第5話 黄色いパンジー

 なんだかんだと聞かれたら。

 答えてあげるが世の情け。


「何者と聞かれても田舎者だとしか……」

「ただの田舎者がフルハイネスキュアーを生成できるわけないじゃないですか!」

「それができるかも……?」

「できません!」

「疑いから入るのは今も昔もあなたの悪い癖です」

「今日が初対面ですよね!?」


 困った。

 まさか一目見てフルハイネスキュアーだと気づくほどの目利きの達人だったとは。田舎のギルドとはいえ、受付嬢を務めるだけの事はあると言うことか。


 助けを求めるように、アリシアに視線を送る。

 アリシアは暗記した教科書を朗読するように、淀みなく滔々と答えた。


「実は、もともと父の為に手に入れたものだったのです。父は野草採りの名人でした。しかしある日、たちの悪い魔物の呪いに犯されて……。そんな父の為に必死に手に入れたものだったんです。もっとも、それを持ち帰った時には、父は既にこの世を去っておりましたが」

「そう、だったんですね。すみません、私」

「いえ、きっと父も喜んでいると思います」


 上手い嘘だと思った。

 聖女だなんて謳われているが、実はアリシアは俺なんかよりずっと隠し事が上手い。前にコツを聞きに行った時には「秘密は女性の化粧品ですから」と言われた。どういうこっちゃ。


「もしかしてお二人はご家族なんですか?」

「いえ、ちが――」

「そうです」


 前言撤回。

 え、アリシアさん?

 その嘘つく必要ありました?


 そんなことを考えていると、彼女から凍てつく波動が向けられた。あ、すみません。何でもないです。

 家族でもないのに同居してたらおかしいもんな。

 いやー、さすがアリシア。頭がよく回るな。


「お二人は見かけない顔ですが、もしかして療養ですか?」

「……はい。元の家に居ても、父との記憶が思い起こされて。いっそのこと、離れてみてはどうかと言われたのです」

「なるほど、時折いらっしゃるんですよ。宿泊の町リグレットにそういう理由で移住される方」


 心の傷を癒す。

 その意味であれば、あながち間違いではないかもしれない。


「あまり、無理をなさらないでくださいね。お二人はもうギルドの一員なんですから」


 俺とアリシアは頷いた。

 毛頭無茶をするつもりはない。

 適度に稼ぎ、適当に過ごす。

 そんな生活で十分幸せだ。


「あ、ところで素材の買取してほしいんですけど」

「はい! 大丈夫ですよ」

「これなんですけど……」


 アイテムボックスから適当に見繕い手渡す。

 『藍色肺魚あいいろはいぎょ』、『極楽蝶ごくらくちょう』、『ナナホシキノコ』に『麦萌芽ばくほうが』。素材を取り出していくと、いつの間にか受付嬢は固まっていた。


「もしもーし?」

「ハッ! あはは、素材の買取ですね!」


 声をかけると無事再起動した。

 若干テンションが高くなっている気がするが、気がするだけだろう。気にしたら負けの気がする。

 素材を鑑定した後、受付嬢が買い取り価格を提示する。相場よりむしろ高いくらいだ。もしかしたらこの町の物価自体が高いのかもしれない。物流の弱い町は往々にしてそういうことが多い。

 結局、その提示額で買い取ってもらうことにする。


「ではその金額でお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 受付嬢はそういうと、ギルドの裏手に回った。

 去り際に小声で「やはりお二人は名うての冒険者なんじゃないでしょうか」と呟いていたが俺の耳には聞こえていない。聞こえてないったら聞こえてない。

 とか考えているとアリシアに耳を引っ張られた。


「アリシアさんや、アリシアさんや。アリシアさんの指に俺の耳が挟まってます」

「引っ張っているのです」


 アリシアはムッとして、耳を強く引っ張った。

 どうやらこの比喩表現はお気に召さなかった模様。


「ウルさん。確かに私たちは勇者パーティではなくなりました。それでも、力のあるものは前線にというのが今の風潮であることに変わりはないのです。フルハイネスキュアーの件はいいです。ですが、あまり目立つような行動は控えてください」

「目立つって……俺の提示した素材はFランクでも取れる物ばかりだぞ」

「運が良ければという前提が付きますけどね。あんな希少素材をポンポン持ち出せば怪しまれて当然です」


 俺が提示した素材は、誰でも足を運べるような場所で見つかる物ばかりだ。だがしかし、彼女が言う通り珍しいものでもある。それを浅慮に提示したことにアリシアは怒っているようだった。


「ごめん。考えなしだったよ」

「いえ、私も止めに入るべきでした」




 それから、お金を受け取り、ギルドを後にした。

 灰色の石畳で出来た町の往来を歩く。


 ふっと、花の香りがした。

 何気なしにそちらを見れば、同じようなタイミングでアリシアもそちらを向いた。


「ウルさん、お花屋さんです」

「そうだね。寄って行こうか」

「はい!」


 その花屋には、いろいろな種類の花が咲いていた。

 赤い花、白い花、青い花。

 一輪一輪が、誇らしく佇んでいる。


 その中からアリシアは、一輪の黄色い花を愛でた。

 フリルのような花弁を持つ、たおやかな花だった。

 名前はパンジーというらしい。


「ウルさん」


 それだけ言うと、アリシアは黙った。

 プレゼントしてくれということだろうか。

 幸いなことに、換金で懐は潤っている。

 プレゼントするのは構わないのだけれど。


「他の花じゃなくていいのか?」

「はい。この花がいいです」


 アリシアがそう言うのなら、そうなんだろう。

 俺は店員さんに声をかけて、その花を購入した。

 店を出て、アリシアにプレゼントする。

 黄色い花弁が、彼女の髪色に溶け込んだ。


「……似合っているよ、すごく」

「ありがとうございます、ウルさん」


 大切にしますと笑う彼女はとても幸せそうだった。

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