第26話 特別な夜の始まり

 誰かといる夜は特別だ。

 いつもひとりの夜を過ごしていた。部屋のベッドに寝転がり、眠る直前にスマホで調べるのは天気予報とかではなく、いつだって君のSNSのこと。相変わらず、ずっと止まったままだ。

 スマホを閉じて部屋の灯りを消して寝転がると、考えるのはいつだって過去のことだ。天井を睨んで、瞳の黒に映すのは現実ではない。光り輝きだす宝石のような日々だ。君の笑顔が蘇るたびにぼくの口元が緩む。そうして、時には朝の光が薄っすらと差し込む夜を過ごした時もあった。


 冬休みが始まって、年末まではあっという間であった。

 テレビの冬の特番や学校の課題。たまには外に出て、目的もなくぶらついてみたり。当然だが、毎週木曜日の澄香さんと例の男のことが気になったが、行くことはなかった。タっちゃんがくれたチャンスがある。焦る気持ちが芽生えたが、なんとか自分を殺した。


 十二月三十一日の真夜中の十一時。自転車で市の外れにある神社に向けて出発する。

 ぼくは毛糸のニット帽に茶色のロングコートを羽織り、真っ白なマフラーを巻いて家を出た。待ち合わせは家から三キロ離れた総合公園前のコンビニエンスストア。カラッカラに冷えた夜風を身体に纏いながら自転車のペダルを蹴って、タっちゃんたちの待ち合わせ場所まで向かう。

 冬休み前に通話アプリに『初詣の会』というグループが作られ、タっちゃんがぼくやハルとカナ、そして澄香さんを誘った。そしてタっちゃんが頭となって、今日の日取りを決めた。こういう時に率先して動くタっちゃんに少し嫉妬してしまう。やる時はやる男。ぼくだって、それに負けていられない。

 トークの結果としてぼくとタっちゃんが合流した後、三人と合流して神社に向かう流れとなった。澄香さんの発言は『わかりました』という丁寧かつ短いものだ。僅か六文字だったけど、ぼくの胸は高鳴る。

 

 白い息を吐き出しながら、ペダルを踏み込む足に力を入れる。静まり返っている夜の街が、なんだか祭りの直前のようにワッと蘇りそうな気がした。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「そこそこ人がいるなぁ」


 タっちゃんが目の上に手を置き、遠望するように行き交う参拝者を眺める。

 澄香さんたちと合流したぼくらが向かった神社は市の外れにある神社で、聞いたこともない名前だった。難しい漢字を書く神社で、岩を裂けるみたいな名前をしていた。

 境内には小さな出店が出ており、そこには神社のくじ引きの他に、焼きそばや甘酒の出店なんかが並んでいた。境内を外れると畑が一面に広がっているような、田舎のどこにでもありそうな小さな神社。市内で一番大きな神社と比べると随分とこじんまりとした印象を受けるが、ぼくはこういうのが好きだ。お祭りの雰囲気は好きだが、その中心部ではしゃぐのはどこか苦手だった。なにより、澄香さんと過ごすならばより静かな方がいい。彼女の声は透き通りすぎて、油断していると聞き逃してしまうから。


「ねぇ、飯島くんはこの神社に来たことあるの?」


 ハルが問いかける。デニムパンツにケーブル編みのパーカーで、避妊具みたいな先の尖ったニット帽。お転婆な子のイメージにぴったり。隣のカナは黒のパンツに真っ赤なカーディガン。ハルとは正反対な大人なイメージ。タっちゃんは首を横に振った。


「いいや、一度だって来たことないや」

「えー、なにそれー」

「まあまあそう言うなって。実は地元の先輩に聞いた話なんだけど、面白いもんみれるんだって」


 ちょっぴり怪訝そうなハルに口の端を吊り上げて笑う。お得意のタッちゃんスマイル。このスマイルをした時は必ず自信がある時だ。二年と半年も付き合っているから、よくわかる。


「なにが起きるの? 神主さんが踊ったりするの?」

「いくらなんでもそんなわけないじゃん。ハルってそーゆーとこ天然だね」


 突拍子のないハルの発言にカナのツッコミ。ふたりがじゃれ合うのを横目にぼくは澄香さんを盗み見る。その細身が人混みの中に紛れて消えてしまいそうなほど、窮屈に肩を狭めている。予想はしていたが、人混みはあまり好きじゃないようだ。

 

 タっちゃんはスマホの画面を見て、「よし、あともう少しで今年も終わるし、出店でも行こうぜ」と提案した。


「えー。こういうのって零時ぴったりにお参りするのが普通じゃないの」とハル。

「ホントはそうなんだけどさ、ここはそれをやるともったいないんだよ」


 タっちゃんがニヤリと笑ってみせると、ハルとカナは同時にぼくに視線を注いだ。ぼくは首を横に振る。


「悪いけど、ぼくもここのことはよく知らないんだ。タっちゃんがこう言ってるんだし、そうしよう」


「ふーん」とカナが鼻を鳴らす。「それじゃあ、騙されたと思ってそうしてみますか」


「あ、じゃあ私ヤキソバ食べたーい。今日はご飯あんま食べてこなかったし」


 いつもの浮かれた調子に戻ったハルが出店に指を差す。元気いっぱいのハルに引っ張られるようにぼくらは両手の指で納まってしまうほどの出店の列へと歩く。

 連れ立って歩く時、ぼくは歩幅を澄香さんに合わせて、隣に並んでみる。今日はスリットが入った裾が長い黒色のフレアスカートに淡いピンクのダッフルコート。最近だが、彼女の私服はどこかふわりとした服が多いのがわかった。

 

「今日は寒いね」


 、と話しかけてみる。彼女はコクリと頷き、「そうだね」と小さく返した。

 他愛のない小さな会話。それでも、こんな夜だとなんだか特別に思えてしまう。

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