第4話 フルハイネスキュアー
冒険者ギルドの中は、わずかに薬草の匂いがした。
王都のギルドはこうではない。
夜は酒場のあちらでは、いつも酒気が漂っていた。
開け放たれた扉を通り、受付を探す。
すると女性と幼児が揉めているのが目に入った。
一人は受付嬢と思われる人。マニュアルに無い対応を迫られてまごまごしている様子が見て取れる。
もう一人は幼い女の子。話の通じない店番相手にイラついている様子が手に取るように分かる。
「だから! おじいちゃんが大変なの!」
「ですが冒険者を守るのも私たちの責務でして……」
そんないざこざを聞き流しつつ、ぐるっと見渡す。
窓口はその一箇所を除いて全て閉まっていて、冒険者として登録するには言い争いが終わるのを待つしかなさそうだった。
勇者パーティを追放されてなければ再登録する必要もなかったんだけどな。
遠くからそのやり取りを眺めていると、受付嬢と目が合った。助けを求めているように見える。
チラとアリシアに視線を送ると、こくりと頷いた。
歩き出し、争いの中に入っていく。
「どうしたんですか?」
「それが、その……」
「なによ! 今は私が話をしてるの!」
「んー、お兄ちゃん達でよかったら力になるよ。どうかな、話してくれないかい?」
幼女は受付嬢を一瞥し、嘆息した。
仕方ないというのを思い切り顔に出し、それから俺に事の詳細を語ってくれた。
「あのね、おじいちゃんがとっても辛そうなの。それでね、王都って所に行かないとお薬が手に入らないらしいの。だからね、私を王都に連れて行って欲しいって言ってるのに、全然聞いてくれないの!」
「なるほど、大体わかったよ。話してくれてありがとうね。おじいちゃんを治すのに必要な薬の名前はわかるかい?」
「うん! ハイネスキュアーって言ってた!」
「そっかぁ、ハイネスキュアーかぁ」
ハイネスキュアーというのは、高級な薬の名前だ。
それこそ一瓶で平民の二月分の収入程度の価格がする。仮に王都までこの子を連れて行ったところで手に入れられないことは目に見えている。それでこの受付嬢はどうしたものかと悩んでいると。
「よし、お兄ちゃん達に任せろ!」
「「え!?」」
幼女と受付嬢が声をそろえた。もっとも、揃っていたのは音だけで、一つは喜びを、もう一つは衝撃を孕んだ驚嘆だったが。
「すみません、調合室をお借りしたいのですが」
「え、はい。冒険者カードのご提示をお願いします」
「あ、そっか。そこからだった。すみません、冒険者登録2名でお願いします」
「はい?」
受付嬢の目がぐるぐると回っている。
冒険者でもない人が調合室でハイネスキュアーを生成しようとするロジックが分からない。そんな顔をしている。
最終的に「ま、
「それではこちらの必要事項を記入してください」
そう言って渡された紙は、数年前にも書いた紙。
冒険者登録手続き用紙だった。
昔を懐かしく思いながら、空欄をさらさら埋める。
「では、カードの発行を行いますね」
「あ、調合室は借りてもいいですか?」
「どうぞ。右手に見える扉の奥にございます。器具はご自由にお使いください」
「ありがとうございます」
俺は膝を曲げ、幼女の目線に顔を近づけた。
それから、声をかける。
「よし、じゃあハイネスキュアーを作ろうか!」
「えー! お兄ちゃんお薬作れるの!?」
受付嬢は完全に我関せずといった様子。
お花畑を目の前にしたように楽しそうにしていた。
正面向かって右側。
寂しげに立ち尽くす扉の取っ手は滑らかだ。やすりで磨いたというよりは、長年使われたことで人の手から脂が移ったような肌触り。年季を感じる扉を引くと、キィという音が立った。瞬間、鼻をツンと刺す薬草の香りが運ばれてくる。
「ウルさん、ハイネスキュアーを作るには素材が足りないのでは?」
「あはは、そうなんだけどさ」
アリシアが小さな声で囁いた。
俺も小さく返す。幼女は鼻をつまんでいた。
「助けられる手段があるのに放っておくなんて、死ぬほど後悔する。それが嫌なんだ」
「ウルさんはお優しいですね」
「エゴイストなだけだよ、さて」
昔取った杵柄というか、調薬との付き合いは長い。
冒険中にアイテムを切らした時の保険ってやつだ。
その結果、現存するレシピは全て暗記済みだった。
それこそ低級ポーションから神話級の薬まで。
アイテムボックスからいくつか素材を取り出す。
それを見てアリシアは勘付いたようだった。
「『
ハイネスキュアーを作れないことに変わりはない。
が、その上位互換を作れないわけではないのだ。
フルハイネスキュアー。
これなら手持ちの材料でも十分作れる。
一瓶で家が建つほど高価だが、人の命と比べりゃ安い。
「おじいちゃん、きっとよくなるからね」
「うんっ!!」
調合を開始する。
ややあって、完成したものがこちらになります。
「すごーい! キラキラしてる!」
「うんうん。これをおじいちゃんに渡してあげてね。お使いをお願いしていいかな?」
「うんっ! 任せてお兄ちゃん!」
そういって、たったったっと駆けて行く幼女。
部屋を出る前にこちらに向き直り、背伸びして手を振った。俺も指を閉じてゆっくり手を振った。
その時、扉が開いて受付嬢が現れた。
「ウルティオラさん、アリシアさん。冒険者カードの発行が終わりまし、たよ……」
彼女の目が、幼女の持つ小瓶に向けられる。
あ、まず。
「フフフフルハイネェェェもぐっ!?」
そこそこあった距離を一歩で詰め、受付嬢の口を塞いだ。
「ふるはいねぇ?」
「いい質問だね。フルっていうのは満タンってこと。ハイエネっていうのは高純度エネルギーのこと。つまりそのお薬は凄いってことだよ」
「そうなんだ! ありがとうお兄さん!」
今度こそ幼女は走り去っていった。
去り行く背中に「おじいちゃんによろしくね」と声をかけると、幼女は走りながらも顔をこちらに向け手を振った。その顔にはお日様のように曇りなき笑顔が浮かんでいた。
ふぅ、と一息ついて、受付嬢から手を離す。
彼女は「ななな」と声を震わせて、それからこう言った。
「何者なんですかお二方は!?」
もはやたははと笑うしかなかった。
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