第12話 報告書

 ジークの報告時期が来た。

 いや、正確には来ていない。

 ただ、そろそろ一度報告すべきかと思い立ったのが今日だったというだけの話である。


 そういう訳なので、これまでの出来事を記し、朝一から提出に向かっているところだったのだ。ギルドに着けばいつも通りの受付嬢がいた。ちょうどいいと思い、そのまま手渡した。いっつもこの人いるけど休みあるのかな?


「なるほどなるほど。生まれたばかりの竜は親竜を探すと。親竜と会うまで暴れていた個体がそれからは大人しくなった……なるほど、今まで人の手で育てられた龍種が存在しないわけです」

「どういうことですか?」

「そうですね……どこから話しましょうか」


 受付嬢は指を唇に添え虚空を見つめた。

 しばらくして、考えが纏まったのだろうか。

 こちらに向き直り、話を続けた。


「今までも龍種を人の手で育てようという試みはありました。まず、生まれたての龍種を巣から攫って人の手で育てようというものです。しかし、これは失敗でした。当然ですね、ドラゴンという強力な力を持つ種族が、誘拐犯に素直に従うはずがありませんでした」


 子竜からすれば、親と引き離した憎き敵だ。

 仮に調教できたとしても、逆襲の機会を虎視眈々と狙うのは目に見えている。そしてそれを覚え続けるだけの知力が龍には備わっている。


「そこで今度は、卵を孵化するところから始めようとしたわけです。しかし今度は生まれた子が自分の身を啄んで、そのまま死に絶えてしまった。ラッパ状の襟巻を首に巻き付けて阻止しようとしても、今度は内臓がボロボロになって死亡。そんなわけなので、今までドラゴンの育成に対して成功例は無かったんですよ」

「へー」

「へーって……話聞いてました?」

「もちろん。幼竜でも孵化した竜でも人の手で育てることは能わなかったってことでしょう?」

「私の説明丸っとすっ飛ばしましたね」


 悪いな。

 一通り聞いたけどジークを育てる上で有益そうな情報を見いだせなかったからな、全部忘れた。


「しかしそうですか。生きてる竜のもとに連れて行けばそちらに靡くでしょうし、人の手で育てるのは無理という訳ですね。親竜を倒せる人がいないと」

「俺は無暗に龍種と戦ったりしませんよ?」

「そうですよねー」

「ちなみにアリシアも請け負わないと思いますよ」


 アリシアはドラゴンを殺す事に躊躇いは無いだろうが、そもそもが回復特化のステータスだからな。単騎でドラゴンを殺したりはできないだろう。受付嬢……というよりはギルドなどの上層部が、変な気を起こす前に釘を打っておく。


「まあそうですよねー。それより、報告書の中で気になる点があるのですが宜しいですか?」

「はい。何か不備でもありましたか?」

「いえ、そういうわけではなくてですね、個体名ジークの身体的特徴についてです」


 それか。

 俺も気にはなっていたのだ。


 ジークの親はただの赤竜だったのに、ジークは一向に親に似ない。それどころか、益々鱗は美麗になり、まるで宝石の鎧を纏っているかのようなのだ。


「可能性は限りなくゼロに近いですが、一つ、思い当たる節があります。一度この目で見せていただいても宜しいでしょうか?」

「ちなみにその可能性についてお伺いすることは?」

「その件につきましては確認させていただいてからでお願いします。悪いようにはしませんので」


 一瞬だけ考えたが、答えはすぐに出た。

 少しでもジークの事が分かる手がかりがあるのに、それを追わない手はない。


「分かりました。それでお願いします」

「では、都合のいいお時間などございますでしょうか?」

「うちはいつでも」

「それでしたら、本日の業務が終了し次第訪問させていただきますね」


 話が一段落付いたので、一度家に帰ることにする。


「あ、報酬っていつ出ます?」



 報酬は思った以上にたくさん入った。

 当然か。人類史上初の龍種の育成事例だ。

 金額もそれに見合ったものになるという訳だ。


 暖かくなった懐にほくほくしつつ、家に帰る。

 家の外ではジークがお昼寝をしていた。

 それでも俺が家に近づくとぱちりと目を覚まし、一声鳴いた。


「きゅるる」

「おう、ただいま、ジーク」


 そのやり取りが聞こえたのだろうか。

 連鎖するようにアリシアも家から出てきてお迎えしてくれた。


「あら、ウルさんおかえりなさい」

「ああ、ただいまアリシア」

「ご飯は出来てますよ。それともお風呂にしますか? ……あるいはわた――」

「よし! じゃあ温かいうちにご飯を頂こう!」

「むー。ウルさんはつれませんねぇ」


 そもそも今は真っ昼間です。


「アリシアのご飯が楽しみなんだよ」

「もう! そんな露骨な機嫌取りじゃ嬉しくないですからねっ!」


 なんて言いつつも、るんるんとキッチンに向かうアリシア。ちょろい。


「と、そうだアリシア。今日の夜、ギルドの受付嬢さんが来るから」

「……ハイ?」

「ひっ!?」


 アリシアの呼気が、白く凍るのを見た。

 その背後に、顔が真っ暗な三面六臂の異形が佇んでいるような気配がする。気を抜けば心臓が動くのを止めてしまいそうだ。


「違う違う違う! 何を勘違いしてるか知らないけどアリシアが怒るようなことじゃないから!」

「では、ご教授願えますでしょうかウルティオラ様」

「敬語こわい!? 違うんです! ただジークの様子を見に来るだけなんです!」

「……本当ですか?」

「はい!」


 その答えに納得してくれたのだろうか。彼女から放たれる禍々しいオーラが、徐々に引いて行く。

 それから彼女はすべてを引っ込めて、何事もなかったかのように笑顔で喋り出した。


「もう、いやですわウルさんってば。そういうことでしたら最初からそう言ってくださればいいのに」

(あぶ……こ、殺されるかと思った)

「いえ、よく考えれば当然の事ですわね。ウルさんが誠実で真面目なお方だという事は私がこの世の誰より存じておりますわ。そんなウルさんが私以外の女性に靡くはずなんてありませんものね。お恥ずかしい限りですわ。そもそも――」


 矢継ぎ早に語る彼女に、俺は相槌を打つ隙すら見つけられない。仕方がないので、彼女がひとしきり満足するまで喋らせて、それから。


「そうですね」


 と、返した。


 いやぁ、空が青い。

 いっそ、清々しいくらいに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る