第10話 公園へ
ぼくとタっちゃんの買い物は非常に愉快だ。
棚に並ぶ商品を適当に手に取り、「これ、お前に似合うんじゃね?」と茶化したり、「これが欲しかったんだよね?」と藪から棒に渡してやるのだ。実にくだらないやり取りの繰り返しだが、これがぼくらの遊びのようなもんだ。
一方で剣崎もぼくらのあいだに入るが、からかいの対象になればムキになったり、空回ったりで調子はずれだ。
結局、一時間少しの時間のあいだに四軒の雑貨屋をまわり、タっちゃんは使いどころのよくわからないハンディ扇風機を買い、ぼくは海賊王を目指す少年が被っている麦わら帽を買った。剣崎はといえば、いま流行のキャラクターのキーチェーン付きのぬいぐるみ。恐らく女子の気を引くための商品だろう。いままでの学校生活を見ていて、そういうのに興味があるとは思えない。
「実はさ、前から欲しかったんだよね」
そう
だが、剣崎のことをぼくは笑える立場でもない。ぼくが麦わら帽を買ったのはおふざけの一環ではないことを、タっちゃんには秘密にしていた。
買い物が終わると自然となんの連絡もない女子グループの方が気になる。男の買い物は薄命だ。ある程度のものを購入すると、よほどのものがない限りは終わったことだと処理されてしまう。
まだ海浜公園で聖地巡りをしているであろう女子たちと合流すべく、出口へと足を進めた。また灼熱の外に繰り出すのは気が引けるが、致し方ない。
出口を出る前にここぞばかりに剣崎がスマートフォンを取り出し、加奈にSNSアプリの無料通話を掛け、一言二言の会話を済ますとぼくらに向き直る。
「まだ海浜公園の中にいるって」
どこか誇らしげな顔でいう。女子との通話が嬉しいのだ。ある意味、純粋で分かり易い奴。
「そうかー。つーかあの公園広いからなぁ。どこにいるって?」
タっちゃんが聞き返すと途端にしまった、という顔を浮かべる。
「そこまでは言ってなかったなぁ」
「それを聞けよぉ。お前、ホントに女とだけは話すの苦手なんだなぁ」
茶化すようにいうタっちゃんだが、剣崎はムッとした態度を見せる。どうにも図星らしい。残念だが、こればかりはタっちゃんに同意する。
「まあさ、気長に歩いて探そうよ。どうせ時間はあるし」
これ以上面倒くさいことにしたくないぼくが割って入る。ふたりは頷き、ダルそうに出口に向かう。
日光が
「ごめん、タっちゃん。ちょっとトイレに行ってくる」
わざわざ広い公園内に入り、公衆トイレを探すのも面倒だ。それならば店内のトイレで済ませた方が手間もかからない。
「しゃーねーな。先に行ってるぞ、ソーヤ」
「うん。すぐ済むからそうして」
タっちゃんは渋い顔を浮かべている。それは剣崎とふたりきりになりたくない、ということの現れだ。この時はタっちゃんも来ればいいのに、と考えたが、それはのちに撤回することになる。
ぼくは天井から吊り下げられた案内掲示板の矢印を頼りに、フロアカーペットの上を少し速度をあげて歩いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ぼくがトイレで用を済まし、タっちゃんたちを追って外に出たのは別れから十五分も経った頃だった。
このモールのトイレはぼくたちが別れた出口からだいぶ離れていたことと、三つある小便器のうちのひとつが故障しており、用足しの列ができていたことが原因だ。
二重の自動ドアを抜けた途端に、容赦ない夏の日差しが襲い掛かる。先ほどまで涼しかったモール内の空調が恋しかったが、諦めて足を進める。
モールを出て、二車線の道路に跨る歩道橋を抜ければすぐに公園の入り口だ。杉並木に囲まれた向こうに、赤と黒のタイルがモザイク調に敷き詰められており、遠く向こうに観覧車やジェットコースターの線路が見える。
随分と広い敷地だ。二年前にミライと付き合っている頃に来たが、散々歩き、散々遊びまわって疲れて帰った記憶が蘇る。
目を焦がすような太陽が目に焼き付き、蘇ったばかりの記憶を閉じ込め、ぼくは歩道橋を降りて公園の中へと進んだ。
モザイク調のタイルで彩られた広場を通り過ぎ、雑木林に挟まれた遊歩道を進んでいく。アブラゼミのミンミンという鳴き声があたりに響き、暑さをさらに掻き立ているような気がした。
木陰に置かれたベンチに目がいった。木陰といっても、枝が途切れてそこだけスポットライトのように日差しが入り込んでいた。そこに澄香さんがいた。
これは好都合とばかりに、気配を悟られぬように忍び足で澄香さんに向かう。
視界に入らぬように回り込み、静かな足取りで彼女の背後に近寄る。手には先ほどモールで買ったあの麦わら帽。
ぼくの気配などまるで気付かない澄香さんに買った麦わら帽子をそっと頭の上に乗せた。予期せぬ出来事に澄香さんがビクリと肩を震わせ、頭に乗っけられた帽子のつばを細い指先で掴み、おそるおそる振り返る。
こちらに顔が向くと、その姿は中々似合う。昔見た絵画のようだ。たしか、ルノワールだったか、ピサロだったかの麦わら帽子をかぶった少女のやつだ。
「中々似合うよ」
いたずらっ子を演じて、不敵な笑みを作ってやる。
ぼくの顔を見て安堵したのか、胸をそっと撫で下ろす澄香さん。
ニヤニヤと微笑むぼくから視線を上へと外し、麦わら帽子のつばを両手の指で掴んで、落ち着かなさそうに位置を調整している。気に入って貰えたのだろうか、ぼくも気を良くしてしまう。
「みんなはどうしたの?」
「まだ……公園の中に……いると思う」
気に入った位置を見つけたのか、帽子をいじるのをやめて視線を戻す。
「正直にいうと……ふたりの見ているアニメは……まだ全部見ていなくて……」
「ぼくと一緒だ」
「それに……登場人物とかも……整理しきれない部分があって……」
ぼくは「ふーん」と頷く。要約すれば、澄香さんはふたりの話題にも追いつけない部分があるのだ。いくら趣味が共通する友人といえど、その嗜好には差がある。誰だって、好きなものを一から十まで共有できるわけじゃあない。
「それで……ちょっと疲れたから……こうして休憩していて……」
なるほど、とぼくは頷く。
こんなむせかえるような暑さと日光に包まれながらも、じっと座っているのも辛くないのだろうか? そんなことを考えているとき、ふと思い出したことがあって口を開いた。
「そうだ。そういえばこの近くに売店があるんだ」
薄っすらと汗ばんでいる澄香さんはじっとこちらを見つめてくる。返事も待たず続けた。
「そこにさ、冷たいものも売ってるしさ、おまけにパラソル付きのテーブルもあるはずなんだ。ここよりかは、幾分かは涼しいはずだよ。そっちに行かない?」
数秒の間を置いて、コクリと彼女は頷いた。
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