第25話 終業式

 冬休みを目前に控えた最後の登校日。


 ぼくらは授業を終えたあとの終業式も終わり、教室でホームルームを受けて帰るだけだ。

 その日、休み前にぼくはどうにか澄香さんに約束を取り付けたくて悶々としていた。

 会うとか会わないとか、連絡するとか、なんだっていい。とにかく、君と繋がっていいという約束が欲しかった。でも、その理由がどうにも思い浮かばない。一日逡巡したが、どうにも答えがでない。


 少し前のような突拍子のない行動が出来ない。いや、したくないのだ。

 捨て身の奇襲攻撃は今まで成功したけど、失敗した時のリスクを考えるようになった。臆病者だと笑われてしまうかもしれないが、澄香さんの笑顔を曇らせるのはぼくが一番見たくない。


 ホームルームも終わり、日直が号令をかけて終わらせる。頭を深々と下げると金井先生が「お前ら、大事な時期なんだからハメ外すなよ」と締めくくって去っていった。

 炭酸が弾けるように皆が席を立ちあがっていく。ぼくの中でも同じように焦燥感がジワジワと湧きあがる。

 ぼくらを繋ぐ役割を果たしていた学校生活が長期休みに入る。二週間という休みは短いようで、ぼくには長く会えない時間の始まりだ。


 何気ない素振りで机の横にかけていた鞄を上に置く。本当は、後ろに振り向きたい気持ちでいっぱいだった。

 振り向かずともなんとなくわかる。澄香さんはカナとハルと一緒に去っていくのだ。微かに聞こえるせせら笑う声がその証拠だ。

 選択肢は至って単純だ。声を掛けるべきなのだ。だがなんと言えばいいだろうか? 君のすぐそばにはいつも誰かが居て、ひとりになることはない。


 僅かに悩んだが、何も思いつかぬままぼくは振り返ろうとした。その瞬間、三人を呼び止める声が出た。


「おーい、三人ともぉー。ちょっと待ってくれないか?」


 ぼくの声じゃなかった。声の主は隣にいた。タっちゃんだった。

 タっちゃんは立ち止まった三人の前にツカツカと進み、また口を開いた。


「なあ、せっかくだしさ。冬休みに初詣とか行かね?」


 意外な言葉だった。女子たちも突然の言葉に互いに目配りをし、考えている様子だった。

 タっちゃんの顔は見えないが、背後からでも不敵に笑っているのがわかる。


「今年で高校最後だし、ちょっとお参りとか、さ」


 後押しする台詞を並べると、タっちゃんはぼくに振り返った。


「な、ソーヤもそう思うだろ?」


 すぐに女子たちの視線もぼくに注がれた。振り返ったタっちゃんの顔はニヒルな男といった感じでへの字に口角が上がっていた。ぼくも負けじ唇を少し結んだあとにいった。


「それもいいね。青春の最後に、それもいいかも」


 無難な言葉を選んだつもりだったが、どうにも様にならない。


「なんか面白そうじゃない?」とハル。


「達也くんとソーヤくんならいいかもねー。ねえ、カナ?」

「まぁ、そうだね」と頷くカナ。


 だけ、という言葉に剣崎の顔が思い浮かんだ。幸いなことに、剣崎は号令とともに他のクラスメイトと一緒に出ていった。聞こえてない分ホッとしたが、少し気の毒に思う。


「澄香はどう?」


 カナの尋ねに澄香さんはゆっくりと頷く。


「……いいと、思う」


 三人の返事を聞いたタっちゃんは「よっし、それじゃあ新年の幕開けは神社でやろうぜ」と息巻く。


「実はさ、ちょっと遠いけど面白い神社あるんだ。そこに行こうと思うんだ」


 タっちゃんは意気揚々と言う。ここまでいうのだから、嘘偽りはないだろう。

 三人は頷き合い、カナが「それじゃあ、詳しい場所とか時間決まったら教えてよ」と言い放つと、教室を後にしていく。最後にハルが「ありがとねー」と心地よく手を振っていった。


「タっちゃんが珍しいね」


「なに言ってんだ。俺はお前の真似をしただけだぜ?」


 ニッカリと笑うタっちゃん。ようやく、今までのタっちゃんの振る舞いがいつかのぼくと同じだと気付いた。照れくさくなり、思わず笑ってしまう。


「なんだよ、それ」

「“なんだよ、それ”じゃねえよ。お前だって、こういうこと、嫌いじゃないだろ?」

「どういう意味だよ?」

「こーゆーことって意味だ」


 最後にアハハハと大きく笑うと、タっちゃんはぼくを置いていくようにさっさと教室を後にした。


「待ってよ、ホントにどういう意味だよ」


 鞄を持ち、タっちゃんを追いかける。


「いいじゃんか。それに、こいつはお前の為でもあるしな」

「だから、それもどういう意味だよ」


 それから何も言わないまま、ずっとニヤニヤと笑うばかりだ。そして隣を歩かせないように歩調を速める。

 昇降口を過ぎ、校門まで追いかけるがぼくを横に来させないように早足を緩めることはなかった。

 寒空の下、吐き出した自分の白い吐息を掻き分けながら、ぼくは駆けだす。すると親友も気配に気付いて走り出した。


「なんだよタっちゃん、今日はやけに早いじゃんかよ!」

「バカ。俺はソーヤと違ってちゃんと身体動かしてんだよ!」

「あんまり走るなよ、転ぶぞ!」

「俺のことより、自分のこと心配しろよ」


 下校する同級生や下級生の群れを縫うように、ぼくらはケラケラと笑い声を上げながら走り抜ける。

 久しぶりの全速力に胸が鋭く痛んだ。

 額と背中から流れる汗がYシャツの下に着こんでいたヒートテック・シャツに染み込む。久々に掻く汗も、なかなか捨てたもんじゃないと思った。

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