第7話 ギルドマスター

 俺たちが元勇者と聖女だとバレた。

 まあ、正確に言えば影武者と聖女だが。


 そうなると当然ギルドマスターにも連絡が入る。


「ふむ、君たちがSSSランクの」


 茜雲はすっかり空に溶け、夜の帳が下りた頃。

 俺たちはその人との面会を要されていた。


 霜の様な白髪が混ざり出した黒い髪。

 落ち着いているのにどこか力強い目。

 吊りと垂れを兼ね備えた枝分かれの眉。


 総括としては、老いを感じさせない矍鑠かくしゃくとした男。

 それが最初に抱いた感想だった。


「なるほど。歴戦の猛者の風格を纏っている」


 神妙な顔をするギルドマスター。

 張り詰めた空気を少しでもほぐそうと思った俺は、差し出された、ほかほかと湯気を立ち昇らせるお茶を一口頂き、それから軽く笑って返した。


「買い被りですよ」

「そんなことはあるまいて」

「こういう方なんですよ、ウルさんは」

「ほう……?」


 目の前の男が威圧感を叩きつけてきた。

 空気が軋んで、温度が下がる心地がする。

 それは剣気の押し比べの申し出だった。


 まっぴらごめんだね。


「……ふっ。なるほど」


 マスターは納得したようにうなずいた。


「いや、試すような真似をしてすまなかった。強者とみると戦いたくなるのは冒険者時代からの性でな」

「自信が無いから逃げただけかもしれませんよ?」

「はっ、勝負から逃げ出すような男が、ワシの剣気を受けて笑みなど浮かべていられるものか」


 一文字に結ばれた口が、フッと緩んだ。

 見定めるようだった目が、穏やかな色を灯す。


「その深い瞳、君の年で宿すようなものではない。何か深い事情があるのだろう」

「まあ、そうですね」

「一個人としては詮索は好きではないのだがな、立場上そんなことも言ってられん。宿泊の町リグレットに君たちがいる理由を話してもらえるかな?」

「……まあ、そうですよね」


 受付嬢くらいなら言いくるめられても、流石にギルドの長となればそうも言ってられない。仕方なしに、訥々とつとつと、事情を語る。


 実は勇者ではなく影武者である事。

 勇者パーティから追放されたこと。

 アリシアを巻き込んでしまった事。

 全てを包み隠さず打ち明けた。


「……そうか」


 流石に、話し終える頃には喉が疲れた。

 休憩にとお茶に手を伸ばす。すっかり冷えていた。


「ああ、冷えてしまったな。いま替えを出そう」

「いえ、お気遣いなく」


 一口含み、喉に通す。

 ほろ苦さが口中いっぱいに広がった。


「しかし大丈夫なのか? 魔族との対立は今なお深まるばかり。君たち二人が抜ければ戦力の激減は免れないだろう」

「まあ、大丈夫でしょう。俺と違って、あいつは勇者になるべくして鍛えられてますから」

「勘違いしてはいけない。訓練によって得られる経験と、実戦によって得られるそれは全くの別物だ。話を聞く限り、これまでの戦闘は君たちが行ってきたのだろう? はたしてその勇者は真に君より実力者だったか?」

「……それは」


 追放された日、あいつから受けた剣を思い出す。

 型だけは凄くきれいで、だけどまるで重みの無い。

 背負う物が無い者の振るう剣。


(あの時は手加減していると思っていたけど、あれがあいつの底だったのだとしたら……?)


 かぶりを振って、浮かんだ考えを払った。


「さすがに、俺より劣るなんてことは無いでしょう」

「……まあ、君がそう言うならそれを信じよう」




 用件は済んだ。事情は打ち明けた。

 ここにいる必要もなくなったので、家路につく。

 ギルドから立ち去ろうとして、見送りに来ていたギルドマスターが口を開いた。


「ウルティオラ君、アリシア君」

「はい?」

「なんでございましょう?」


 振り返れば真剣な顔をした彼がいる。


「この町に来て、そろそろ一週間が経つそうじゃないか。どうだい、この町は」

「そうですね、いい町だと思います。人は心暖かく、争いごとのない、穏やかな、素敵な町だと俺は」

「君はどうかな? アリシア君」

「私も、ウルさんと同じですわ」


 そういうとギルマスは「そうだろう、そうだろう」と快活に笑った。こんな表情もできるんだなと思っていると、そこからさらに言葉が連結される。


「俺はな、この平和を守っていけたらと思っている。いつまでも、いつまでも」


 それこそ孫の孫のそのまた孫の世代まで。

 そう語る男の顔は、まるで少年が夢を語るよう。


「もし、争いが起きた時には力を貸してくれるか?」


 言葉に詰まって、空を仰いだ。

 王都では見られないほどに眩い星々が瞬いている。

 言葉が見つからなくて、つい曖昧に返した。


「そんな日が来ないことを祈ってます」


 顔を下ろせば、少し寂しげなマスターの顔。

 情けない気持ちと、申し訳なさが胸中に広がった。


「……そうか、すまなかったな」

「いえ。それではまた」

「ああ、気を付けて帰れよ」

「はは、この町でそんな心配してませんよ」



 幾千の星たちに見守られ、俺達は歩いていた。

 一筋の流星が尾を引いて、その暗幕を引き裂いた。


「アリシア」


 空を見ていると、無性に、謝りたい気分になった。

 もともと、剣は好きでも争いは好きじゃなかった。

 それでも使命感に駆られ、勇者として血の池を作り、そんな俺を支えさせてしまって、だというのに、俺はそんな生き方から逃げてしまって。


 今もなお、ときおり、影に囚われそうになる。

 聖女としての立場より、俺と一緒にいることを選んでくれたアリシア。君は今もその選択を、後悔せずにいてくれているだろうか。


(……何から話せばいい……)


 告げたい言葉は山ほどあった。

 でも、どこから切り出せばいいか分からなかった。


「ウルさん」


 アリシアが、口を開いた。


「大丈夫です。ウルさんの居場所は、ここにちゃんとありますから。ですから――」


 優しく、微笑みかけられる。

 月明りが、彼女を暖かく包み込んでいる。

 発光するかのような金色の髪をふわりと舞わせ、アリシアはこう言った。


「――一緒に、帰りましょう?」


 それだけで、救われた気がした。

 胸の底につっかえていた何かが、すとんと抜けた。


「ありがとう、アリシア」


 そう言うと、彼女は柔らかく笑った。


「はい。ずっとお傍に」

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