第27話 からかい遊び
ハルの旺盛な興味に引っ張られ、ぼくらは出店を回っていった。最初に訪れた焼きそばを焼いていた高齢の男の商売文句に乗せられ、隣の店から店へとヒラリヒラリと移っていく。甘酒やあんころ餅といった、普段ぼくらが祭りの屋台ではあまり見かけないものを買い、あっと言う間に両手はふさがってしまった。
タッちゃんと女子二人は少し年上の青年が構えるくじ引きに挑戦し、ぼくと澄香さんは少し離れた石段に腰掛けて、百円で二つのみかんを頬張ってそれを眺めた。一等はついこの間放送が始まった週間漫画の登場人物たちが描かれたタペストリー。正直、なにがいいのかわからないが、三人は小学校の低学年の男の子たちの隣に並んで、桶いっぱいに溢れている折り畳まれたくじ引きを引き続けた。
クレーンキャッチャーで商品が取れなくて、ずっとお金を入れ続ける行為をコンコルド効果というらしいけど、三人を見ているとどうもそれに当てはまるものじゃあない。その場のノリというやつだ。お金を失ってでも、楽しめる一瞬がある。それはきっと、失ったお金以上にこれからの思い出になるんだろう。
「楽しそうだね。でも、ああいうとこの店のくじ引きって、本当は一等賞が入ってないんだってさ」
「そう、なんだ」
「そうらしいよ。この間有名なユーチューバーの検証動画で見た」
親指サイズくらいのみかんの粒をヒョイと口に放り込む。澄香さんはカップに入れられた甘酒をズズっと小さく啜り、三人を眺めている。その提灯や水銀灯の灯りに照らされる横顔は、すごく綺麗だった。いつまでも見ていられる。
何度もこうして君に夢中になり、心踊らされ、ぼくはまるで誘蛾灯に誘われる羽虫のようだ。いつだって、君のまわりを飛び回り、その取り繕った鱗粉を見せることしかできない。もちろん、君は誘蛾灯以上にもっと輝くものなのだが。
ひとしきり眺めているのも不謹慎に思え、ぼくはまた視線を三人に戻す。「くそー、また五等だぁ」と苦笑いを浮かべるタっちゃんに「えーもっといいの引いてよー」とものみ高く囃し立てる二人。すごくよさげな雰囲気だ。
次第にぼくは“ふたりきりという”という状況に緊張を覚え、紛らわせるように口を開いてみる。
「今年も、あと三分で終わるね」
なんとも生産性のない台詞。他になにか言うべきだったか? それすらも思いつかない。
「そうだね」と返す澄香さん。そのあとは紡ぐべき言葉に見つからず、沈黙が続いた。
冷えて悴んだ手がブルっと震える。口元に運んで息を吹きかける。その間、どんな話題を切り出すべきか考える。
「寒いね」
「うん。寒い、ね」
「早く、新年にならないかな?」
「うん」
随分と間抜けな会話を繰り返す。せっかく二人っきりになれたというのに、ぼくはタイミングやムードばかりを気にしている。流れにそぐわないことに、踏み出せずにいるのだ。
「初詣さ」
「うん」
「何を願う?」
数秒の沈黙が生まれる。すぐ周りで起きている浮かれた喋り声すらも遠く感じる。
返事が返ってきたのは、息苦しそうな静けさが深まりそうな時だった。
「それは……恥ずかしいから、口にしたくないなぁ……」
言い終わったあと、悪戯を見つかってしまったかのような笑顔を見せてきた。とびっきりの最高の笑顔だった。胸の奥から込み上がる熱い気持ちをなんとか抑えつける。いつまでも、君にドギマギしてしまうわけにはいかないから。
突如として露わにした乙女の顔に一瞬どぎまきしてしまうが、なんでもない素振りを見せる。
「それはつまり、ぼくに『当ててくれ』っていうことかな?」
コクリと小さく頷く。頬を紅く染め、唇の端を上げているところを見ると、ぼくを試しているのだ。初めて意地悪な立場になった君に、ぼくはうーんと考える素振りを見せる。
「今年の大学受験が上手くいきますように、かな?」
澄香さんは頷く。
「それは……ある。でも、もっとあるの」
もっとある。それが何を意味するのかなんとなくわかる。ここまで君が答えを求められるのを欲しがっているのに驚いた。だからこそ、ぼくももっと深く入ってみたい。
「それじゃあ、来年は書籍化できますようにって?」
首を横に振られた。頬が微かに膨らみ、唇の端が揺れる。その姿がなおいっそう愛おしく、いじらしい。
散りばめられたような星空を見上げながら思考を巡らす。ふと、頭の片隅にあの男がチラついた。君の視線を独占していた、あの本屋の男が。
こんな時に思い出しくないのに、夜空にはあの男と澄香さんが二人で楽しく談笑する姿が思い出される。まさか。頭の中で否定はしても、嫌な想像から答えが出るものだ。
「恋が実る、ように、とか」
声が上ずりかけた。彼女からの返事が気になる。返事がコンマ一秒でも遅いだけで不安に駆られる。
「そういうのも……あるかなぁ」
首を横に振る。曖昧な返事だ。それでも、君が首を横に振ったというだけでぼくは嬉しかった。
「うーん……もうわからないなぁ」
少し調子づいたぼくはお手上げのポーズを見せる。少しぎこちない笑顔だったと思う。
君はぼくの参った顔を万遍なく見つめる。
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