。フルハイネスキュアーの時といい、星雲宝石龍ジュエリーネビュラといい、もしかしたらご存じかもと思ってたんですよ」


 洽覧深識に思われた彼女にも知らないことはあるらしい。完璧な人間などいないという事に安堵しつつ、同時に知っていたら先のような質問は出てこないことに思い至る。

 軽く零した笑みに続けて、主張を開始する。


「女王蜂も、働き蜂も、卵の時点では同じらしいです。違いは一つ。ロイヤルゼリーと呼ばれる分泌物を与えられて育つかどうか。たったそれだけの違いで体長も寿命も、普通のミツバチとは全然違うものになるらしいです」

「へぇ……不思議な生き物なんですね」

「そうですね。でもね、そんなことはどうでもいいんですよ」


 そういうと、彼女の目が僅かに見ひらかれた。

 どうでもいいと切り伏せたことに対してか、それとも俺から振った話題なのにという衝撃からか。両方という可能性が一番濃いか。


「俺が言いたいのは、ジークはジークってことです」


 それ以上でも、それ以下でもない。


「生まれてきた命に特別なんてない、あるいはみんながみんな特別なんです。星雲宝石龍ジュエリーネビュラだったとしても、そうでなかったとしてもジークが大切な家族であることに変わりはありません」

「そう、ですか。……確かに、ウルティオラさんの言う通りかもしれません」


 彼女の顔の強張りが、空の彼方へ飛んでいく。

 代わりに覗かせた彼女の笑顔は、まるで雲の切れ間から見える満月のように柔和だった。


「今日はわざわざありがとうございました。ジークが病気じゃないってわかって良かったです」

「いえ! 私の方こそありがとうございます。星雲宝石龍ジュエリーネビュラなんて希少種までお目にかかれて幸せでした」

「家まで送りましょうか?」

「ふふっ、大丈夫ですよ。私の家、すぐそこですし、ここは宿泊の町リグレットですからね。御心配には及びません」

「そうですか、では。お気をつけて」

「はい! ありがとうございました」


 そう言って俺は、彼女を見送った。

 それこそ、彼女の姿が見えなくなるまで。


 彼女の姿が見えなくなってから。

 俺は茂みに向かって声をかける。


「さて、盗み聞きとはいただけないな。出てこいよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る