第9話 聖地巡礼へ


 あれから幾ばくか時間が経ち、電車が到着した。車両にはまばらに人が居て、女子たちが優先的に空いてる席に腰掛ける。ぼくたち男子たちは彼女らと対面するようにつり革に捕まった。

 電車はゆっくりと動き出し、ぼくらは目的地の駅まで揺られた。


 車内ではぼくらの同年代たちのひそひそとした会話が所々で咲いて、それがちょっとしたBGMとなっていた。

 学校でのこと、友人でのこと。少し前に流行った映画の俳優の誰それがかっこいいとか、女優の誰々は可愛いとか。そんな他愛のない会話。

 目の前でも女子たちがそんな会話を咲かしている。アニメのことだったり、このあいだ読んだラノベのことだったり。時折、剣崎が無理やり混じって、それをタっちゃんがいじる。小さな笑いの渦が起きる。

 だがしばらくして会話にも飽き、皆が思い思いの行動をとり始める。こういう時は本当にスマートフォンしか見ない。一様にスマートフォンを取り出し、画面に映るものを覗く。本当に、この機械はぼくらの臓器と言ってもいいだろう。

 一方のぼくと澄香さんは車窓から流れる風景に目を凝らしていた。別に合図したり、真似したわけじゃない。互いに、気が付いたら車窓に目を凝らしていただけのことだ。


 窓のむこうにずっと流れていた田園風景は次第に途切れだし、鬱蒼とした木々が一瞬だけ景色を隠したあとに、青い海が車窓いっぱいに広がった。太陽の光にキラキラと水面を反射させ、空との境界線まで透き通るような青をのばしていた。

 その綺麗な景色に皆が釘付けになり、「おぉー」と歓声が上がる。ぼくらが住む市からだいぶ離れた場所なせいで、海などあまり目にすることがない。どうして海というのは、人の心を揺るがすのだろうか。

 少しばかりの時が経ち、車内のアナウンスが目的地の駅の名を告げる。駅に到着してぼくらはホームに降りると、真っ先にハルが大きな声をあげた。


「うわー、やっぱアニメどおりの感じだっ! すっごくエモいっ!」


 子犬のようにはしゃぐハル。

 ふとホームの大きな広告掲示板を見れば、美形の男女のアニメ絵が貼られていた。ゴールデンウィーク頃に放送されたアニメで、今では大ブームとなっている高校生の男女六人の恋愛群像劇だ。嘘と真実が混ざった複雑な青春ものがたり。それぞれの登場人物には夢や目指すものがある一方で、なんらかの後ろめたい過去やトラウマがあり、それが相思相愛にさせないのだ。さきのカップルたちのやりとりのように、歯痒さがあまり好きじゃないぼくには、敬遠してしまう内容だ。

 ハルはホームの広告掲示板をぐるりと見回し、推しのキャラが掲示されている看板を探す。ホームにはハルだけでなく、同じようにそのアニメを愛している人たちが看板に向けてスマホのカメラを向けている。そのどれもがぼくらと同年代くらいか、少し上くらいの人たちだ。

 色めきたつハルの後ろで「ほらほら、そんなはしゃいでみっともないよ」と茶化す加奈。その隣の澄香さんは特に反応はない。


 駅を出れば、広いバスロータリーの向こうに赤いインターロッキング舗装の歩道がグンと伸び、その先にショッピングモールと海が一望出来た。車道には他県ナンバーの車が軽快に走り去り、排気ガスを巻き散らしている。


「あーここだよっ! ナキ君とフユカが歩いた道だよ! すっごいそっくりっ! やっぱ神作画だわ~」


 ハルがなんとも品のない声を上げ、胸の前で両手を合わせて子犬のようにピョンピョンはしゃいでいる。ナキ君とフユカというのは、アニメのキャラのことだろう。ぼくにはわからないが、どうやらここがデートスポットらしい。


「それって六話のやつ?」と加奈。「正直、あの話あんま好きじゃないなー。だって、あそこでフユカがはっきりと思いを告げないから、ナギ君が勘違いするところじゃん」

「違うよっ! だってフユカは元カレのせいで告れなかったんじゃん! 仕方ないよ!」


 そういえば夏休み前にこの二人が熱く語っていたのを思い出した。たしか、フユカという女の子は元カレがひどい男で、遊ばれていたという過去があるのだ。あまり興味がないので忘れた。

 複合舗装の上は日光の照り返しが少ないとはいえ、頭上から降り注ぐ暑さはどこだろうと変わらない。額から汗が染みだし、喉の渇きを覚える。聖地巡りに興味がなかったぼくは一刻も早くショッピングモールに辿り着きたかった。


 女子たちは聖地巡りとして、モール外れの海浜公園へと向かった。海浜公園には夏になると紫陽花の青い花が一面に咲き乱れることで有名だ。ほかにも園内に遊園地のような遊具があり、遊んで回るのにも持ってこいな場所だ。当然だが、女子たちの目的はあくまでアニメの回想。架空な彼らが練り歩いた場所を、ともに歩きたいのだ。

 一方のぼくとタっちゃんはショッピングモールに入り、ウインドショッピングする。女子たちと混ざるのもいいかもしれないが、彼女らの目的はあくまで熱中しているアニメの軌跡を辿ること。未視聴なぼくらにはついていけない。

 モール内に入れば、涼しい空調の風とともに買い物客の楽しげな雰囲気を

 少しして女の子たちについて行った剣崎がこちらに来た。おおかた、彼女らの好むアニメの話について行けず、ハブにされたか潔く身を引いたのだろう。


「いやあさ、さすがに男ひとりで歩くのはちょっと恥ずかしかったわ」


 開口一番に告げてきた台詞。照れ隠しなのだろう。ぼくはもちろんだが、タっちゃんですら呆れ、「ああ、そう」と冷たく返すほどだ。

 最初はヘラヘラと笑っていた剣崎であったが、目的もなくぶらつくぼくらの後ろで退屈を覚え、ダルそうに歩き始めた頃には、ひどく面倒くさかった。

 大きな吹き抜けが頭上に聳え、それを囲むように展開する色とりどりで様々な店舗をぐるりと見回した剣崎がいう。


「俺さ、普段こういうとこでは服買わないんだよねぇ」

「そうか」とそっけなく返すぼく。

「いまはいいもんってさ、ネットの方がいっぱいあると思うんだ。だから、こうやって決められた枠の中にしかないものには、目が向かないんだよね」


 賢い選択を決めたような勝者の表情を浮かべる剣崎。剣崎の言葉には一理あるが、どうでもいい言葉だった。

 確かに頭の天辺からつま先まで見れば、その黒ずくめのファッションがショップの店員が選んだものでないとわかる。ただ、剣崎の場合は、一度でもいいから枠にはまらないといけないが。

 隣にいたタっちゃんがハハ、と小さな笑いを吹き出し、唇の端を吊り上げる。


「そうだろうな。なかなかセンスあるもんな、お前」


 小さな声で皮肉たっぷりの言葉を吐く。剣崎は聞こえていないのか、特に何も言うことはなかった。これ以上、剣崎の調子のよい言葉を聞くのもうんざりしていたからだ。

 ぼくらは目に入った店ばかり入り、気まぐれに商品を見ていく。こういうところでは、女子といるよりは気が合う男同士の方が面倒がなくてよい。自分の気になったものだけを見て、買うかどうか、面白いかどうかを考えるだけだから。

 以前に流行ものばかり好きだった女の子と付き合ったからこそ、そう思えるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る